04「新しい居候」

「ただいま、と」


「おー、おかえり」


 居間で出迎えたのは缶ビールを片手に持った親父だった。


「もう飲んでんのか。俺の作る夕飯が待てなかったのかよ」


「だってなぁ、練習で作ったとステーキを出されたら食べるしかないだろう」

「練習……? おい、紫苑、まさか」


「なに?」


 台所の方からちょこんと顔を出したのは元神で、今はうちの家族である紫苑。その後ろからもう一人顔を覗かせた。


「って、悠里もいるのかよ」


「お邪魔してる」


「仲がいいな、ほんと。ってそうじゃなくて、今日の晩飯用の牛肉を使ったな」


「そうなの?」


 小首を傾げる紫苑。


「そのつもりで買ってたんだよ。はぁ……まぁ、色々がんばってるみたいだからこれ以上言わないでおくけど、今度からは自分で買ってから練習するんだぞ」


「了解」


 そんな感じのやり取りをしたあと、残った肉と冷凍庫にあったものを油で上げて、夕食にするのだった。






 食後、まだ帰らない悠里を紫苑が止めると言い出し、そのまま決定する。親父はすでに部屋で寝ているが、恭二は聞いておきたいことがあった。


「結局、悠里の眼はなんなんだ」


「端的に言えば最初にあたしを観測したことで身についた能力という話」


「その話、聞いたことある」


「もちろんユウリには言ってあることだから当然ね」


「でも神の眼がどうとか言ってたけど」


「あぁ、可能性はあるのよ。あたし以外の神を観測すればユウリの眼に新しい力が宿るという可能性」


「そうなの?」


「そうよ」


 さすがにそれは悠里も初耳だったらしい。


「それって視れば視るほど眼の能力が増える、ってことか?」


「ユウリの精神力が許す限りはね。脳の限界を越えてまでは無理だから」


「今の過去と未来が見える状態でもすごいのにそれ以上か」


「あたしを視たことで得たのはそれね。視力が回復して、霊や神を見れるようになったのは副産物だから」


「それ、初耳」


「あれ? 言ってなかったっけ」


 当人には説明したと思っていたらしい。紫苑らしいといえば紫苑らしい。神から人になっても変わらないようだ。


「でも紫苑を観測できたってことは元々悠里の眼は特別だったってことだよな?」


「そうね。あたしを視ることがなければ普通に一生を終えていたと思うわ。その意味では申し訳ない気持ちはあるのだけど」


「しーちゃん、ゆうりは後悔してない。だからそんな気遣い不要」


「ユウリ……」


 こっちはこっちでフラグが立っているように見えるのだが、気のせいだろうか。


「ゆうりはしーちゃんを視たおかげで救われた。だから感謝してる」


「そう言われると少し気が楽になる。キョウジとホノカは飛び込んできたけど、ユウリは完全に巻き込まれただけだから」


「……ゆうりも飛び込んだ側だと思う」


「えっ?」


「視ないこともできた。視たいと思ったから視えた。だからゆうりも飛び込んだ側だと思う」


「……そうなの、かもね」


 今となってはそれが事実なのかは確かめることができない。いや、その必要すらない。本人が選んだことに後悔をしていないのだから。


「気を遣わなくていい。友達だから」


「そうね、そうよね。ありがと、ユウリ」


 こうして夜が更けていくのだった。






 翌日もまた学園へと行き、役場の会議室に顔を出す。そのあとは病院へとお見舞へいく予定であったが、とある人物に出会ってしまったことで予定が狂いそうである。


「買い物に付き合ってほしいのだけど」


「あの、帰っていいですかね」


「あら、生意気言えるようになったのね」


 悪魔先輩こそ霧丘香苗に捕まってしまった。偶然出会ったことを呪いたくなるレベルである。


「もう隠す秘密もありませんからね。怯える必要もありません」


「なるほどね。でも、少しくらい付き合ってくれてもいいじゃないかな」


 別に強要はしないと付け加えないが、そう言いたいのはすぐに伝わってきた。


