嘘の苦手な花
九条 颯
序章
「きゃっ」
曲がり角で誰かとぶつかってしまった。
「ごめんなさい。大丈夫ですか?」
そっと手を差し出す。
「ありがとう。こちらこそ前を見ていなくてごめんなさい」
立ち上がる少女を見た。
とても可愛らしい女の子だった。
腰まで伸びたストレートの髪。あんまり見てはいけないけど、スラッとした体形。無駄な肉のない身体つき。そしてどこかお嬢様な感じを匂わせる洋装。
「……」
あまりに可憐だったので言葉を失っていた。
「あの……大丈夫ですか?」
「あぁ…すみません。大丈夫です。お怪我はありませんか」
「ええ、では私は失礼させていただきます。あなたもお気をつけて」
そう言って、その女の子は去って行ってしまった。
「あんな可愛い娘、今まで見たことないよ…」
道端で物思いにふけっていたが、それのせいで学校に遅れてしまったことはご愛敬である。
「おはようございます…」
学校に着いて教室に入ったが、そこに教師の姿はなかった。代わりに黒板に大きく書かれた『自習』という二文字が教師として生徒を見守っていた。
自分の席に着くと隣の男子に話しかけられた。
「よぉ、今日は重役出勤だな」
「違げーよ。たまたまだ。たまたま」
「そうかそうか。なんか、どっかの曲がり角で出合い頭に女の子とぶつかってその娘が可愛くて、ちょっと物思いにふけっていて遅れたのかと思ったよ」
「お前はなんだ。エスパーなのか?」
「あっ、もしかしてその通りだった?」
「そうだよ。正確すぎて怖いくらいだよ」
「まぁなー。お前の事なんて大体分かるってもんさ」
「腐れ縁、ってのは相手に特殊能力でも与える力があるんかね」
「それは俺が特別で天才だからってことだな」
「そこまでは言ってない」
「なんだよ。それくらい言ったって、罰(ばち)はあたんねーよ。親友を褒めても何も出ないけど、いい情報はあるんだぜ?」
「なんだよ。教えてくれよ」
「やだ。そっけない俺の親友に教える義理はない」
「お前は天才!イケメン!よっ、日本一の男!」
棒読みで親友を褒めてやった。
「悪い気はしないが本心から出てる言葉なのか、それ」
「多分」
「まぁいいよ。教えてやる」
「それで?いい情報ってなんだ?」
「それが、明日転校生が来るらしい」
「転校生?しかも、らしい、なんて随分曖昧なんだな」
「ああ、俺もこんな時期に、と思ったんだがこの間、休日に部活に来たやつが見たらしいんだ。ものすごく可愛い女の子が、保護者らしき人と職員室に居たって。」
「へぇ、そうなんだ。でも、違う学年とかクラスの知らない人かもしれないじゃないか」
「だから噂程度って感じなんだよ。でも、そんな可愛い娘がいたら一つ、二つでも情報が耳に入ってくるんじゃないか?」
「それもそうだな」
今朝出会った女の子の顔を思い出したが、すぐに引っ込めた。
「これが俺の持っている情報だ」
「気になるけど、聞いた話だろ?期待はしないでおこう」
「そうだな。来るかどうかもまだわからないからな」
内心は、お互い期待はしているのだろうけど、口には出さなかった。出さなくてもお互いが思っていることは分かっているからだ。
それだけ、こいつとは付き合いが長い。そして信頼しあっているのだ。
出会いは、小学校二年の時だった。
その頃はまだお互いの事を知らなかった。
宗助に出会ったのは、運動会の時だった。
その時は、宗助と共にクラス対抗リレーのアンカーとして、お互い出場していた。勿論違うクラスの代表として。
面識はなかったのに、宗助の顔を見て勝手にライバル視をしていた。
宗助もその時、同じことを思っていたようだ。
練習の時は誰も、二人に追いつく者はいなかった。
本番の時も同じである。
それはそれは、小学二年生のリレーとは思えないほどの盛り上がりだったことは今でも二人の思い出である。
それ以来、宗助とよく話すようになり、今に至る。
「なぁ、宗助。俺が今日遅れてきたわけなんだが」
「あぁ」
「お前の言う通りのことが起きたとはさっき言ったが、その時にぶつかった女の子がもしかして明日転校してくるかもしれないってことはあるだろうか」
「お前のそういう時に勘が鋭かったりするから侮れないんだよな」
「でも必ずしもってわけではないからな」
「信憑性は高い方かもな。ちなみにどんな感じの女の子だったんだ」
「そうだな、一言でいえば、『お嬢様』って感じの人だったかな」
