3.アラフィフ芋を剥く

「新入り! 芋の皮剥きは終わったか!?」

「……残り三割程度ってところです」

「ふん、上出来じゃねぇか……。その調子でキリキリ剥きな!」

「はい! よろこんで!!」


 俺は厨房で芋の皮剥きに追われていた。

 ジャガイモに似た芋の皮を、ひたすら剥いて剥いて、剥きまくっている。


 外は既に夕暮れ。

 晩飯時ともなればこの店には客が押し寄せてくるので、仕込みは夕方の内に済ませなければならないのだ。

 芋料理はこの店の名物らしく、俺の目の前には皮を剥かれた芋がうずたかく積み上がっている。これでもまだ全部じゃないのだから、かなりの量だ。

 残りも一気にやってしまおう。


 ――俺が職を求めて「ヒバリの丘亭」を訪れたのは、既に昨日のことになる。

 熊みたいな店主が出て来た時はどうなることかと思ったが、素直に俺の現状――一文無しで泊まる所もないこと、冒険者ギルドには登録を断られたこと、同情した受付のオバチャンにこの店を紹介してもらったこと等を話したところ、店主は一言だけ、こんなことを聞いてきた。


「お前さん、芋の皮剥きは出来るか?」


 一も二もなく頷くと、店主は「ついてこい」と言って俺を厨房へと連れて行った。

 厨房では、コック服にも似た白い装束を身に着けた若い男が、青い顔をしながら黙々と芋の皮剥きをしていた。


「喜べフェイ! 皮剥き要員を用意してやったぞ! こいつに要領を教えてやんな!!」


 フェイと呼ばれた若い男は店主の言葉を聞くとパアッと表情を明るくして、俺の方に駆け寄って握手を求めてきた。

 芋を扱った後特有のヌメッとした手の感触に内心「ウゲェ」っとなったが、務めて表情には出さない。俺が嫌そうな顔をすると、何故か若い衆は謝ってくるんだよな……そんなに怖い顔してるかな……。


「助かります! この間新人が急に辞めてしまって、人手不足で困っていたんです! えーと、お名前は?」

「エイジだ」

「エイジさん!! よろしくよろしく! 僕はフェイと言います」


 感激のあまりか、フェイは握手したままの手をブンブンと上下に振り始めた。熱烈歓迎してくれるのは嬉しいが、アラフィフにその上下の動きはちょっと辛いのでやめていただきたい……。


 その後、芋の皮剥きの指導(という程のことじゃないが)を受けながら聞いたところによると、フェイは店主と共に厨房を切り盛りしているコックらしかった。少々情けない印象を受けたが、大ぶりなナイフで華麗に芋の皮を剥く様をみるに、腕は確かなのかもしれない。

 そして厨房にはもう一人、下ごしらえや雑用専門のスタッフがいたらしいのだが、これが突然辞めてしまったのだとか。本当に突然のことだったので、厨房はここ数日てんてこ舞いの忙しさになっていた訳だ。


「ほぉっ! エイジさん皮剥き上手だねぇ!!」

「ん? そうかい?」


 早速、芋の皮剥きを手伝い始めると、お世辞なのかフェイが俺の手つきを褒め始めた。悪い気はしないが、フェイの見事なナイフ使いを見た後だと流石にちょっと恥ずかしい。

 それに半分はナイフの質の良さのお蔭だった。

 フェイが用意してくれた色んなナイフの中から、使いやすそうなペティナイフに似た物を選んだんだが、これが非常に切れ味が良い。日本の包丁に負けず劣らずのクオリティだ。


 厨房の設備も充実している。

 「水は井戸から汲んできたのを溜めたりしてるんだろうか?」等と思っていたが、なんと普通に水道が完備されている。俺の世界のによく似た蛇口をひねれば、そこそこきれいな水が出てくる。

 火の方は流石にのようだが、中で燃えているのは薪では無かった。「体が火で包まれたトカゲ」みたいな生き物が中に入っていて、そいつらが火を吹いてくれるらしい。

 ……ファンタジーだ。


火蜥蜴サラマンダーだね。簡単な言葉が通じるから、火力を調節したい時は声を掛ければいいのさ~」

「音声入力とは進んでるな……」


 シリィの説明に思わず目を丸くしながら、益体も無い感想を漏らしてしまう。


「なあ、シリィ。もしかしなくてもこの異世界の文明レベルって、俺の世界よりも進んでないか?」

「ん~? 進んでる所もあれば、そうでもない所もあるかな~? トータルだとあんまり変わらないんじゃない?」

「マジか……」


 ファンタジーな異世界と言うと「中世ヨーロッパ」位の文明レベルを想像してしまうが、どうやらこの世界はもっと進んでいるらしい。

 後で聞いた話では、下水網も発達しているし入浴の習慣もあるらしいから驚きだ。


 まあ、その辺りの詳しい話はまたの機会にするとして、俺は無事「ヒバリの丘亭」の芋剥き係兼雑用係として雇ってもらうことになった。

 給料は殆ど出ないが、朝と晩のまかないは有るし、店の倉庫で寝泊まりしても良いというまずまずの好待遇だ。

 残りの一ヶ月を凌ぐ程度なら、これでも上々だろうさ――。

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