「そうですね。先輩の家が協力してくれなかったら穂乃華を助けることはできなかったでしょうし、少しだけなら」


「じゃあ行きましょうか」


 そのまま海老名市のショッピングモールへと向かっていく。この時点で今日はお見舞いに行くことはできないなとすでに諦めはついていた。


「一日くらい会わない日があってもいいじゃない」


 そんな心を見透かしたように彼女は励ましのような言葉を投げかけてきた。


「それは、そうかもしれないですが心配なんです」


「見てないうちにいなくなってしまいそうだから?」


「……はい」


 穂乃華が島の時間を動かした時の恐怖とも、焦りとも言えるあの感覚は忘れられない。


「そんな過保護にならなくてもいいんじゃない? もう心配するようなことはないでしょう」


「過保護ですかね」


「えぇ、かなりね。たまには他の人と過ごすのもいいものよ、息抜き的な意味で」


「あなたと一緒で息抜きになるかは疑問ですが」


「それは恭二くん次第ね」


 他愛のない会話をしているうちに目的地へと辿り着く。島とは違って、大型のショッピングモールがあるというのはそれだけで目を引くものがある。


 だからといって、夏峰島には必要ないものだ。これからもそんな計画は握りつぶしていく。商店街の皆様が困るのはよろしくない。


「何も聞かずについて来ましたが、何を買うので?」


「色々よ。この街を離れるための準備というべきかしら」


「あぁ、そういえば大学は県外でしたね」


 頭のいい彼女は最難関の大学をあっさりと受かっていた。島のことを調べながら勉強もしていたと考えると才能に溢れた人だと思う。


「でもそれなら向こうで買ったほうがいいのでは?」


「……それもそうね」


「まさか家電とか買うつもりでしたか」


 黙り込んでしまう悪魔先輩。どうやら図星のようだ。沈黙は肯定として考えるのが妥当だろう。


「予定は変更ね。お見舞に行きましょうか」


「先輩がそれでいいならいいですが」


「ぜひとも行きましょう。あそこの花屋でお花買うわよ」


「了解です」


 有無を言わせない雰囲気で笑顔を崩さない所に恐怖を感じながらも返事をするしかなかった。






「そういえば少し気になったのだけど」


「なんですか?」


 お見舞用にと店員に見繕ってもらった花束を抱えながら病院へと向かう中、思い出したように悪魔先輩が問いかけてきた。


「島の時間が動き出してるということは神童と言われた頃の才能が戻ってきているのよね?」


「えぇ、戻ってます」


 将来の可能性を捧げる。今ある才能がそれに繋がっていく。その多すぎる可能性を対価にしたことで穂乃華の時間を巻き戻して止めていた。


 島の停止は止音の勢い余った副産物なので含まれていない。


「何かなりたいものとかないの? 戻っているならきっと何にでもなれると思うけど」


「ない、とは言えないですが、島のために何かできたらと思ってます」


「じゃあ町長とか」


「それは叔父さんに任せます。具体的にはまだ何も決まってないですが決めなきゃいけないのはわかってますよ。来年は受験生ですから」


 選ばなければいけない。一度島を離れるかを含めて、将来のことをどうしたいか。


「まだこれからってわけだ」


「えぇ、それに穂乃華がどうしたいかで変わるかもしれないですし」


「それはやめたほうがいいわ。誰かに合わせて自分の道を決めるものじゃない」


「わかってます。でも、離れたくない気持ちも」


「離れているから燃え上がるってこともあるのよ。そばにいるだけが愛じゃないわ」


「……恋人のいない人に言われても説得力ありませんよ」


「うっ、これは人生の先輩からの助言よ。ありがたく受け取っておきなさい」


 彼女に対して優位に立ち回れるのも不思議な感じである。もう隠すものがないからこそ、開き直った結果でもあった。


「ありがとうございます」


 そうして本日も穂乃華のお見舞へと向かうのであった。

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