第29話 努力の結晶とは


「お帰り、コウキ!!」

「……まず一発ぶん殴らせてもらって良いですか。その笑顔は非常に腹が立つ」


 ……人が汗水血涙流して生きて帰ってきたのに、満面の笑みでお出迎えとは。殺意が湧く事この上ない好待遇を受けた俺はぎちりと拳を鳴らす。


 ……が。


「…………」

「……ん?」


 拳を握り締めるなり、俺の体は運動を停止した。


 ぴくりとも動かなくなった俺に、生ける災害ディザスターは怪訝そうに尋ねる。


「どうした?」

「……限、界、です」


 そして細い棒切れが倒れる様に、ぱたりと力なく地に伏せる。


 それと同時に、胃がごぎゅるるるるるるるるるるる!! と腹時計を爆音でお知らせし始めた。


 生ける災害ディザスターは一瞬ぎょっとしたものの、すぐに全てを察してくれたらしい。しゃがみ込むと、枯れ枝の様にやせ細った俺を担ぎ上げる。


「……この様子だと何も出来なそうだし、まずはご飯にしようか。努力の結晶はその後で見せて貰おう」




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 ずず、と熱めのお茶を一口すすると、俺は幸福感に満ちた息を吐いた。


「――食事とは生物の英知ですね」

「……凄いな」


 俺を家の中に連れ込むと、生ける災害ディザスターは即行で大量の手料理を振る舞ってくれた。


 最初の時点では、目算で10人前は軽くあっただろうか。


 しかし、人間とは凄まじい。伊達に三大欲求に数えられていない食欲は留まる事を知らず――、


「15……いや、20人前くらいかな。結構な量を食べたね……断食期間はどれくらい?」

「……三週間程度、水のみで耐えました」

「もう何で生きてるのかが不思議だよ」

「誰のせいだと……」

「――オレか!!」

「本気で殴っても良いですよね、そろそろ」


 やたらとこういう時だけシリアス顔で反応するのは、混じりっけの無い殺意がこんこんと湧いてくるから止めて欲しい。危うく臨死どころか臨終まで行きかけたのに、その原因の野郎が呑気にやっているなんて憎悪が揺らめき立つ要素を完全に満たしてるじゃないか。暴力に走ったって許されるよね、仕方ないよね。


「……とまあ、こんな冗談半分は置いておくとして」

「残りの半分は何なんだよおい」

「どうだい、オークとやり合った感想は?」


 オーク。


 生ける災害ディザスターが何の気なしに放った単語を耳にして、俺は不覚にもこの二か月間の記憶をフラッシュバックさせてしまった。


 死の行軍デスマーチ、二週目。


『Ahhhhhhhhhhhhhhhhhhh!! 抱イて、抱いテぇぇェえぇェェエェぇッッっ!!』



 四週目。



『ヤア、お兄さン。俺ノ胸に飛ビ込ンでミないカい?』



 六週目。



『ソの、人形ヲ、pleaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaseeeeeeeeeee!! ツイでに、アんタモ、食べテ、あゲルゥゥゥゥうウぅうウうぅッッっ!!』



 七週目。



『当テてるのサ』



 ……………………………………………………。



 一時は群れを撒けるものの、この繰り返しを二か月間。


 おまけに最後の三週間はぶっ通しで追われっ放し。



 …………………………………………………………………………………………………………。



 俺は過ぎ去りし壮絶な日常の風景を脳裏にこびり付けたまま、震える声で呟いた。


「……トテモヒツゼツニツクシガタイニカゲツデシタ」

「おお、ばっちりトラウマになってるね」

「嫌だ、もう嫌だッ……死にたくない、死にたくない、死にたくない……っ、いっその事死にたい……ッ」

「泣きながら矛盾したうわ言を言うまでとはね……。良かった良かった、こっちも舞台を整えた甲斐があるってもんだよ」

最初はなっからそのつもりだったんですか!?」

「当たり前だろう。そのためにチート級に強いミニスターをナビゲーターとして送っだり、あわよくば童貞卒業して一緒に『童貞』のスキルも無くなったりなんてして――」

「クソがあぁああぁぁああああぁあああぁあああ!!!!」


 現代だったらこんな感情、知らずに済んだんだろうな。


 この際、情緒不安定になっても良いや。こいつどうやって殺そうかなマジで。


 殺意通り越して存在抹消したい。うん、大分ヤバそうだ俺。大丈夫かな、いや大丈夫じゃないな。まあ別に良いか。新しいスキル使えば何とかれるかもしれん。実用レベルじゃないがどうにかなるだろう。許せ小鳥遊たかなし、これは俺が悪いんじゃない、奈落に身投げさせた奴が悪いんだ。ようし、頑張って殺すぞう――。


