03「これからの夏峰島」

 毎日病院へと穂乃華の御見舞に行く中で恭二はやるべきこともこなしていた。


 放課後になるとまず足を向けたのは役場の会議室。そこには叔父の町長はもちろん夏峰観光の社長である父親も同席し、とある議題について連日話し合われていた。


「この島の次の目玉がないのはどうしようもない」


 いつもの豪快な笑いを響かせることもなく、真面目なトーンで話す父親に違和感しか覚えないが笑うのはさすがに失礼だ。


 この島の一大事であることには変わりないのだから。


「えぇ、それは避けようがありません」


 腕を組んで答える町長に続き、同席している職員が続いて発言する。


「今は夏から冬に突然なったことでテレビなどの取材陣で溢れていますが……」


「一時的なものだな。すぐに興味をなくす。あてにはできない」


 親父がまともな意見を出して言いづらいところもバシバシとはっきりさせていく。


「それにだ。突然のことで冬の対策をしてなかったせいで色々と弊害が出てる。島民の健康も含めて、やることは山積みだな。町長」


「はは、頭が痛いですよ」


 親父のド直球の言葉を受け止めながら苦笑いをする町長。兄弟であるからこそ言えるというのもあるが、他の職員からすれば冷や汗ものだ。


「でも、このままと云うわけにも行きません。協力はしてくれるのでしょう。社長殿」


「もちろんだとも。なぁ、当主様」


 こちらに話題を急に振られて驚いたが、すぐに返答を返す。


「当たり前です。上根家も協力は惜しみません。穂乃華を助けることができたのも町長の力添えがあってのことですし、島の衰退なんて見過ごせるわけがない」


「助かります。上根家当主殿。一つ訂正するならあの子を救えたのはあなたの根回しがあったからですよ。町長の権限などこの島に限られたものでしかない。海老名市に尽力からこそ、です。そこは誇っても誰も文句は言いません」


「いえ、そんなことは」


「事実として島の皆をすぐに医療を受けられる形にしたわけです。そうして救われた命はいくつもあります。あなたが避けていたから聞こえていないかもしれませんが、感謝している人は多いのですよ」


「そう、なんですか」


 自分の恋人を救うため、という私利私欲によって医療の整備を行ってきた。子供であるがゆえに真面目に話を聞いてもらえないこともあったが、霧丘の力によってうまくいったことも多い。


 それが結果的に島のためになっている。島のことももちろん考えていた部分はあるが、やはり大半は穂乃華のためだった。


「なんにせよ、協力は惜しみません。俺はこの島が大好きですから」


 なんだかんだいって自分は夏峰島が好きなのだ。生まれ育った場所を愛している。島を管理してきた神音の一族というだけじゃない。


 島のためなら使える力を行使して、これからも尽力していく。


「では、続けましょうか。夏以外の島への集客方法に関する議題を」


 町長が仕切りながら会議は続いていく。すぐに答えが出るとは誰も思ってない。だが、諦めるわけにはいかない。


 この島のことを好きな人達が真剣に島のことを考えている。それはとてもいいことだと恭二は心の底から思うのであった。






「おっす、おら恭二」


 穂乃華の病室に入ると同時にそんな言葉を投げかける。


「知ってますってば」


 美夏の呆れた表情と反応に困っている真冬がそこにいた。


「いらっしゃい、恭ちゃん」


 相も変わらず彼女は笑顔で迎えてくれる。もう動いても大丈夫とはいえ、歩くと傷がまだ痛むらしい。それもすぐに良くなるのは紫苑のおかげである。


「お、お邪魔しています……」


 たどたどしく挨拶をする真冬に最初抱いた印象が今は欠片もない。美夏以外は知り合ったばかりなのだから当たり前ではある。海で自己紹介はしたが、仲が良くなったというわけではない。


