第16話  ユニの正体

 10年前。戦時中の日本は佳境に立たされていた。

 他国の圧倒的な軍事力のに押し切られ、抗う事もままならない。敵地に攻めていた軍は全滅し、後は降伏を残すのみとなった。


 が、そんな日本は現状を脱するため、最後の悪あがきに走る。その悪あがきこそ、戦後に語られる「軍の獣人化計画」、だ。

 その計画は戦争で親を亡くした子供を攫い、それらに対して遺伝子操作の実験を行うという人道を大きくそれたもの。実験は失敗の繰り返しだったが、一つのサンプルが奇跡的な成功を収めると、そこからの軍拡は電光石火の如く速度で進んでいった。

 しかし、見え始めた一筋の光にも、重大な欠陥があった。それが、今海斗たちを苦しめている「殺傷衝動」。理性を崩壊させるという、獣人にかけられた呪い。


 味方さえ無差別に攻撃してしまう彼らに、国の諜報部は相当手を焼くことになる。早かれ遅かれ、これでは確実に軍は消滅する。だからと言って、戦場で暴れる獣人を止める方法などすぐに見いだせない。獣人の生産を辞めれば、日本は他国に太刀打ちできなくなるし、まさに板挟み状態だったのだ。


 そんな時、とうとう長きにわたって行われていた一つの実験に、成功の兆しが見え始める。


 それが、生物核兵器――ユニの開発だった。

 この実験は、それまでに千を超える実験体を犠牲にしてきた。一人として兵器としての適合者が現れず、実験自体が封鎖。失敗に終わるまさに直前でのことだった。

 そこで、自ら被験者として名乗りを上げたのがユニだ。彼女は戦争で親を殺され、それでも生きる気力が失せてはいなかったらしい。

 彼女は研究員や国の広報部の人間に、幾度となくこんな質問を投げかけたらしい。


 もし私が適合し平気になった暁には、悲しんでいる人を助けてあげられますか?」


 研究に携わる者の全てが、ユニに肯定の意を示した。

 ユニはその言葉を笑顔で受け入れる。

 するとどうだろうか。全ての研究者が成功の予感など微塵してはいなかったが、とうとうユニは適合し、世界初の生物核兵器へと変貌を遂げる。

 が、それですべてが成功した訳ではない。発現された力が戦いに適したものなのかを調べる為、様々な試験を行う必要があったのだ。その為、国は診断という名目でユニを単身戦場へ破壊行為を正しく行う事が出来なければ、生物上の進化を遂げた所で何の意味もない。

 関係者の殆どが、少しの成果をあげられれば十分だと、新しい兵器の出来を見くびっていた。

 しかし現実は、彼らをいい意味の結果で裏切ることとなる。彼女は一瞬で適地を滅ぼし、世界各国に白旗を上げさせたのだ。


 まさに化け物。


 すると日本国は降伏だけに飽き足りず、他国を容赦なく殲滅することにした。

 獣人など比べ物にならない程の兵器を所有しているのだ。この機会に我が国の力を誇示しようと、勝者の甘美に酔いしれていた。

 だが当然、ユニがその命令に従うはずがない。思わぬ形ではあったものの、戦争を終結させることに成功したのだ。これ以上他国への攻撃を要請するのなら自分がまず日本を滅ぼすと、真っ向から反論したのだった。戦勝国の日本にとって、これは大きな誤算でしかない。

 間もなく、ユニは自から地下の牢獄に身を置くことを決める。世間に自分の存在を明かすわけにはいかないし、日本にも自分をよく思わない重鎮は多くいる。戦争の抑止としての延命。残虐な兵器としての命。何方か一つを選ぶことなど、現実無理な話なのだ。

 あの日からユニは暗く音のない牢獄で一人過ごしてきた。いつ自分の命を狙う輩が現れるか。いつまた自分が力を行使することになるということに頭を抱えながら。

 

                     ;


