第13話 芽吹き


目覚ましより3分早く目が覚めた。ぐーっと伸び上がって、ゆっくり息を吐く。


カーテンを開けると、丁度顔を出しかけた太陽がキラキラと輝いていた。布団を剥いで寒かったのか、後ろで不満そうな声が上がる。


「ああ、悪かったよ。おはよう、朝飯にしよう」



いつもは時間が無いからとトーストを焼くのだが、今日は特別だ。あいつの好きな魚のおむすびにしよう。ご飯に塩をまぶしていると、匂いにつられたのか嬉しそうに足元にすり寄ってくる。もう発生練習は良いのだろうか。



一人と一匹、丁度いい大きさのソファーで、ゆっくりと朝食をとった。また口の周りが米粒だらけだ。紙皿を片し、ザッと家の中を見て回る。もう俺の荷物はほとんど残っていない。使えそうな家具は、次の人のために置いて行くことにした。



靴紐をぎゅっと締める。




「……ふー、じゃあ、行くわ」


「……」


「……あんまり変なとこに挟まるなよ? あと、家具で爪を研ぐな。大家さん泣くから。虫がわくから木ノ実はあんまり拾ってきちゃだめだぞ。


次の人とも仲良くな? それから、




……それから、




……ありがとう。大好きだよ」



扉を閉めた。

もう振り返らない。振り返っても、もうそこに猫はいないんだから。


前を向こう。きっとこれからは、自分が進む方向が前になる。寂しい、離れたくない……

でも多分、絶対ではないけど、大丈夫。今でもはっきりと思い出せるから。





“ふぎゃあ!”








これは、戦争の記憶。


たった4年間の、俺の敗戦と復興を記した、


筆舌に尽くしがたい猫との思い出。

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筆舌に尽くしがたい猫 独楽花 @DOKURAKUKA

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