 それはきっとこれからの話。


「いやいや、俺の方こそ邪魔をしたみたいですまんな」


「いえいえ、そんなことは……」


「てっきりボクより先にお見舞に来てると思ったんですけど意外ですね」


 借りてきた猫のような状態の真冬を見て、何かを思ったらしく、美夏が割り込んでくる。


「あぁ、ちょっと役場に顔を出してたんだ」


「何か悪いことでもしたんですか」


「なんでそうなる。こう見えてあの島で一番偉い家の当主だからな。意見を求められたんだよ。これからの夏峰島の観光資源についてな」


「ごめんね……」


 すぐに穂乃華の表情が曇った。


「だからそこで暗くなるなって」


 ポンポンと頭に手をおいて慰める。


「俺のわがままで時間を止めていたんだ。穂乃華が責任を追う必要なんてないんだよ。俺は俺のしたことの後始末をしているだけだ。むしろ俺が謝る方だ。辛い決断と怖い思いさせて悪かった」


「恭ちゃん……」


 かつて見せていた「ダメかな」の上目遣いをしてくる穂乃華。それは許しを乞うような、申し訳無さの混じった迷い。その後押しをして欲しい時の、藤崎穂乃華。


 だから妹であった時もそれをされるとつい許してしまう。


 見つめ合う恭二と穂乃華だったが、何かに気づいたように彼女は俯いた。


「あ、い、妹扱いはしないで」


 なでられている手を払わないのは穂乃華もまんざら嫌でもないらしい。かつての記憶はもちろん、妹として過ごしていた記憶も残っているので、その妹部分のおかげで拒否しないのだろう。


「すまんすまん」


 恭二もまだどこかで妹として扱っていることに気づく。五年もの間、恋人ではなく、妹として扱おうと必死だった。そのために自制としてカカト落としで目覚ましをお願いしたり、恋心を妹愛に自己変換してごまかしていたのだから。すぐには抜けそうにない。


「あらあら、見せますね、先輩」


「むっ……」


 ニヤニヤとする美夏と顔を真っ赤にして両手で顔を覆いながらも指の隙間から様子を伺う真冬。病室には他の入院している患者さんもいるのに二人の世界に浸ってしまっていたことにようやく気づく。


「ま、恋人だからな。当然だろう」


「いえ、ほぼ兄妹のそれでしたけど」


「否定はできん」


 さすが親友を自負するだけあってしっかりと見抜かれている。


「そもそも恋人になってからの事故までの期間が短くてだな。ぶっちゃけ妹として扱っていた時間のほうが長いんだよな」


「言われてみれば、そうだね」


 そこの事実に穂乃華も言われて気づいたらしい。とはいえ、恭二自身も美夏の指摘で思い当たったわけである。


「つまり恋人の時間はこれから、と」


「まぁ、そうなるな」


「で、でもその、お二人は恋人の前が……あるんですよね?」


 事情を完全には把握してない真冬が確認するように問いかける。


「そうだな。家が隣だからな。幼馴染としての付き合いが初めだな。それでも、五年まではいかないな」


「うん、恭ちゃんとまともに話すようになったのって小学校三年くらいの時だから」


 それまでは挨拶程度の関係だった。


「つまりその頃に何かあって付き合いが生まれた、ってことですね」


「なんだ知りたいのか、美夏」


「穂乃華の親友としてもちろん知りたいです」


 真冬も興味ありと言った感じでこちらを見ていた。少し困った恭二は穂乃華に助けを求めるように視線を移す。


「えっとね、恭ちゃんってものすごく偉い家の子なんだけど、もっと偉くなったのがその頃でね。すごいねって声をかけて話したのが初めてかな」


 今度は美夏が助けを求めるようにこちらを見てきた。今は完治して、絆創膏もない左頬を触りながら詳しい解説をすることに決める。


「つまりだな。上根家ってのは夏峰島の管理者なんだ。一番偉いってのはその通りだな。その家の当主ってのは紫苑とかの神の声が聞こえるってのが条件でな。代々女の人が務めてきたんだ。そんな中で俺は母親から譲り受ける形で神の声を聞く力をもらって、八歳で当主の座についたんだよ。ただでさえ上根家ってだけで話しかけてくるやつはいなかったのに、怖がられて、ますます話しかけるやつがいなくなった。そんな時に声をかけてきたのが穂乃華だったって話だ」