 大臣の説明を聞き終えた海斗を待っていたのは、途方もない脱力感であった。

 ユニはいつだって一人で戦っていたのだ。生きることを許されず、それでいて死ぬことも許されない不安定な存在。彼女は一体何を生きる糧にし、この牢獄に身を置いていたのだろう。もはやその苦難は海斗の人生経験でも、及ぶところではなかった。

 『お前に俺の気持ちが割るはずがない』などと、よくも言えたものだ。もはや比較することが恥ずかしく思えるほどに、ユニの人生は闇に満ちている。

 それでも彼女は笑っていた。一番自分が辛く苦しいのにも関わらず、あの夜海斗を元気付けようと、何のためらいもなく海斗を肯定して見せたのだ。そんな彼女を自分は……。


 海斗は今までの人生で、ここまで自分が情けなくちっぽけな存在であるなどと、思ったことがなかった。

 自分は所詮、不幸な生い立ちであることを全ての原因として嘆いていただけなのだ。人と違う自分に酔いしれ、何かがあれば生い立ちが悪いと。それでも我慢している自分は偉いと。愉悦に浸って他者を見下していただけだ。


 これから海斗の取る行動は始まっている。ユニを助けに行く。

が、未だいくつかの疑問が残るのは明白だ。何故ジンクは、あえて時間と場所を指定してきたのだろう。初めて会った時から今まで、いくらでもユニを殺す機会はあったはずだ。なのにそうしないのは、明らかな違和感を覚える。

 「どうして奴は、あの時ユニをすぐに始末しなかったんだ? いつだって好機はあった。なのに……」

  海斗は疑念を投げかける。

 大臣は苦渋の表情になりながら瞠目。直ぐに瞼を持ち上げると、

 「奴は人前でユニを殺すことで、群衆に力の誇示をしようとして言う。こんな大事件、間もなく世界中が知ることになるからね。無論、各国のユニを知る者にも情報は入る」

そういう事かと、海斗の中にあった仮説が、確信を持った真実へと構築される。

海斗との再戦を敢えて望むのは、民衆に自分の力を見せつける為の絶好の機会だと思ったからだ。戦争の前に、自分に逆らおうとする者の気を剥いでおく。戦争が始まれば、皆力ある自分を頼りにするだろう。これが奴の考えた筋書き。やはり正気でない。

 仄暗い空間で、海斗はぎゅっと唇を噛んだ。

 「ジンクは……」

どこかセリフめいた口調で大臣は語る。

 「昔からどんなに戦況の不利な場所でも、その優れた頭脳を用いて何が何でも無事に帰還するような男だった。そして、何より奴は強い」

 そして、大臣の眼光が海斗に問う。押しつぶされそうな静寂の中、ただただ海斗は次に続く大臣の言葉を待った。

 「すまないが、どうかユニを救ってやってくれ。」

 謝罪と懇願。

 髪の薄くなった頭頂部を見つめながら、海斗は細い呼気を吐き、

 「あんたら人間は本当に自分勝手だ」

 胸に広がる怒号を冷静に投げつけたのだ。

 大臣はすっと下げていた頭をあげ、虹彩を揺らす。

 今まで自分たち獣人を迫害してきた人間。海斗はそんな者たちの平和を守るべく、これから命を懸けて戦地へと向かわなくてはならないのだ。

 海斗はそれ以上の事は何も言わず、自嘲気味に笑む。気お付けながら階段に足を乗せると、

 「ありがとう」

 背中に畏敬の念が届いた。

 が、海斗は振り向かない。言及したことなど山のようにあるが、今はそんな事どうでもいい。

 階段を登り終え、少しだけ開いた赤錆付きの鉄扉をグッと押す。一本線だった日差しが段々と形になると、激烈たる暑さが五感を刺激する。

  急ごう。

視野に入る樹林を一気にかけようとしたまさにその時だった。

 「どうして助けに行くの?」


 一人の幼い少女が、憂いと疑念に満ちた瞳で、海斗の事を見つめていた。

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破壊姫の涙 晴日陽気 @ninozo

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