「まあまあ。オレへの殺意は分からないでもないけど、一旦落ち着こう」

「分からないでもないなら理解の域まで達してくれないもんですかね。童貞卒業を怪物で済ませようとさせるとか正気の沙汰じゃない」

「じゃあゴブリンとか触手系の魔物だったら満足した? 一応、人型だし」

「大して変わってないし、何で童貞卒業の対象が人外しかないんですか。というか、そのラインナップは確実に俺を同人誌性癖に目覚めさせようとしてますよね。それが殺意の対象になってるのは自覚あるんでしょう」

「まあね」

「まあねって!!」


 苛立たしさを隠せない歯軋りをする俺に、生ける災害ディザスターは涼しい顔であっさり首肯する。


 しかし、彼は同時に「だから」と言葉を繋げた。


「チャンスをあげよう」

「……チャンス?」

「ああ」


 生ける災害ディザスターは爆砕した壁の残骸を踏み越え、荒野の砂を鳴らす。


 そして振り向き、屋内に居る俺を射抜く様に睨み付ける。


「そこまでの地獄を味わったんだ。……あるんだろう? 努力の結晶が」

「…………」


 生ける災害ディザスターの問いに、俺は無言で肯定の意を返す。


 俺が二か月の中で獲得したものは……あるにはある。


 ……と言っても、三日前にようやく形になっただけのお粗末なものだが。


 しかも、これはまだだ。実用レベルには達しているが、実践レベルには達していない。どうやっても練習段階の域を出ないのだ。



 そして発動したら最後、俺には止められない。


 まさにノンストップ、ノーコントロール、フルオート。



 ……しかし、それでも。


 試してみる価値はある。 



「あるのなら、見せて貰おうじゃないか。――遠慮なく殺しに来ると良い」


 まるで遠くから走ってくる幼い子供を抱き留めようとするかの様に、生ける災害ディザスターは両腕を大仰に広げる。


 ……これは煽られていると取って良いのだろう。


 なら、その誘いに乗ってやろうじゃないか。


 俺は『創成魔法』を発動させると、剣の形を成した魔力の塊を右手に顕現させる。


「……分かりました」


 深く息を吸い込み、緩慢な動作で肺の中を空にしていく。



 ――さあ、試そうか。


 魔力切れになるのが先か、ストレスフリーになるのが先か。


 確率としては前者が九割九分、後者が残りの一分だろう。


 ……そう、結果は火を見るよりも明らかなんだ。


 だから、全てを出せ。


 求めるのは完璧な成功では無く完璧な失敗。


 そこから学べ。吸収しろ。体の隅々まで記憶を刻め。


 この戦いに――『勝利』は要らない事を忘れるな。


 

「ここ二か月の鬱憤うっぷん――全部晴らさせて頂きますよ」

「はは、どうせ岩みたいに砕けるのがオチだと思うけど?」

「それは前提です。何せ俺は凄い弱いんで……当たって砕けるくらいが丁度良い」

「……狙うは自爆確定の特攻か。……言う様になったねえ」


 剣をおもむろに構える俺に、生ける災害ディザスターは感心した風に呟く。


 そして、そこで頭を切り替える。


 生ける災害ディザスターをはっきりと敵として認識し、怪物共に向け続けた殺意と個人的な恨みを一緒くたに彼に向ける。


「……行きます」


 そう宣言して、俺は修業期間の集大成である言霊を紡ぎ始める。



「――――」


 超えろ。


「――――」


 小鳥遊を。


「――――」


 他のチーター共を。


「――――」


 生ける災害ディザスターを。


「――――」


 何より、自分を。


「――――っ!!」




 それらの思いを胸に秘め、呪文を告げ終えた俺は化物へと駆け出した。

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異世界にて、死亡率No.1の魔導士に転職&最低なスキルを獲得しました。 コージマ @ko-zima

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