第28話 両刀の怪物


「――なんだなんだ何なんだあれ!!!!」


 ――なんやかんやで、生ける災害ディザスターの元を離れて既に三日が過ぎた。


 サバイバル未経験+とんでもない厄災を肩に乗せた俺が大自然でどこまで生活できるのか不安ではあったものの、人間生きようと思えばどうにかなるものである。何とか食糧と水は確保できた……と言っても、そこに辿り着くまでで本当に召天しょうてんしそうになったが。まあ、特に危なげなくここまで来た訳だ。


 さて、現状について話そう。


 俺は出発地の草原を抜けて、今は思わず見上げてしまう程に背の高い木々が密集する森を進行中だ。


 およそ道とは言えない獣道を全力疾走。


 そして、背後からは明らかに人間じゃない筋骨隆々の巨体達がべきべきと大木をへし折り、踏み潰し、時折その丸太をサッカーのシュートの様に蹴り飛ばしながら追って来ている。


 要するに……魔物の群れに張り付かれたのだ。


 いや、それだけなら大分マシだった。


 どうやら、奴らは人語を解す魔物の様で――、


「YaaaaaHaaaaaaaaaaaaaaaa!! マテやぁニンゲェン!! Huuuuuuuuuu!!」

「YeeeeeeeeeeeeHaaaaaaaaaaaa!! サッサとコンかァい!!」

「「「「「Boooooooooooooo!!」」」」」


 ……こんな風にアメリカナイズされた奇声を発しながら追いかけてくるのである。あれが人間だったら完全におクスリがキマっているヤバい人達だ。現代の皆さんは全速力で逃げましょう。


 俺はかなりお世話になっている『身体強化』を自身に掛けながら、肩でのんびりしているミニスターに怒鳴る。


「おいミニスター、何なんだあの魔物は!? なんかもう色々と生理的嫌悪感がするんだが!!」

「自分で、調べやがれ、よーん」

「ナビゲーターだろお前!?」


 このぬいぐるみは職務を放棄して知らぬ存ぜぬの姿勢を取った様だ。こいつの綿で出来た体は一度引き裂く必要があるかもしれない。


 俺は軽く舌打ちすると、走るスピードを緩めずに身を翻す。ちら、と流れる視界の端に、目の保養に大変宜しくないエイリアン的存在を映すと、『鑑定』を発動させた。


 『鑑定』は相手を詳しく読み取るなら奴らを注視する必要があるが、大まかな情報だけであれば一瞬で構わないらしい。俺は身の勢いをそのままに一回転する様な形でまた前を向き、足をせかせかと働かせる。


「さて、奴らの正体は……と」


 流石にステータスの詳細は分からないが、種族名くらいは恐らく把握可能だ。


 奴らは誰なんだ……?


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


オーク

年齢:3 種族:魔物


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ……一瞬なんだからこれくらいが妥当か。


 ふむ、オークか。で、3歳と……。




「――おいちょっと待て」




 思わず流してしまいそうになったが、なんとかノリツッコミにして持ちこたえる。


 ……『鑑定』スキルがイカれたのか? それともこれは大真面目なのか?


 オークは……見過ごせないが取り敢えず置いておくとして、3歳ってどういう事だ。


 3歳? あれが? グラサン掛ければ完全にヤ○ザの幹部クラスになりそうな半裸マッチョがまだ幼稚園児だと?


 割とこの異世界では寛容に物事を受け入れているつもりではあった。しかし、これは無いだろう。ロリジジロリババなら全然いけるが、逆展開はもはや誰得なんだ。そして大体こういうのは『美形に限る』である。あのオーク共は……皆様のご想像にお任せ致します。


