第11章:正式加入
「いや、嘘でしょ?」
病院の簡単な見取り図を見てサクラコは言った。
「雨避けの上を通る以外に侵入方法があるならそれでもいい。とにかく建物周辺の亡者はどうしようもないが、中にさえ入れば薬は手に入る。ああ、この二つの部屋は絶対に開けるな」
「殺した亡者を集めてある部屋ですね」
キョウコが言った。
「ああ、殺し損ねた個体がいないとも限らない」
「でも、どうやって鍵をかけたんですか?」
「内緒だ」
「いやいや、どうやって院内の連中を殺したのよ?」
「内緒だ」
「2階から上の亡者はどうやって始末したんですか?」
「内緒だ」
二人の遊撃隊、今回に限っては医薬品回収隊に詰め寄られるが、彼には答えようがない。もっともらしい嘘をつこうかと思ったが、何も思いつかなかった。
「リーダー、これ罠じゃないの?私たちを殺したくて他のグループが仕組んでるのよ」
「理由がないでしょ……ああ、物資を先取りしてるから恨まれてるってこと?」
アイは面白そうに言った。
「あんたたちは有名だもんね。銃を担いだ女忍者って」
「そうそう。ついに刺客を送り込まれるくらい有名になったのよ」
「でも、サクラコちゃん、それならアリーさんを救出しに行った時に殺してるんじゃない?」
キョウコにそう言われてサクラコは答えに窮した。
「まあ、そうだけど……怪しすぎない?」
「信じるか信じないかはそっちの勝手だ。好きにしてくれ」
彼は腰に治癒魔法をかけながら閉口する。
こちらがアイたちを信じるか否かで悩んだようにむこうも病院に忍び込むべきかで意見が分かれていた。といっても、病院侵入に反対しているのはサクラコだけだ。アイ、マリアは賛成派。キョウコやその他はリーダーの指示に従うという姿勢だ。
サクラコは他に味方がいないのでやや機嫌が悪い。
「リーダー、どうしたのよ?疑心の塊みたいなあなたがこんな怪しい話を真に受けるなんて」
「嘘ならもう少しマシな事を言うでしょ。とりあえず病院の近くまで行ってみてよ。2階から上に亡者がいなくて、1階の窓にシーツがかけてあればほぼ確定でしょ?」
「それはそうだけど……」
「どうしたの、サクラコちゃん?むこうが信じてくれるならこっちも信じるのが人の道だと思うなあ。嘘だった時は何倍も苦しめて殺せばいいんだし」
キョウコが恐ろしい言葉を混ぜて諭した。
「こういう美味しい話ってどうしても信じられないのよ。理屈に合わないし」
「あんたは考えすぎて行動が遅れるタイプだもんね」
「ええ、自覚してるわ。感情にも流されるし。だからあなたにリーダーを任せてるの」
サクラコはそう言って口をへの字にする。
「悠長にしてると他のグループに先を越される不安もあるでしょ?病院内に亡者がいないならいずれ誰かが気づく。外の100体くらいを片付れば薬を独占できると思って実行するグループもいるはずよ。"あいつら"に占拠されるくらいなら火をつけて燃やしたほうがまだマシでしょ?」
アイの言葉にサブリーダーたちが薄く笑った。
彼はこの部屋から逃れたいと思ったが、歩くこともできない。
「わかったわ。リーダーが決めたならキョウコと行ってくる。でも、問題は……」
まずサクラコが、続いて全員が椅子に座ってペンを走らせるマリアを見た。
ぶつぶつと何かをつぶやきながらいくつも単語を書き続けている。サクラコとキョウコが運べる範囲でどんな医薬品や器具を持って帰らせるかを考えている最中だ。優先順位が高いものを挙げてほしいと言われて机に向かって以来、ペンは一度も止まっていない。
「ねえ、何十キロも運べないんだけど、あの子はそこをわかってるのかしら?」
「車が使えればマリアちゃんも一緒に来るって手があったんだけどねえ」
彼はキョウコの言葉で病院近くに放置車があふれていることを思い出した。
運動能力が低いマリアは留守番するしかない。その事実に恨みをこめるかのように彼女は薬の名前を書き続けていった。
「できました!ここに書いてるやつを全部!赤いペンで囲っているやつは最優先で持ってきてください!」
「どれどれ……うわあ、多いわね」
「少数に絞るより少量ずつ多くの種類を持ってきてほしいですから。お願いします」
「このモルヒネって戦争映画で見たことあります。医療用麻薬ですよね」
「麻薬!?」
サキがキョウコの言った単語に反応した。
「それって素敵な気分になれるの?」
「なりませんよ」
マリアがきっぱりと言った。
「医療用麻薬はちゃんと用法用量を守るから中毒や幻覚なんて起きません」
「でも、それってたくさん飲めば……」
「飲ませると思ってるんですか?」
彼女はきつくサキを叱った。
「サキ、あんたもう1回倉庫に閉じ込めるよ?毒抜きされたい?」
