04「大晦日!元日!誕生日!」

 大晦日、十二月三十一日は上根家にとってもう一つの意味を持つ。


「誕生日おめでとう、お兄ちゃん」


 パチパチと手を叩きながら満面の笑みで祝ってくれる妹。邪気のない表情に癒されつつ、思っていること口にしていた。


「また一つ歳を取っちまったYO! 仕方ねぇ、あきらめて俺生誕祭を祝えYO!」


「無理矢理ノリノリにならなくてもいいのに」


 さすがに俺の妹は心情を理解しているらしく、ごまかす悲しい心をラッパー風に奮い立たせているなどお見通しだった。


「俺は子供のままでいたいんだよ」


「当主としては受け入れがたい発言だな。しかし、息子よ。気持ちはわかるぞ!」


 すでに酒の入っている親父はノリがおかしかった。テーブルに並ぶ料理は大晦日と誕生日が重なっていることもあり、豪華なラインナップだった。


 三人で食べるには多すぎるような気がするが、残ったのはおせちと共に明日に持ち越しだ。うちでは毎年そういうことになっているし、明日も特別な日だから。


「それじゃあ俺様の取らなくてもいい歳を取った記念といい年だったと振り返る意味を込めて……かんぱ~い!」


 誰がうまいこと言えといったと親父がぼやき、妹は本当に楽しそうに俺とお茶の入ったコップをカチンとくっつけた。


「こうやって家族だけで過ごす年越しもいいもんだなぁ」


「や、毎年やってんじゃん」


 親父は酒で頭がぼけているのか、そんなことを言い出したのですかさす俺がツッコミをいてておく。少なくともここ三年はこうしてきたはずだ。親父は何と重ねているのだろう。


「あ、カウントダウンが始まったよ」


 つけているテレビは三十秒前の表示がされている。夜更けにカウントダウン番組を見ながら家族で『夜食』を食べるというのは上根家では常識になっている。


 十、九、八と今年が終わりに近づいていく。三、二、一、そして、新年を迎えた。

「誕生日おめでとう、我が妹よ」


「うん、ありがとう。お兄ちゃん」


 うちで新年を迎えてすぐに出るのは「あけましておめでとう」ではない。妹の誕生日を祝う言葉なのだ。


「ほのも歳を一つ取っちゃった」


 えへへと可愛らしく微笑む彼女を見て、ついいじめたくなってしまう。

「ずっと成長は止まったまんまだけどな」


 ついつい言ってしまうと妹はぷくりと顔を膨らませる。


「む~そういうことを言うお兄ちゃん嫌い」


 表情よりなりより俺は彼女の発した言葉に体が反応していた。


「た、頼むから俺を嫌うのだけはやめてくれ!」


 自滅していた。妹に嫌われるのを極端に嫌うせいで、体が怯えるのだ。あまりにも溺愛しすぎてかかった病気とも言える症状。


「う、うん、わかった。だからそんな必死な顔しないで」


 俺の訴えに驚いた妹は慌ててフォローする。こんなことをさけてしまった自分の軽率さと結局俺は変わってないんだという事実に心がズキリと痛んだ。


「ごめんな」


 こんなダメな奴で、と妹に心で謝りながらあいつにも謝る。今も昔も俺はダメなままだ。運動や勉強ができた、できないは関係ない。できたとしてもあの頃はダメな奴だった。


 神童と呼ばれていた時の上根恭二という人物は。






「なぁ、俺はお前のこと好きだぜ?」


十一歳のこの上根恭二は本当に嫌な奴だと今の俺ですら思う。常に勉強でも運動でも圧倒的な実力でトップになり、それを振りかざす。加えて当主としての力もすでに持っていたから、なおさら嫌な子供だった。


「恭ちゃんはいっつもそればっかり」


 呆れたと言いたそうな口調だが、表情には嬉しそうにしていた。彼女のことだ、また冗談だと思っているのだろう。彼は本気だというのに。


 彼女にくっつき、ずっと好きだといっていたせいで、冗談と取られるようになっていた。彼自身も習慣化していたところもあり、本当にそのとき好きだったかはわからない。


 ただその後の事件で互いに好きであると気づかされることになるのだが、それはまた別の話である。この先の未来にそんなことがあると予想してない俺達は今日も二人で島を巡っていた。


 友達らしい友達といえば、彼女だけ。でも、その頃の俺はそれで充分だった。

 神童、上根恭二は本当に嫌な人間だ。世界は自分中心に回っていると本気で思っていたし、島の支配者であるとも思っていた。そういう思いに至る要因が他にもあるが、自分は特別な人間で他の人間とは違うのだと信じていた。


 確かに人は他の人とは違う。そういう意味ではなく、人を見下していたのだ。


 今の上根恭二はどうであろうか。神童といわれていた頃の実力はなく、ダメダメな一般人。上根家の威厳は必要時に使うだけにしているが、性格は変わっていないのだろうか。


 自分ではそれがわからないし、親父に聞いても答えてくれないだろう。あの人はそういう答えは自分で見つけろという主義だからだ。


 今と昔を比較して変わったかどうかをわかるのは『あいつ』だけだ。関係を俺から断ってしまっている小学、中学時代の知り合いではわからないだろう。


 皮肉なものだ。今はいない人にしかわからないなんて。

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