第28.5話 とある転生者の自己分析 side生ける災害


「――ああ、そろそろだろうからね。顔を合わせておいて損は無いと思うんだ」

『…………』

「そっちの都合が良い日で大丈夫だよ。何なら今すぐにでも」

『…………』

「冗談だって。ま、いつでもオレは暇だし、連絡なしで来てもらって構わないから」

『…………』

「それじゃ、待ってるよ」


 そう言って、生ける災害ディザスターは液晶に映し出されている『通話終了』のアイコンをタッチした。


 彼が操作していたのは偉大なる人類の英知の一つ――タッチパネル式の携帯端末だ。基本的な構造は同じだが、電気系統は全て魔法でカバーしている特別仕様。もちろん、その様な電子機器は異世界に存在していない。だが、彼を含めた召喚者・転生者だけで構成された組織――『神に近付き過ぎた者達ウィッチーズ』であれば造作も無い事だ。


 無論、製作者は魔道具開発に携わった人物である。この手の道具は得意分野だ。


 生ける災害ディザスターは端末をポケットに滑り込ませると、昔を懐かしむ様に嘆息する。


「……あっという間だな」


 最近、集団で召喚されたという二人の後輩を武者修行に送り出してから、二か月が経過しようとしていた。


 彼が設定した修業期間までは後数日といった所。今日中に生ける災害ディザスターの自宅まで辿り着くのは流石に無理そうだが、順調に進んでいれば明日にでも帰ってくるだろう。


 あの二人がどれくらい成長したのか……たかだか二か月程度ではあるが、少々無茶を利かせた内容にしたつもりだ。上手く転んでいれば爆発的な成長が期待できるが、下手に転んでいれば野垂れ死にしている可能性も無くはない。


「……けれど、これくらいで倒れて貰っちゃ困るよ。可愛い後輩達」


 ぎしり、と椅子の背に体重を預け、生ける災害ディザスターは誰とも無しに呟く。


 彼らには――近い将来、恐らく大仕事が待っている。


 それはきっと、『神に近付き過ぎた者達ウィッチーズ』が犯した罪でもあり、成し得なかった事だ。


 その贖罪しょくざいと希望のために、彼らには強くなって貰わないと。


 ……この上なく手前勝手な理由だ。挙句それを後輩達に押し付けようとしている我々はどう形容されれば良いのだろうか――答えを出そうものならロクでもない言葉になるのは明白だ。


「……はは、何て奴だ」


 思わず漏らした笑いは自嘲。


 彼らを自分の代替として扱っている――無意識にせよ、そんな自分に嫌気を感じ得ない。これも400年も無駄に生きた故の弊害なのか。同族を道具として見始めるとは……いよいよ、自分も人間とは言い難くなってきた。


 体が人外になっても、心は失わない。それだけが自分が『人間』である事を繋ぎ止めていた。


 ……いいや、或いはとっくに、自分は人間である事を辞めていたのかもしれない。


 転生して、人殺しに成り果てたあの日から。


 生ける災害ディザスターの名を冠したあの日から。


 人間の本質を捨て、『らしさ』だけを取り繕ってきたのだろう。


「人の皮を被った化物……か」


 それは『神に近付き過ぎた者達ウィッチーズ』のメンバーに共通して言える事でもある。


 彼らはチートを持ち、世界に名を馳せ、英雄と崇められた。


 しかし世は知らない。その名声は、無数の屍の上に成り立っているものだと。


 それが『神に近付き過ぎた者達ウィッチーズ』。死を平気で踏み台にする狂人達の集まりだ。



 ――と、そこまで考えた所で、生ける災害ディザスターは不意に首を振った。


「……こんな事をしている場合じゃなかったな」


 明日以降にでも後輩を迎え入れるというのに、先輩が過去に浸って勝手に沈んだ顔になっていても困るだろう。生ける災害ディザスターは大きく伸びをし、現実へと頭を切り替える。


「さて……暗くなる前に工房に行かないと」


 街灯も無いこの異世界の生活リズムは早い。陽が沈む前に店が閉まる事なんてザラだ。さっさと用事を済ませなければ、工房のオヤジに怒鳴られる。


「よっこらせ……っと」


 出かける準備をするために、両肩を軽く回しつつ椅子から立ち上がると――、




 ――突然、目の前の壁が爆砕した。




「……はい?」


 にわかには信じ難い光景に生ける災害ディザスターは目をぱちくりさせ、土煙の向こう側を見やる。


 壁があった場所には荒野が広がっており、我が家には砂混じりの風が虚しく吹き込んでいた。


「……え、どういう事これ?」


 予兆も無く訪れた我が家半壊。まあ、誰だって易々と受け入れられるはずが無い。


 生ける災害ディザスターが呆然として固まっていると、壁の残骸から声が響いた。


「痛っ……たた、勢い余り過ぎた……」


 破壊工作の犯人と思しき人物は、自分の上に圧し掛かっている瓦礫を一つずつどかすと、自由になった体の埃を払い落とす。


「……意外と早かったね」


 その姿を認めた生ける災害ディザスターは、彼に気付かれない程の小さな苦笑を浮かべた。


 そして、先程の憂いなど忘れた様な笑顔で、快活に言い放つ。


「お帰り、コウキ!!」

「……まず一発ぶん殴らせてもらって良いですか。その笑顔は非常に腹が立つ」


 それを目にするなり、びきり、と拳を握り締める後輩。だが、生ける災害ディザスターに笑顔を絶やす気は無い。


 ――後輩に自分の企みなど悟らせてなるものか。今は手の平で踊っていてくれ。


 そんな事を考えながら。


 化物は今日も無駄に生きる。


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