「それはいや!」
サキはアイにも叱られて後ずさりした。
彼はそれを見てクスリ漬けにされた話も嘘ではなかったんだなと思った。
「あれだけはいや……」
「サキちゃん、まだ中毒治ってないのー?」
「あれは一生つきあってく病気だからね。この前は密造酒作ってたし」
「えー、お酒造ってたの?どうやって?」
コマリが興味を示した。
「パン用の酵母と砂糖水があれば一応作れるの。この前、二人が砂糖袋を回収してきたでしょ?あれで作ってたの。サクラコ、あんたが教えたでしょ?」
「なんのことかしら」
「あー、ひどい!裏切らないでよ!」
サクラコはそっぽを向いたが、サキの抗議で明らかである。
二人が酒を飲んで語り合っているところが容易に想像できるな、と彼は思った。
「はい、この話はいったん終わり!キョウコとサクラコは病院まで行ってきて」
「了解です」
「はーい。この話が罠だったら彼をうーんと苦しめて殺してね?サキにやらせたら駄目よ。一瞬で終わっちゃうから」
「わかった」
「えー、私は駄目なの?仕方ないわね。でも、最後は私にやらせて」
サキがうっとりした顔で彼の方を見た。
彼はあわてて病院内に他の注意事項がないか考える。
「安心してよ。二人が薬抱えて戻ってきたら約束どおり看病してあげるから。でも、絶対安静なんだよね?トイレの世話とか面倒だなあ」
「私が面倒を見ます」
マリアが手を上げた。
「私に全部やらせてください」
「駄目。あんたは他の患者だって看るんだから。みんなで交代制ね」
「わー、女の子が順番でお世話するなんてアリー君もてもてだねー」
「待ってください。それならサキさんの時は誰かそばにいた方がいいと思います」
マリアの指摘で周囲は「確かに」という顔をし、当人は心外そうな顔をする。
「大丈夫よ。リーダーが殺すなって言うなら従うわ」
「そこは信用してますけど、他に変なことしませんか?」
「変なことって?」
「それは、その……」
マリアが口を濁した。
彼は倉庫での出来事を思い出す。
あの一件は情報共有されているらしい。
「とにかく自重してください。最悪の場合、骨がゆがんで歩けなくなります」
サキは冗談でもするなと注意され、話し合いは終了した。
「でねー、火薬がぱーんって弾けるとこの金属が飛び出すんだよ」
コマリは拳銃がどういう仕組みなのかを彼に説明していた。
記憶喪失で常識の一部が欠落しており、いろんな道具の説明をしてほしいという建前からだ。日常製品やガソリンで動く乗り物の簡単な仕組みも彼は覚える必要がある。この国の時間や重さ、長さの単位もさきほどコマリから大まかに教えてもらった。
彼はサブリーダーになったことで拳銃を一丁支給される予定である。
弾丸は6発。この世界で警官が所有していたものだ。
彼女たちが持つ銃の多くは元をたどれば警官の亡者が所有していたもので、それをアイたちが回収したり他のグループと取引したものらしい。たまに銃を持った人間が亡者に襲われたり事故で死んで亡者化することがあり、彼らからは武器を含めて有用な物資を回収できるのでアイたちはそれらを「お宝亡者」と呼んでいる。
サクラコとキョウコが持つ長い銃は狩猟に使うもので、アイがある民家から弾丸と一緒に見つけたものだ。彼女はそれを発見した時が人生で一番嬉しかったらしい。
「銃には持ち主を識別する装置みたいなものは備わってるのか?他人が触ったら爆発したり電気が流れたりしないか?」
「そんな銃あるのー?」
「ないのか?」
「ないない。漫画じゃあるまいし」
コマリは笑った。
自分が心配しすぎていたことがわかり、彼は先に警察署の銃を回収しに行けばよかったなと後悔した。
(そういえば警察署の銃はいつ回収しようか……)
彼は怪我の完治がいつになるかと考えた。
腰と足の怪我は冷やしているおかげか動かさなければ痛みはない。一刻も早く治癒させて歩けるようになりたいが、今度は絶対に1ヶ月以上かかるとマリアに言われている。中途半端に治して動くと今度こそ歩けなくなると警告されたので彼もその期間は大人しくしているつもりだ。
「あれ?そういえばテヅカは今どうしてるんだ?」
「オサム君のことー?そういえばどうしてるんだろ?」
コマリにもオサムという名前で呼ばれているらしい。
サクラコも言っていたが、その名前には何か冗談めいた意味があるのだろうと彼は思った。
「倉庫に監禁されて忘れられてるんじゃないよな?」
「ひょっとしたらそうかも……リーダーに聞いてくるね」
コマリはそう言って部屋を出て行き、しばらくして当人がやってきた。
「アリーさん、なんか久しぶりな気がするね……」
テヅカは朝よりも若干やつれたように見えた。