「なるほど。そういうことですか」


「ま、俺が男なのに神の声を聞けるようになったのは母親のおかげだ。歴代当主の中でもさらに別格、いや、初代と同等とも言えるほどの力を持っていたらしいからな。普通はできない能力の譲渡も可能だったんだろうさ……母親らしいことは何一つできなかったからせめて、と言ってたけど……そんなことないのにな」


 神の声が聞こえること以外は普通の母親だった。家の威厳で増長する自分をよく叱っていたし、家事もきちんとこなしていた。


 たぶんこれから一緒にいてあげれないことをそんな風に言ったのかもしれない。


「すいません。辛い話をさせてしまいました」


「謝るなって。美夏達にも知っておいてほしかったし、今はそこまで辛いわけじゃない。まぁ今は穂乃華がいるし、その……少ないけど友人もできたし」


「ツンデレですかぁ、へー」


「デレてないから。俺がデレるのはほら、穂乃華だけだし」


「あぁ、そうですねぇ、すごいですもんねぇ。あの溺愛っぷりはドン引きでしたねぇ」


 そのことを思い出して穂乃華の顔が真っ赤になっていた。妹の部分を置き換えれば、ずっと好きだと言われ続けていたわけである。


「そんなにからかわないほうがいいよ、美夏」


「からかってはないけど、ねぇ」


 悪い顔をしている美夏に対し、反撃をせずにはいられない。だから恭二は聞くことにしたのだ。


 二人のことを。


「そういう美夏はどうなんだ。なんで真冬にいじめられてたんだよ」


「うっ!」


 一気に表情がこわばる美夏。


「もう呼び捨てが定着しつつあるね……」


 色々と諦めた表情を浮かべる真冬。蜜柑事件の時を思い返すと力関係が真逆なのだ。あの時の真冬は虚勢を張っていたということなのだろうか。


「ま、その……些細なことだったんです。ボクが約束を守れなくて、それに怒った真冬とケンカになって……それで他に友達を作って、色々あって、そのいじめに」


「私も大人気なかったんです。私には美夏しかいなかったから。だから私も友達を作ってやるって作ったら励まされるうちに美夏が悪いのに、って恨みがたまっていって」


「痴情のもつれか」


 直感的にコメントすると、


「ち、ちがいますっ! わ、私はその、美夏をそんな目では見てません」


 真冬が慌てて否定する。


「ほーう」


「そんな反応したら本気っぽく見えるからっ」


「あっ……」


 美夏の指摘に顔を真っ赤にして俯いてしまう。恭二は穂乃華に視線を送り、アイコンタクトをする。頷いたあたり「あながちまちがいじゃない」と穂乃華も俺の直感を後押ししているように見えた。


「どんな約束を破ったかは知らんが、とにかくすれ違った結果、ケンカからの派閥形成によるいじめに発展か。典型的なパターンだな」


「そう、ですね。ちなみに先輩は」


「ないぞ。そんなことをすれば一家もろとも吹き飛ぶからな。いじめようとバカがいたら他の誰かが全力で止めに来るレベルだったな」


「ひぇ~……」


 真冬がドン引きしている中、美夏は少し体が震えていた。


「ぼ、ボク、そんな人の背中を平気でぶっ叩いてましたけど……」


「気にするな。いくら俺が偉くても島の外には権力を振りかざすことなんてできん。まぁでも事情を知ってる島の生徒からすれば美夏の行動は恐怖だったかもな」


「あ、そういえば島出身の人にはなぜか怖がられてたけど、そういうことだったのか」


「怖がらないのは島外の生徒か、穂乃華くらいだな」


「恭ちゃんは嫌な性格だったけど、怖い人じゃないよ」


「さらっとすごいこと言いましたね」


 真冬がそんな風に目を見開いて驚くのも無理はない。暴言のようにしか聞こえない。


「事実だからな。穂乃華に調教されて丸くなったとはいえ、俺自身まだ嫌な性格のままだと思ってるぞ。そんな俺に付き合ってくれたのが穂乃華だけで……ま、母さんをなくしたばっかりだったし、こいつの優しさにどっぷりとハマったわけだ」


