04「真実へ至る者」
「ねぇお兄ちゃん、なんで美夏と仲が悪いの?」
きっかけは妹のそんな言葉だった。季節はまだ一月中旬。あの美夏に好きであることを真摯に話してからまだ五日しか経っていない。それで気づかれるのはあまりにも早いなと思った。ここで言っておくが、自分の中ではケンカしているつもりはない。向こうが勝手に怒っている、そういう認識なのだ。
いや、そう思っておかないとやっていけない部分もあるのだよ。
「誰に言ってんだ、俺は」
心の声に自らツッコミを入れてしまう。隣でしゃべり続けていた妹が「聞いてなかったでしょう」といぶかしげな視線を送っていた。
「あ、すまん」
とりあえず謝っておこう精神に取り付かれたかもしれない俺は口先だけで言っておく。無駄にプライドの高いので真面目に謝ることができない。子供の頃の影響はモロにあるが、自分でも嫌な性格だなと思う。
「もぉ~なんでお兄ちゃんはそんなにマイペースなのかな」
「いや、O型だけど?」
誰よりも協調性を大事にする大らかな人。なんか今の俺は真逆だな。実際の俺の性格は血液型通りだ。ほ、本当だよ?
とある理由があって周りを避けなければならないが、神童と言われ天狗になっていた俺も見下しながらも相手の逆鱗に触れない程度に見計らい、気を遣っていた。
B型なのは美夏である。あいつは完全に血液型通りのマイペースな奴だ。
「そういう問題じゃないの!」
「怒るなよ。わざと話題をそらすために言っているんだから」
「っ! もう、いじわる!」
自分がからかわれたと気づいた妹は不機嫌な顔で一言もらしたあと、そっぽ向いてそのまま一人で学園へと歩き出してしまう。
「悪いって思ってるぞ」
慌ててそのあとを追う。あの日のあいつの背中とタブって見える。ぎゅっと痛む胸を手で押さえた。
「美夏が俺を理解してくれるまでの辛抱だ。心配かけてるのはわかってる。だから……」
ピタリと止まった彼女は俺に向き直り、不機嫌な表情を崩さないまま告げる。
「わかった。言わない。なるべく早めにしてよね」
まぁ、許してくれるのだろう。長引くとまた言うぞと遠まわしに言われた気がしたが。
そんなことを思いつつ、歩くスピードを落とした彼女の隣に並び学園へと一緒に登校するのだった。
授業を右から左へと聞き流しながら悠里を見る。彼女は真面目に聞いているのか聞いていないのかわからない。時々外を見ては何かブツブツとつぶやいているからだ。
おそらく霊と会話しているのだろう。よく考えるとそんなにも霊がいることに驚く。
恋愛対象としては申し訳ないことにまったく興味がないが、クラスメイトとして個人的な興味はあった。
この際はっきり言っておこう。俺なんか比べ物にならないくらい矢部悠里はすごい力を持っている。シオンから話された時はあまり実感がわかなかったが、考えてみるとものすごい能力である。権力と筋肉しかない俺では到底敵わない。
彼女の持つ『眼』はそういうものである。シオンにもう少し深く聞いたのだが、鍛えれば未来を視ることも可能らしい。いや、すでに視ることができるかもしれない。ただそれをシオンが知らないだけで。
問題はその精度ということだ。使えば使うほど鍛えられる。過去をどれだけ遡って視られるか。未来をどれだけ先まで視られるか。どれだけはっきりと状況が映し出されるのか。
そこはさすがのシオンも把握していないらしい。
彼女の眼のことを考えながら周囲に目を向けると授業が終わっていることに気づく。チャイム鳴ったけな。ま、いいか。
「きょう」
「うわぁっ! いきなり現れんな」
しかも何を思ったのか、机の影から飛び出てきたのだ。消しゴムを落としてしゃがんでいたらしく、立ち上がりながら呼んだみたいだ。その証拠に手には消しゴムがある。
本人には何の意図もないのは不思議そうな表情を見ればわかる。
「きょう、放課後、時間ある?」
「……あるけど」
妹との約束がなかったかを回想してから返事する。他の人の約束は別にいい。あったとしても放置である。ひどくないよ、忘れるほどの約束だったんだよ。
「じゃあ予約」
それだけの会話で自分の席に戻ってしまう。いやいや、もっとこう何をしたいとかそういう要望を言ってくれないと困るぞ。
そんな想いなんて悠里に通じるわけもなく、放課後を迎えた。