忘れられていたわけではないが、特に用もないのでアイたちが倉庫に放置していたらしい。隣のコマリに怯えており、できるだけ距離をとっているのを見ると彼女たちの恐ろしさを身をもって学んだなと彼は思った。
「聞いて聞いてー。さっき聞いたんだけど、オサム君は『闇の魔術師』の作者なんだって」
コマリは嬉しそうに言った。
なんのことだと彼は思ったが、彼女がそんな名前の漫画を読んでいたことをかろうじて思い出した。
「こんな所で作者に会うなんてびっくり。ねーねー、続きを描いてよー」
「え?いや、ファンでいてくれるのは嬉しいんだけど描ける状況じゃないし……」
「描いてよー。鉛筆あるから」
「鉛筆だとちょっと難しいよ……」
「なあ、テヅカ。腹減ってるか?」
「え?うん!すごく減ってる!」
彼が試しに言ってみるとテヅカは食いついた。
薬をアイたちの所へ届けたら食料をやるという取引がまだ完了していない。昨夜に果物の缶詰を食べたが栄養は少しも足りてないだろう。
テヅカはすぐに缶切りで開けると中身を食べ始めた。
「うん!おいしい!死ぬほどおいしいよ!」
テヅカがむしゃむしゃと缶詰を食べるのを横でコマリが見ている。
どうするかと思って彼が見ているとテヅカはすぐに罪悪感を覚えたらしい。
「た、食べるかい?」
「いいの?」」
「う、うん」
一瞬だけ悩んだテヅカが缶詰を渡すとコマリは二口で果物を食べきり、汁まで飲み干した。
「あー、おいしかった。ありがとー」
「そうか……よかったね……」
「なあ、テヅカ。お前はこれからどうする予定だ?」
彼は泣きそうなテヅカを無視して本題に入った。
「実を言うとな、俺はお前に助けられた恩があるからアイたちにお前をしばらく保護してほしいって頼もうと思う。でも、お前が嫌なら代わりに何日分かの食料を渡して仲間を追いかけてもいいんだが、どっちにする?」
「こ、ここで保護?」
テヅカは喜ぶよりも不安そうな顔になった。
隣のコマリをちらりと見る。
「あのさ、アリーさん。ここの人たちは優しい人だけど……」
あの言葉を信じた自分が馬鹿だったという顔だった。
彼も何度か危険な状況にいたのでその気持ちはわかる。
「僕は仲間を追いかけようかなって思ってる」
「そうか……」
彼はどうしたものかと考えた。
テヅカはここが安全だと信じていない。確かに恐ろしい人間の集まりではあるが、それでも食料を奪い合う世界では十分理性的といえる方だ。テヅカが食料を持ってここを出たとしてもすぐに底をついてまた飢えるか、奪われるのが目に見えている。
(他の奴なら何も言わずに送り出すんだが……)
彼は少しだけ引き止めることにした。
「なあ、今日一日だけ泊まって考えてみないか?3人を追いかけたとしてまた仲間に入れてくれるかわからないだろう?そもそも仲間が見つからないかもしれない」
「それはそうだけど……」
テヅカは迷っている。
彼はなぜさっさと見捨てないのか自分でもわからなかった。
「あったかい芋が食べられるぞ」
「え?芋があるの?」
テヅカは単純な餌に食いついた。
「そーだよ。ここの中庭は芋畑になってるから。どんぐりクッキーもあるよ」
「クッキーは意外と美味いぞ。砂糖を使ってるからな」
「そ、そうなんだ……」
テヅカは食欲に負けてとりあえず泊まることになった。
ただし、女性たちを不安がらせないために倉庫で寝るように言われた。
昼過ぎになるとマリアが昼食を持ってきた。
食事は数種の錠剤と芋を粥状に煮詰めたものだ。血液循環のためになるべく消化のよい食事をし、増えた錠剤はコラーゲンやビタミンKの補給だと彼女は言った。彼は蒸かし芋の方が好きだったが、自分のために手間をかけたなら文句は言えない。
「痛みはどうですか?」
「冷やしてるおかげかそんなに痛くない」
「よかった。亀裂骨折で済んでるのかも。3日冷やしたら次は暖めます」
マリアはそう言いながらドアのほうをちらりと見る。
「心配か?」
「え?」
「サクラコたちが薬を持ってくるのを待ってるんだろ?」
「……はい」
彼女はすまなそうに言った。
「俺は嘘を言ってない」
「わかってます。どうやったのかわかりませんし、聞きませんけど、あなたは病院に入って戻ってこられた。それは間違いありません。ただ、私は期待することに慣れてないんです。薬がたくさん手に入るなんて夢を見ても辛いだけですから」
「あの2人は運動神経がいいんだろ?俺が行けたんだから大丈夫だ」
「でも……」
「マリア!帰ってきたよ!」
外からアイの大声がすると彼女は弾かれたように出て行った。
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