「八歳にして母親のような優しさを持つ穂乃って……」


「当時の写真とか見てみたい」


 真冬が割りとガチなトーンでそんな発言をするものだから、少しロリコンの趣味があるんじゃないかと思った。


 女好きで幼女好きの少女。いや、ないか。


「写真は……どうだろう。家族と写ってるのなら、あるかな」


「あっ、ううん、いいよ。言ってみただけだから」


 真冬はすぐにフォローを入れる。美夏と真冬にも穂乃華の事情は一通り説明してある。それもつい先日のことだが、それを思い出したようだ。


 穂乃華の両親はすでにいなく、便宜上も叔父の養子のままで継続。なおかつ、島の現象と紫苑についてもきちんと話している。美夏はともかく真冬は半信半疑だったが、実際に紫苑の力を見て、納得した経緯があった。


「そう?」


「うん、いいの。ちょっと小さい頃の穂乃華さんに興味があっただけで」


「……えっ?」


 美夏が驚いて真冬を凝視する。


「えっ、な、なに?」


「いや、なんか良い方が変な感じだったから」


「そうかな?」


 話の流れがおかしな方向に行ってる気がしてならない。ここは軌道修正をしなければ、と恭二は義務感のようなものを覚えた。


「というか、二人共そろそろ俺に時間を譲って欲しいんだが」


 もう面会終了時間まで一時間しかない。外はもう完全に日が落ちており、真っ暗だ。


「あ、そうですね。積もる話があるでしょうし。行こ、真冬」


「あ、うん。それじゃまた」


 空気を読んで慌ただしく出ていく美夏を追いかけるように真冬も病室を出ていく。ようやく二人きりになったので美夏がさっきまで座っていた椅子に腰を下ろした。


「調子はどうだ、って聞くまでもないか」


「うん、良くなってるよ。まだ痛むところはあるけど」


「そっか……さっきの話に戻るんだが」


「うん?」


「恋人の期間が短いって話」


「なにいってるの、恭ちゃん。これからずっと恋人の時間は伸びていくでしょ」


「……いや、そうなんだが、その、恋人期間が妹期間を追い越す前に妻の期間を迎える可能性もあるよな、って思ってだな」


「ちょ、ちょっと恭ちゃん……」


 また顔を赤くして俯いてしまう。口にしている自分も顔から火が出ているんじゃないか、と思うレベルで熱い。


「その前に別れるってこともありえないとは言い切れない。でも、少なくとも俺はそのつもりはない。穂乃華以外に俺を好きになってくれる奴はいないからな」


「わたしをもの好きみたいに言わないで。恭ちゃんはきちんと魅力のある人だよ。わたしの気持ちには到底届かないけど、好意を抱くレベルの人はいると思う」


「さらっとすごいことを言ったな」


「本当のことだよ。わたしは他の誰よりも恭ちゃんを愛している自信がある。妹の時だって恭ちゃんに恋してたから」


「そうなのか?」


 意外な言葉に驚いていた。色んな無茶な頼みをして、むしろ嫌われてるかもしれないと思っていたくらいだったから。


「だってバレないように必死だったんだよ。本当の兄妹だと思ってたから自分がおかしいのかも、って」


 記憶があるというのも不便な話なのかもしれない。穂乃華はその時の感情も覚えているから気持ちの整理がつかないようだ。


「ゆっくり馴染んでいけばいいさ。今までと同じくあの家で住むか、自分の家に戻るかも含めて色々考えておいてくれ」


「でもわたしが家に戻ったらどうするの? 家事とか」


「才能が戻ってきたおかげでこなせるようになってるよ。だから俺や親父を気にする必要はない。穂乃華がどうしたいか、それをしっかりと自分で決めてくれ。それを尊重したい」


「そっか、そうだね。うん……わかった。考えておくね」


 この後も面会終了時間まで話題が尽きることはなく、話の途中で切り上げて帰ることになるのであった。


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