どこにいくのかと尋ねても答えない悠里と校門を出る。途中で妹や美夏に会わなかったのはラッキーだ。見つかったらあとで説明するのもごまかすのも面倒だ。
「で、どこに連れて行ってくれるんだ?」
「……う~ん、島かな」
歩きながらぽつりと言ったが、言葉とは違って考える仕草など微塵もなかった。ただ前を向いて言っただけである。
「昔々、この島に矢部悠里という少女がいました」
突然そんな切り口から入った悠里は淡々と続ける。どうやら自分の話をするみたいだ。
「少女は何もとりえのない静かな少女。でも五年前、事故に遭った時、視力を取り戻し、力を手に入れました。何がなんだかわからない。いろんなものが視えてしまう。少女は戸惑いました。しーちゃんにそういう『眼』だと教わるまで病気だと思っていたくらいです。しーちゃんと再会したおかげでチャンネルも自動的に合うようになったから、すぐにその話は信用できました」
それまでは制御ができていなかったのだろう。それが視える原因ときちんと対面することで安定したのだ。
「周囲を視ること以外に興味のなかった少女ですが、しーちゃんに勧められて少しだけ力の制御もしてみることにしました。過去や未来を視る力。どこまでできるようになったかはきちんと話してない。あまり必要ないと思っていたから。でも、未来を視たいと最近思うようになって鍛えていたのです」
先月からより不思議な行動が目立っていたが、そういうことだったらしい。
「そして、少女はこの力を使うことにしたのです」
「……なんだ、使うのか?」
そう聞き返して彼女を見た時、すぐにわかった。虚ろになっている眼が瞳の色が黄色なのだ。俺の声が届いてない。
ふとクリスマスパーティーのことを思い出す。あの時もこうして黄色になっていたから眼が光っているように見えたのだ。
つまり彼女は今、上根恭二にピントを合わせている。過去と未来。どちらを視ているか、まではわからない。
立ち止まって考えているうちに彼女の眼に力が戻り、瞳も元に戻った。
「……悠里? どう、した」
彼女の頬につぅっと涙が流れたのだ。驚いてしまった俺は声が震えていた。人である以上泣くのは不思議じゃないが、悠里が涙を流すという考えをなぜか受け入れられなかった。
「ごめんなさい。ゆうりなんかが知るべきことじゃなかった」
涙をぬぐうことなく謝罪した彼女は俺を見つめる。
「あの事故、やはりきょうが関わっていた。でも、そのときそんなことが起きていたなんて知らなかった。それからきょうがこの五年間どれだけ苦労したか。ゆうりは自分が大変だと思っていたけど、きょうに比べればまだまだだった」
彼女の口ぶりから過去を視たのだと察する。そこまで遡って視ることができる。そこに気づくと同時に悪魔先輩の時に感じている焦燥感と恐怖を抱く。悠里もまた壊すのか、と。
「俺の過去を見たんだな」
「正しくは過去と少し先の未来。過去と未来を視た。安易に踏み込んでしまったことは正直に言えば後悔してる。けど、視てよかったとも言える」
そこまで進化させていることに驚きつつ、遠回しな言い方に苦笑いを浮かべる。
「きょう、あなたは進むべき。充分に苦しんできた」
彼女でなければ上っ面な言葉に聞こえて怒ってしまうところだ。しかし視えていることを知っているから、逆に嬉しかった。
積み重ねた苦労を、歩んできた道のりを肯定してもらえて嬉しかった。
「でも、気をつけて、あの娘が真実に辿りついてしまう」
「悠里以外に、たどり着く……」
真っ先に思い浮かべたのは霧丘香苗だった。悠里は視えるからたどり着いた。彼女は視えなくても着実に近づいている。
自分の隠している真実に。
「そうすればあの娘はゆうりの所にも来る」
「誰だ、そいつは」
動揺を隠し切れない恭二は声が震えていた。過去を見られたわけでも、彼女の言葉が将来を思って言っているからでもない。ただ自分にまだ決心がついてないことに驚いた。
彼は言い訳してずっと逃げていたのだと理解した。
「伊坂美夏」
出てきた名前に不思議と驚きはない。予想外だったが理解はできた。
「わかってあげて。あの娘は親友を思ってやっている」
「そんなこと、言われなくてもわかってるさ」
本音をぶつけた者同士だからこそ、彼女がどういう人間であるかを知ったのだ。それは羨ましいほどの魅力を俺に魅せてくれた。
「明日。神音の森で」
