第2話 フラム城

「魔法の証拠を見たいのなら、フラム城までついてきなさい。」

ヒースとクワミ、そしてギネスはダミアン爺さんに案内されて、フラム城の門までやって来た。

飛行船を取り巻いていた強い風は、ダミアン爺さんが飛行船のゴンドラから一歩出るなり魔法のようにピタリと止み、一行がフラム城の門まで辿り着いたのを確認したかのようなタイミングで、再び飛行船を取り巻くのが遠く聞こえた。

フラム城の側にもそよ風は届いて、ヒース達の服をひらひらと心地よく揺らした。

「まるで魔法のようだろう?」

ダミアン爺さんは得意げにニヤリとして、クワミを見た。

「何せ魔法だからのう。」

クワミはダミアン爺さんの目をじっと見つめて、困ったように黙っている。

クワミが、ダミアン爺さんがヒースの祖父だという事や、魔法があるという事を信じるべきかどうか迷っている。

ヒースにはそう思えた。

きっとダミアン爺さんもそう感じているに違いなかった。

ヒースだって、ダミアン爺さんの事を信じていいのかわからない。

慎重なクワミが悩むのならば、尚更だった。

ヒースとクワミは、こんな不思議な出来事を信じるか信じないかすら、自分達で決めていいのかすらわからなかった。

ギネスだけが、素直にダミアン爺さんの事を信じていた。

「フラム城に何があるの?」

ギネスはダミアン爺さんを真っ直ぐに見つめて、そう言った。

「門をくぐればすぐわかるだろう。」

ダミアン爺さんはギネスを振り返り、着ているスーツのポケットから深い紺色のハンカチを取り出すと、指先で摘むようにして開きはじめた。

「こんな、えっと…古いお城と魔法が関係あるの?」

ギネスはそう言いながら、フラム城の門を見上げた。

フラム城には500年の歴史がある。

ブランシェット村の外から来た人が見れば、歴史がある事は間違いなく思えても、その出で立ちを見れば廃墟と呼ぶだろう。

フラム城は、500年もの長い年月を雨風にさらされ続けて、城門を支える石塀は削れ放題、鉄格子で出来た城門は余す所なく錆びついて、石造りの城はあちこちがひび割れ、全身がボロボロと欠けていた。

大人達が交代で城の掃除をしているのは知っていたけれど、怖くないのだろうか?と子供たちは皆話していたのだった。

「この城にも、魔法をかけておいたのだ。」

ダミアン爺さんはそう言うと、ハンカチの中から銀色の鍵を取り出し、鉄格子で作られた城門の鍵穴に挿し込んだ。

銀色の鍵は古い造りをしているもの、ツヤツヤ新品同様で、最近作られたもののように見える。

それが、こんな錆び付いた鍵穴にもしっかりと使う事が出来るなんて、ヒース達には不思議に見えた。

やや大げさにガチャリと音がして、錠前が開いた。

「さあ、小さなお客人たちよ、ご照覧あれ。」

そう言いながらダミアン爺さんは、少年のようにニヤリと笑いながらヒース達を振り返った。

そして、鉄格子の城門をいとも軽そうに押し開けた。


そこに現れたのは、時間を巻き戻されたかのように白く美しい姿をしたフラム城と、それを彩る美しい園だった。

ブランシェット村では見かけないような花も所々に咲き乱れ、ハーブ園からはいい香りが漂い、見たことも無いような青色をした蝶がそこここにいた。

ヒース達は声をあげた。

クワミが魔法を信じた瞬間を、ヒースは横目で見た。

あまりの事に、ギネスはぽかんと口を開け、珍しくも大人しくなってしまった。

ダミアン爺さんは満足げに庭園を眺めてから、散歩でもするかのように城へ向かって歩いてゆく。

驚いてぼんやりしていたクワミが慌ててダミアン爺さんの後を追って、ヒースとギネスもそれに続いた。


「この城の昔話を聴いたことがあるね?」

ダミアン爺さんは城の一室に到着するなり、ヒース達を椅子に座らせてそう言った。

城の中はどこかで見た事のある作りをしている……そうだ、飛行船の中と同じ木材が使われて、同じ椅子が置いてあるのだとヒースは気がついた。

飛行船の中と決定的に違うことと言えば、ヒースの背を越える程の大きな暖炉が、部屋の壁に埋め込んであるという事くらいだった。

暖炉には炎の模様が描刻まれた銀色の盾が埋め込まれている。

ヒースはその模様をどこかで見た事があると思ったけれど、どうしても思い出せないのだった。

「昔は沢山騎士がいたって話し?」

ギネスが言った。

「王様がドラゴンと戦った、って話じゃないの?」

クワミが言う。

「なにそれ、僕聞いたことないよ。」

「おれだって、騎士の話は知らないよ。」

ギネスとクワミは顔を見合わせて、それからヒースを見た。

「僕が聞いたのは、王様が悪魔を封印したって話だけ。」

村の子供は小さい頃、フラム城の長い歴史の中で起こった出来事を、眠る前に語り聞かせてもらう習慣がある。

ヒースの家とクワミの家で、内容が違うのならまだ理解は出来た。

けれど、まさか同じ家に住む兄弟で、それぞれ聞いている事が違うだなんて、と3人はまた顔を見合わせた。

「そのお話は全て一つのお話なのだよ。」

ダミアン爺さんはそう言った。

「子供によって、何が聞こえるかが違うのだ。」

ダミアン爺さんは、またもや紺色のハンカチを取り出すと、またそれを指先で開き、今度はその中から鍵ではなく木で作られたパイプを取り出した。

ポケットからマッチを取り出し、草に火を付けてスッと吸い込むと、吐き出した煙はみるみるうちに小さなドラゴンの形になった。

「まずは、この村とヒースの話をしよう。」

ダミアン爺さんはそう言った。

「どうして村人はみな黒い髪をしているのに、ヒースだけが銀髪なのかを。」

ギネスとクワミがヒースの顔を見た。

「どうしてヒースの母親が、狼なのかを。」


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ヒースと魔法の飛行船 野分 十二 @iamjuni

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