02「彼女の見えるもの」
森での一件で委員長が何を見ているのかを知った。だからと言って何かが変わるわけではない。いや、彼女に対する認識が変わったか。行動原理が霊を見て会話しているのなら説明がつくようになった。
それでもシオンが視える理由にはならない。霊感や霊が見えると言った人の前でシオンは誰にも見えなかったのだから。
「何か考え事してるの?」
「ああ、考え事をしてた」
隣にいる妹によって現実に戻る。復唱する形で返したのがまずかったのか、ため息をつかれてしまう。
次の日にすっかり回復した彼女と今日もこうして登校しているのだ。まぁ、こうしていると必ずあの娘がやってくる。
「そこ、イチャイチャしない!」
伊坂美夏の登場である。腰に手を当てデデーンと俺たちの前に立ちはだかる。
さっきバスが通っていったからそろそろだろうと思っていたが、まさか前からとは。停留所からわざわざ他の道を回り込んでくるとは恐ろしい執念である。
「イチャついてねぇよ。普通に一言話していただけじゃねぇか」
まさにそうである。家を出てから最初の会話がさっきのやりとりだったのだ。
「会話の量の問題じゃな~い! 雰囲気の問題! 仲のいい人間は多くの言葉を交わさずとも相手の気持ちを読み取り、お互いのために行動できるの。先輩と穂乃はその領域だから会話のことを言っても仕方ないの!」
がーっとまくしたてるようにしゃべる美夏。言い終わって肩で息をするまで黙っていた俺は妹に同意を求める形で聞いてみた。
「俺たちってそんなことないよな?」
「うん、どっちかというとバラバラだよね!」
あははは、と互いに笑い飛ばす。俺は少し悲しいが事実である。妹は心の底から思っているに違いない。じゃなきゃ無邪気に笑っていません。
「あはは、じゃな~い! なんでそんなにのんきなの」
一人で暴れる彼女を見て妹の眉がピクリと動いた。その瞬間、真剣な表情をしたがすぐに笑顔に戻った。俺だけが見ていたようだが、何やら俺に対して良くないことが起きそうだ。美夏に対して、でなく俺に。なんとなくだけど。
「放課後、森で」
耳元でそんな声がした。振り向く前に、すっと俺と妹の間を通り抜けて出てきた委員長がぽつりと一言。どうやら俺にだけ聞こえたようだ。
彼女の登場に対処できない美夏はその場でフリーズしてしまう。そんな美夏の隣に並び、また言葉を一つ。
「往来のど真ん中、邪魔」
はっきりと言ったあと、何事もなかったように学園へと向かっていく。
「いつも思うけど、不思議先輩ってすごいよね」
「お前もそう思うか。俺もだ」
二人をも呆けたまま、彼女の後ろ姿を見つめていた。ただ一人硬直からから復帰した少女が今は遠い背中に視線を向ける。
「むっき~! なんか腹立つ! めっちゃ腹立つ!」
急に叫んで委員長を追っていってしまった。
「パワフルだな」
「それが美夏のとりえだから」
親友にまとめられてはどうしようもない。あきらめろ、美夏。
あのあと委員長に返り討ちにあった美夏を介抱する妹に顔が緩んでいたのは内緒である。
彼女が指定したとおり、家で私服に着替えた俺は森へと来ていた。まだ委員長はいないらしく、森は静かだった。裏か家のほうか、どちらかわからないが来たらトレーニングをしているこの一帯に来るだろう。
それにしてもシオンもいないのか。また海老名市に行っているのかもしれない。意外と都会が好きだからな。シオンは自分が見えていないというのに楽しそうだ。本人は「あたしが楽しいからいいじゃない」と言っていた。それに別にこっちから見えているのだから問題ないとのこと。
まぁそれでいいと言っているのだから俺が気にすることではない。俺に俺の楽しみがあるように、シオンの楽しみがそれだった。そういうことだ。
がさりという葉と何かが擦れる音が聞こえた。足音が大きくなり、やがて止まる。右に目線を向けた先には家の庭のほうから来たであろう委員長が立っていた。
「また不法侵入かよ」
「見逃して。こっちのほうが入りやすい」
淡々と言う彼女にそんな理由かよと思ったが口には出さない。
「さっそく本題。きょうは本当に霊が見えない?」
突然話題が変わった上に前に出たはずのことを聞かれてしまう。邪気どころか、感情すら感じさせない彼女の表情。思えば前にこの話をしたときは途中でシオンが入って中断されていた気がする。否定はしたが明確な答えは言ってない。
委員長の中では答えを聞いていないと理解できないということみたいだ。
「ああ、そういう類のものはまったく見えないな」
「そう……それは残念」
あまり残念そうに見えないが、無表情の顔がわずかに沈んだように見えた。
「なぁ、委員長」
「きょう、名前で呼んで」
「えっ? なんでだよ」
会話を遮って言う彼女。今俺は呆気にとられた顔をしているのだろう。何にしてもいきなりだ。人の考えていることなんてわかるわけないが、委員長のことなんてもっとわかるわけない。
「名前のほうが好きだから」
あ、そうですか。それならそうさせてもらおう。
「悠里、その眼は生まれつきなのか?」
霊感ではなく、眼と言ったのにはわけがある。見ているものはすべて目を通して情報化し、脳内へと伝わる。彼女は体で感じているわけでなく、眼で見ていたからだ。
「違う。眼は五年前に身についたもの」
五年前、まさか先輩と同じあの場所で?
「夏峰橋で起きた事故。前の車がトラックにぶつけられた。その反動をゆうりの車も受けて停止。大きな怪我はなかったけど、ゆうりは車の外に出た」
この少女も関わっているのか。いや、待て。何か思い出してきた。
「地獄。それが最初の印象。前の車から出てきた男の子と女の子が大変そうなのはすぐにわかった。でもどうすることもできない。そんなとき眼に違和感を覚えたゆうりは眼鏡をはずした。不思議だった。今まで眼鏡がないと見られなかった世界がなくても見えた」
眼鏡をはずした悠里は今では伊達眼鏡をかけていると話す。脱線したと告げて話をすぐ戻した。
「同時に見えていなかったものも見えるようになった。そして、いたの。男の子と女の子の前にシオンがいた。そして、世界が光に包まれた。そこからは何も覚えていない。次に気づいたらもう病院のベッドの上にいたから」
思い出した。あの時にいた青フレームの眼鏡をかけた赤いカチューシャの少女。矢部悠里が今身につけているものもそうだが、顔には面影がある。
なんで気づかなかったんだ。違うな、違和感はあった。無意識のうちに関係を否定していたんだ。先輩とは違い、消極的にかつ確実に。忘れることにした、ということ。
「眼鏡は不要。でも、慣れたものはなかなか手放させない。あれから力の使い方にも慣れた。だから感謝している。そのつもりでしーちゃんに話しかけた」
お礼を言うつもりだけだったらしいが、次も話すように約束して今のように友達になったと彼女は話す。特に探していたわけじゃないのにすぐに出会ったらしい。
悠里の表情からその出会いは嬉しいものだったとわかる。笑っているとまで言わないが優しく目を細めていた。
シオンは本当にどこでもふらふらしてるんだなと思った。あいつも寂しかったんだろう。だからこそ悠里に約束を取り付けたのだ。
「うん、聞くことは聞いた」
そう言った彼女は別れの挨拶をするでもなく、来た道を引き返していった。本当に霊が見えるかを確かめにきただけのようだ。
彼女らしいといえば、彼女らしかった。
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