去っていく彼女を見送り、悠里の言葉が予言であることを悟る。明日は土曜日、半日授業のあと午後は休みである。土曜は日課である森でのトレーニングもそのあとにしていた。
ということはおそらくそこか、そこに至るまでに美夏は悠里と会うのだろう。
おそらく真実の片鱗を掴んで。
その日の朝の目覚めは最悪だった。ほぼ寝ていないと言ったほうがいい。来るべきときが来たのだと思い、自らの決心をつけようとするができない。
俺はあいつに戻ってきて欲しい。でも、このままでもいい。あいつが戻ってくるなら妹には危険がともなう。それを俺が決めてもいいのだろうか。
そうしたのは自分だというのに。あの時はあれしかなかったと言い訳することで自分自身へのごまかしはできている。
「お兄ちゃ~ん……あれ、起きてる。てか顔色わるっ!」
妹が部屋に入ってくるなり、びっくりして体をのけぞらせた。そこまで大げさにするほど今の俺の顔はひどいのだろうか。
「休んだほうがいいよ。学園にはほのから言っておくから」
優しい気遣いにより学園を休むことになった。
それから俺は誰もいなくなった家を出た。予言は実行されるだろう。ならそこに行くべきなのだ。神音の森に。
踏み入れた森は何も変わるはずもないのに、どこかいつもと違った。なぜだろう。ここにいると心が安らぐ。慣れた場所だからだろうか。それともそういう『森』だからか。
「……本当に静かだ」
木にもたれかかって座っていた俺は今の森が持つ独特の安心感に導かれていく。さっきまでの迷いや焦りが嘘のように拡散し、からっぽになっていく。それは空虚ではなく、真っ白。悪くない気分だ。これならきっと――
そして、眠りへと落ちた。
すぅっと目を開けると視界に広がるのは木々の茂った森。どれくらい寝ていたのかはわからないが、日が落ちてないところから見るとまだ昼ごろだろうか。しまったな、携帯は部屋に置いたままだ。どの道友達が少ないから使う機会はほぼないが。
ざっ、ざっと複数の足音が森に響く。正確な人数はわからないけど、二人以上であることは確かだろう。美夏と悠里。二人は昨日の予言の時点で決定済みなのだ。あと来るとすれば先輩くらいだ。美夏は先輩が島のことを調べていたのを知っている。なら家のことも知っていると踏んで話をしている可能性だってあった。
どこまで真実に辿りついているかわからないが、潮時なのかもしれない。寝てすっきりしたせいか、あれほど悩んでいたのが嘘のように心が軽かった。
「いた」
悠里の声に気づいた俺は彼女達を迎えるために立ち上がった。まっすぐ来たのはやはり彼女の案内だからだろう。俺やシオンのいる場所は力を使えばわかることだから。
「今日は休んだんですね、先輩」
怒気を感じずに美夏に話しかけられたのはひさしぶりだ。とはいえ一ヶ月どころか二週間も経っていないのでひさしぶりは違うよな。
「寝不足でベッドでぼーっとしてたら妹が休めっていうから」
言い訳というわけではないが、説明をしておく。妹からすでに受けているとは思うけど。
「さすがの恭二くんもきついみたいね」
いつもと同じ悪魔的な笑顔を浮かべる先輩。予想通りこの人も来たか。
「そうですね。少し厳しいです」
ごまかすつもりもない。ここまで来たのなら言うべきと判断した俺は先輩に対して変な言葉遣いを使っていない。恐怖が薄れた、なくなったというべきだろうか。
壊すのが彼女ではなく、俺自身になりそうだから、だ。
「それにしても今にしてみればなんで不思議に思わなかったんだろう」
美夏が自問するように俺に聞いてきた。
「ボクは一度も穂乃を名前で呼ぶ先輩を見たことがありません」
確かに俺は妹を名前で呼んだことはない。そこに気づいたのは先輩だろう。それを美夏に教えたのだ。そこは間違いない。
思わず恭二は自分の左頬を触ってしまう。
「先輩、ボクの話を聞いてくれませんか」
「ああ、いいよ。聞くよ」
そのかしこまった態度、口調と目から滲む決意。どうやらそこ辿りついたようだ。
「――穂乃は、上根穂乃華は『実の妹』じゃありませんね」
「……その通りだよ、美夏」
やはり語るべきときが来たようだ。
そうだな。彼女達には真実を伝えるべきだ。事故に関わっている先輩や悠里、妹を思う美夏に対しての俺なりの誠意だ。
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