「俺が聞いた話もそんな感じの見た目だったらしいから、益々これはありうるぞ」
「自分で言っておいてなんだが、あんまり期待はしないでおくよ。過度な期待は後悔を生むだけだからな」
「お前の言う通りだよ、剣一」
俺の名前は
どこにでもいる高校二年生。勉強や運動神経が特に長けている訳ではない。至って普通の高校生である。
どう思われても構わないが、本当に何もない。
「どう考えても本当に何もないな、お前は」
「宗助だってそうだろうが。何もないじゃないか」
「そうなんだけどな。いうだけ言ってみたかった。ただそれだけ」
「俺は親友にそう思われていたのか…」
「そんなわけないだろ。お前が一番頼りになるぜ」
「はいはい。今更ありがとうよ」
こうは俺も言っているが本心で言っているのは俺にも分かる。そうやって俺たちの関係は続いてきたのだから。
切りのいいところで、一時限目の授業の終了を知らせるチャイムが鳴った。
俺はこの後の授業、今朝出会った女の子のことを時々思い出しつつ、時には暗闇に身を委ねつつ、一日を終わらせた。
帰り道、俺はまたあの女の子のことを考えていた。
ギャルゲみたいな出会いだったが、別に好きになったわけではない。ただ、あの去り際の彼女の眼を忘れることができなかった。きっと彼女のあの眼にはきっと何か理由があるはずだ。だって、俺と変わらない歳の女の子にあんな世の中に、何の期待の持たない光のない悲しい眼は、誰にもできないからだ。次に会うことがあれば話してみたい。そう思った。けれどその願いは俺の無駄な勘の鋭さによって現実となるわけだった。
次の日、HRで転校生と紹介されて入ってきたのは、あの眼の女の子だった。しかし、その時はなぜかあの時のような眼をしていなかった。
「花園(はなぞの)花(か)蓮(れん)です。よろしくお願いします」
傍目から見ても可愛いその娘は、教室の男子からの好気の眼に晒されていた。女子からも嫌味のない眼で見られていた。
「花園はあそこの空いてる席に座ってくれ」
「はい、分かりました」
空いている席と言えば俺の隣なのである。
他の男子からは嫉妬の目線が浴びせられる。
……俺にそんなこと訴えないでくれ。
「よっ、よろしく……」
「こちらこそよろしくお願いします」
そう言って隣の席に腰かけた。
この様子だと、あの時のことは覚えていないのかな……
「では、HRを終わる」
担任がそう生徒に言い残して教室を後にした。
その途端にクラスのほぼ全員が俺の隣の席に集まった。
「ねえねえ花園さん。どこから来たの?趣味は?好きな食べ物は?お気に入りのお店は……」
「おいおい、そんなに一度に沢山聞いても花園さんが困るだけだぞ」
「いいんです。大丈夫ですから。わざわざありがとうございます」
「はぁ……」
笑顔でそう言われたら、こっちは何も言えない。
今日一日、花園はクラスメイトからの質問から逃げられなかったのだった。
しかし、終始笑顔で答えていたのでいいんじゃないだろうか。と勝手に思う俺なのだった。
授業が終わり帰宅しようと準備をしていると、見慣れた顔に声をかけられた。
「もう帰んの?」
「帰宅部だしな。特に用はないし帰るわ」
「やっぱりお前の言う通りだったな」
「あぁ、あの娘の事か?」
俺は隣の無人の席を見た。
「またどうでもいい勘が当たっちまったな」
「そうだな」
「お前はいつもそうやってそっけないよな。もう少し愛想良くしていれば可愛いものの」
「お前は俺に可愛さを求めているのか?」
「いや、全く。ていうか気持ち悪いわ。そんな剣一とか」
「じゃあ言うな」
「そんなのお決まりの親友ジョークだろ?」
「そんなの言われなくたって分かってるよ。じゃなきゃ宗助と親友やってないよ」
「嬉しいこと言ってくれるじゃない……」
そんな眼を輝かせて俺を見るな、気持ち悪い。
「そんな眼を輝かせて俺を見るな、気持ち悪い、みたいな顔してんなお前」
「ああ!全くその通りだよ!」
本当に気持ち悪いくらい人の心当ててくるな。
「人の心、と言うかお前の考えてることくらいしか分からないよ」
「親友がいるのはいいことだが、お前を見ると一概に良いとは言えなくなるんだよ……」
宗助がいたことで、色々助かっている部分もあるからあまり虐げるのは良くないよな。
「そんな関係がもう九年経つんだから、もう諦めてくれ」
「わかったよ……」
そんな関係だからこそ俺たちは長く続いているんだろう。
