2.「ヒバリの丘亭」
「はぁ、こいつはまた分かりやすいな……」
シリィの案内で「盛り場」まで来てみたが……そこはなんとも雑多な区画だった。
パッと見は宿屋か酒場らしき店や各種露店が建ち並ぶ繁華街なのだが、注意深く見てみると、そこかしこの路地に怪しい人影が見てとれた。
ある路地には、豚面の男(?)達がたむろしていた。
確かオーク族とか言ったか? シリィの話では、裏通りにいる連中は
豚面なので表情が分かりにくいが、何やら値踏みするような目で表通りを歩く連中を眺めている。いかにも「良からぬこと」を考えていそうだ。
別の路地には、肌も露わな女性達の姿が見えた。
殆どが俺と同じ人間種の女だが……あれは恐らく娼婦だろう。
日本じゃこの手の立ちんぼの娼婦はあまり見かけないが、以前東南アジアを放浪した時によく見かけた街角の娼婦達と同じ雰囲気をまとっている。
オーク達とはまた違った目つきで、道行く人々を物色している。昼間から客引きに勤しんでいるのだろう。
「この街の盛り場はねぇ、表の社会と裏の社会が隣り合ってる愉快な場所だよ! 表通りは驚くほど安全だけど、同じ気持ちで路地裏に入ると酷い目に遭うから気を付けてね~」
さも、それが愉快なことであるかのような陽気な声でシリィが語る。
うん、悪い奴ではなさそうだが、やはりシリィを全面的に信頼するのは危なそうだな!
――それはさておき。
「受付のオバチャンが教えてくれた店はどれだ? 一番オススメなのは、確か『ヒバリの丘亭』だったっけか?」
「え~とね……ああ、あの店だよ! ほら、あの一際大きいの!」
シリィが指さした先を見ると、なるほど、表通りの一角に他の店よりも一回り大きな店構えを持った酒場だか宿屋だかが見えてきた。
開け放たれた入り口の上には大きな看板も掲げられている。
全く見知らぬ文字だが……何故だか「食事処 ヒバリの丘亭」と書いてあることが読み取れた。これもシリィの言う「不思議な力」とやらのお陰だろうか?
「オイラが一緒にいればある程度は信用してもらえると思うけど、交渉は自分でやってね~」
「……冒険者ギルドの時もそうだったが、お前ら妖精は身分証明書代わりか何かなのか?」
シリィは尋ねる俺に答えず「さてね~」等と言いながら店の中に入っていってしまった。仕方なく俺もそれに続く。
「ヒバリの丘亭」の店内は思いの外に広かった。
きれいに漆喰が塗られた壁は清潔感のある白。明かり取りが大きく作られていることもあり、店内は明るく、奥の方にもランプか何かの灯りが揺れているので少々薄暗い程度だ。
フロアには素朴な作りのテーブルと椅子が比較的広い間隔で置かれていて、狭っ苦しい感覚が全くない。ファンタジー異世界の酒場やら宿屋にはもっと雑多なイメージを持っていたが、現代日本でも十分通用しそうな感じだ。
飯時ではないのか、店内には客の姿はまばらだった。
「いらっしゃいませ~! お客様はお一人ですか?」
入り口付近で店内を窺っていると、店員らしき女が愛想よく声をかけてきた。
半袖のシャツにミニスカート……いや、キュロットスカートか? どこか日本のファミレスの制服を思わせる恰好の、二十歳位の女だ。街の人々と同じく東洋系の顔立ちをしている。
「あ~、いや、俺は客じゃなくてな……すまないが、店主さんを呼んでくれないか?」
店員は俺の言葉にキョトンと可愛らしく首を傾げる。が、俺の肩口辺りでふよふよと浮いているシリィの姿を認めると、「少々お待ちを~」と言い残して店の奥にある扉へと消えてしまった。
……怪しいやつだと思われたのか、それともシリィのお陰である程度信用されたのか、どちらだろうか?
冒険者ギルドの時は、シリィのお陰で門前払いされずに済んでいたようだが……。
やや不安な心持ちで待っていると――奥の扉からヌッと巨大なシルエットが姿を現した。
「俺が店主だが……お前さんは?」
店主と名乗ったその男は、一言で言うとデカかった。
歳は俺よりも上に見えるが、背丈は俺より頭一つ分高く筋骨隆々としている。どこか熊を思わせる体型だ。
目つきはギョロッと鋭く、並の男なら睨まれただけでチビるかもしれない。
その目が今は、値踏みするように俺を見つめていた。
いかにも気難しそうなオヤジだが……さて、どうやって攻略したものか?
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