第15話
海斗が、容易された車に乗せられ連れてこられたのは、濃い緑に囲まれ生い茂った森の中だった。今まで何度か、ここには来たことがある。来たというより、通ったことがあるのだ。
夏の風が新緑の香りを持ち上げ、鼻梁に豊かな香りを届けてくれるこの場所は、東京エリア第六区。海斗と柚葉が住むアパートの近くにある、鬱蒼とした自然地帯だ。先日ユニと出会った場所でもあり、オオカミ男と戦闘を繰り広げた地でもある。
どうしてこんなところに? そんな疑問がすぐさま頭に浮かぶも、海斗が口を開くより早く、キサラギが自分を囲む護衛を片手で制した。
「ここで待つように。私は彼と二人で話がしたい」
護衛の一人はちらり、と海斗に訝し気な一瞥をくれるも、国の最高責任者には逆らえない用で、すぐさま「はっ」と敬礼の姿勢を取った。
「あの? 何故護衛を?」
乗ってきた車に背を向け手を後ろで組む護衛を見つつ、海斗は如月に尋ねる。
「二人の方が色々と話しやすいからね。それとも、私と二人では不安かい?」
「いや、そういう訳では……」
妙ないたずら心か浮かぶ大臣の言いように、海斗は意表を突かれるように、言葉尻を濁らせた。自分のような存在から身を守る為、護衛をつけているのではと、怪訝に思ったからだ。普通の人間が獣人と二人。不安に思ったりしないのだろうか?
不思議と目じりを寄せながら、小さな背中に追随していると、如月は、相当昔からここにあるのであろう貫禄を見せる巨木の前で足を止めた。
「ここだ。ここで君に話しておきたいことがある」
「ここで何を……」
「それはね」
質問の途中で、如月は巨木の少し手前の地面にしゃがみ込む。そして、地面に手をつけ、ぐっと何かを掴んだ。思いっきり背中を反るようにしてそれらを引っ張ると、
「え……」
海斗は驚嘆して目を見開いた。
大臣の真下が大きく開き、地下に続く階段が現れたからだ。手入れの行き届いていない雑草の中にぽっかりと開いた大きな真四角は、戦時中何度も身を隠した防空壕に見えなくもない。
未だに海斗が唖然としていると、
「さあ入ろう。来てくれた君にこんな事を言うのは心苦しいが、少々時間が無い物でね」
如月は説明する時間も勿体無いと、さっと真っ暗闇が続いていそうな階段に足を入れた。「足場が見えないから気お付けるんだよ」という如月の配慮に相槌を打ちつつ、無限の暗闇へと追随する。如月の杖を突く音のみが耳を刺すだけで、それ以外の音響は皆無だ。
一体ここは何なんだ?
そんな率直な疑問が内心を占めた時、キサラギが手持ちのランプに明かりを灯す。地下の景色が鮮明なものへと変わっていくと、背中を怖気が撫でるのを感じ、強く目を剥いた。
岩壁を無残に破壊された牢獄がそこにあった。今は誰も投獄されてはいないが、以前使われていたのであろう雰囲気は確かにあった。
「あの」
「世界とは理不尽で、とてつもなく不条理なものだと思うよ」
海斗の言葉を遮ると、大臣が話始める。
「何かを守りたいと思ったとき、人は何かを犠牲にしなくてはならない。ま、今更君にこんな話をするのは野暮かもしれんがね」
「まあ……そうですね」
そんな当たり前の事、意味は痛いほど分かる。が、大臣はどうしてこのタイミングでこんな事を話すのだろう。
「ユニを助けてくれてありがとう」
大臣の口から出た名前に、海斗の心臓は高く跳ねた。
「ユニを知ってるのか?」
身を乗り出して、大臣に言い寄る。言葉使いなどもはや気にしている余裕はなかった。
大臣は鼻息をすっと吐き、虚空へと視線を投げる。遠い記憶を思い出すような、儚げな双眸。
「ああ、よく知っておるよ。彼女とは長い付き合いだからな。もっとも、最近のユニは良く笑うようになった。それを考えると、私の知っているユニとは少しばかり変わってしまったかもしれないが」
「それはどういう……?」
最後の夜を除き、海斗の記憶の中にいる彼女はいつだって愛くるしく微笑んでいた。大臣が話すユニと自分の中の彼女は、本当に同一人物なのだろうか?
「一体彼女は何なんだ? どうして奴はユニを殺そうとする? 」
つい興奮して出した大声が、何重もの重なりを生み薄明かりの中を反響する。
「奴は、ユニを殺し、再び戦争を起こそうとしているんだ」
「戦争を?」
「奴は昔に戻りたいのさ。戦場で活躍していた頃の自分に。自己の存在する理由を争いの中にしか見いだせない。奴は怖いんだろう。今の世界に自分の居場所がない事実が」
大臣の告白を訊き、正気の沙汰ではないと、海斗は眉間に冷汗を流し喉元を強く鳴らした。
奴は確かにあの時、『破壊が正当化される世界を創生する』と高々と宣言した。あれは再び戦争を起こすことで、自分、もしくは獣人を化け物から正しい者へと導こうとしている。
有りそうなことだと、海斗は合点する。
が、一つどうしても引っかかる事がある。どうしてそのバカげた計画の為、ユニを殺す必要があるのだろう?
数々の疑問が頭を蝕み始めたその時、海斗の脳裏にとある光景が蘇った。それらの情報一つ一つが一本の糸で繋がると、海斗はつい全身に力を込める。
「ユニは、普通の人間なのか?」
あの時突如ユニの身体を覆った眩い閃光。海斗はあれと同じものを、前に一度だけ見たことがあるのだ。それでもやはり信じられない。信じられないのに、海斗の心はもうすでにその事実を受け入れる覚悟を終えていた。
それに、大臣の作る沈黙が海斗の導き出した答えを肯定している。
「ユニは、ビッグバンなのか?」
大臣は海斗を真っすぐに見つめながら、小さく首を前に倒した。自ら確信に迫り答えを出した甲斐とに心底驚き、目を丸くしている。
ユニ。
平和の象徴でありながら、戦争の抑止力ともなる存在。
先日まで寝食を共にしていた一人の少女は、かつて一国の都市を壊滅させ世界を平和に導いた生物核兵器だった。
確認を終えた海斗は表現しがたい浮遊感に襲われ、口がからからに乾いていった。
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