学校を出て、他愛のない話をしながら宗助と別れた。
「そういえば、あの娘教室から急にいなくなってどこ行ったんだろう……」
「なぁに?呼んだかしら?」
「うわぁ!なんだよ急に!吃驚するじゃないか」
「あら、ごめんなさい。でも呼んだのはあなたでしょう?」
「そうだけど、いきなり背後に立たれて声かけられたら、だれでも驚くよ!」
隣に急に現れたのは、転校生だった。
「花園さん、でよろしいですか」
「ええ、そうですよ」
「なぜ急に俺の隣に現れたのですか?」
自分の口調がおかしくなっていた。
「そうね。あなたのことをつけていたからよ」
「何故そのようなことを?」
「そうね、私が転校する前にあなたは見てしまったからよ」
「見た?花園さんのことでしょうか」
「少し違うわね」
「まさか……」
眼、のことなのだろうか。
「そうね、あなたが思っていることが正解よ」
「それが……なにか問題でもあるのでしょうか」
「ええ、大アリね。見てはいけないものを見てしまったのだから……」
……俺はこれからどうなるのだろうか。母さん。父さん。俺の短い人生を許してください。
「……」
「無言になってしまったようね」
「俺は……この後どうなるのでしょうか」
「そう。私に委ねてくれるようね。ならついてきなさい。そこにあなたの知りたいことが待っているわ」
俺はその指示に従うしかなかった。
そこは……
「私の家よ」
そこはもう、見た目はお嬢様みたいな感じだし、話し方もそうだし、いやもう生まれてきた時からお嬢様で、お嬢様になる為に生まれてきたような人だと思ってたから、それはもう絢爛豪華で煌びやかな豪邸に……
「ボロアパートじゃねぇか!」
「なによ、失礼ね。ボロなんて言わないで頂戴。年季があると、歴史があると言って欲しいわ」
「あっ、うん。ごめんなさい」
素直に謝った。
「いいのよ。別に。そこまで気にしてないわ」
少し呆れたような顔で彼女はそう言った。
「それで、俺はいったいどう殺されるのでしょうか」
「……は?」
「いや、ね。花園さんの秘密をあんな形で見てしまったわけで。怒っていらっしゃる花園さんがどのように俺を殺めるのかとお思いになりまして……」
「なに?あなた私に殺されるとでもおもっているわけ?」
「はい」
「あはは、なにを仰っているの?そんなことしてどうするのよ。私はそんなことはしたくないわ」
「では。どうして私をここに?」
「あなたの疑問の答えをあなたに見せるためよ」
そういって彼女は俺を、部屋に通した。
部屋の中は外観ほど古くはなく、まさしく『女の子の部屋』だった。
「おぉ……」
とりあえずそれとない声を出してみた。
「普通よ。普通。女の子の部屋はこんなものよ」
「はぁ……」
「それで本題なのだけれど」
「はい。そういえばそんな話でしたね」
「忘れられたら困るわ。私がただ、男の子を部屋に上げたみたいじゃない」
「でも、実際そうだろう」
「そうだけど。もし、これが他のクラスメイトに見られたら変な誤解を受けるじゃない。もしそうなったら、責任でも取って頂けるのかしら?」
「いや……そんなことないでしょ。誰もいなかったし」
「そうかしら?案外、どこかに隠れているのかもしれないわよ」
「もしそんなことになったら、困るよ……」
「そうね。私も困るわ」
正直な女だった。
「それで本題なのだけれど」
「そのセリフ、二回目ですよね」
「あなたが忘れているからでしょう」
「そうでしたね。すいません」
「あら。物わかりのいい子は好きよ。私」
「そうですか……」
初めて見たときの印象はどこにいったのやら……
「それで、今日あなたに来てもらったわけだけど」
「はいはい。なんでしょうか」
「私、もうすぐ死ぬのよ」
「そうなんですか……死ぬんですね」
「ええ、死ぬわ」
「……ってええ!」
「驚かれても困るわ。事実だもの」
「冗談……ですよね」
「いいえ。全く。私、冗談なんて好きじゃないもの」
ツッコミたいところだが、驚きの方が大きくてそんな余裕は無かった。
俺はただ茫然と彼女を見ていた。
彼女は不敵に僕に笑顔を向けた。
背筋が凍る。
人間のそれではないような気がして、俺は怯えていた。
嘘の苦手な花 九条 颯 @kazukitaityou
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