「奴らは、オークだ、よーん」

「調べた後に言わないでくれるか、そういう事……」


 と、そこで、今後一切ナビゲーターとして機能しなさそうなミニスターが、相変わらずの微笑をたたえて言った。


 ミニスターは追ってくるオークを手で示し、


「この世界の、オークは、2歳で、繁殖が、可能になる、よーん。種族を問わず、手当たり次第、交尾して、キメラオークを、増殖させていく、らしい、よーん」

「……ああ、だから容姿がバラバラなのか」


 俺は前方の木々にぶつからない様に気を配りながら首を少しだけ捻る。


 逃げる事に夢中で気付かなかったが……見事な程にカラフルな集団だ。


 ざっと見た感じ、肌の色からして同じ奴が一匹として居ない。大多数が緑系統の様だが、中には原色、蛍光色、迷彩柄まで豊富なラインナップになっている。皮とか剥ぎ取ったら服として売れるんじゃないだろうか。


 更には耳も多種多様だ。典型的なブタっぽい耳に始まり、タヌキの様な丸っこい耳、ゾウの様な団扇型の耳、頭に直立して生えているウサギ耳なんかも居る。某青春野郎でもそんなバニーガール怪物の夢は見たくないだろう。


 本当に原型はいずこへ、と問い質したくなる様な千差万別っぷり。奴らが異種間交配を繰り返してきたという事実は否が応でも認識させられた。


 ……しかし、それはどうでも良い。


 一つ、俺にとっての重要な懸念がある。


 俺は飾る事もオブラートに包む事もせずに、ただただストレートにミニスターに問いかけた。







「ミニスター、もう一つ良いか。


 ――奴らはオスか? それともメスか?」


「両性具有だ、よーん」


「一番最悪な答えだな畜生ッ!!!!」






 姫騎士さらい、「くっ、殺せ!」とご褒美台詞を貰う怪物として有名なオーク。その大抵がオスであるのは周知であろう。


 だが最近は困った事に、メスオークという新ジャンルが開拓されている。形態は様々だが、大体はオスと同様に『異性を襲う』というこれまた非常に厄介な……これ以上論じる事は止めておこう。


 そして、両性具有とは……言ってしまえば息子と娘がどっちも居るという……ある意味、究極の両刀バイ使いである。


 それでは、この二つを合成してみましょう。


 すると、あらびっくり。


「史上最恐の性欲モンスターになるってか……ふざけてるぞこんなん!!」

「この森では、毎年、オークの被害者が、枯れ果てて、発見される、よーん」

「嘘だろ……」


 もはや返す言葉も無い。


 取り敢えず、この話をしていると生理的に限界が来そうだ。まずはオーク達をどう振り切るかに目を転じよう。


 実は結構『身体強化』を掛けまくっているのだが、奴らとの距離は伸びず、むしろ縮まっている様にも感じている。


 俺の『敏捷力』の値はとうに1500は超えているはずだ。1000越えの人間が相当珍しいのに、魔物がそこまでのステータスを持っているとも考えづらい。


 もう一度『鑑定』を使ってみようかとも考えたが、何故かとても危険な予感がしたので、俺は肩に乗せているぬいぐるみに疑問をぶつける。


「……なあミニスター、あいつらはどれだけ強いんだ? こっちも『身体強化』をかなり掛けてるのに、それでも付いて来れるなんて……。どういう事か教えてくれ」

「あのオーク達は、繁殖期に、入っている、よーん」

「繁殖期?」

「オークの、寿命は、5年と、短い、よーん。だから、繁殖期に、多くの、子孫を、残す、必要が、ある、よーん」

「襲われる側としては迷惑極まりないな……」

「その時期だけ、オーク達は、異常に、パワーアップする、よーん」

「繁殖期の野生動物の気性が荒くなる様なもんか……具体的には?」

「全ての、ステータスは、1万を 超える、よーん」

「…………えっ?」


 ……1万?


 確か生ける災害ディザスターのステータスが軒並み10万越えだったから……単純計算で10体居ればチーターと互角に渡り合える事に……。


 空耳か、いや空耳であって欲しい、と嫌な汗が噴き出してきた俺に対し、ミニスターはダメ押しの冷徹な一言を添える。





「伝説の、魔獣達を、除けば――奴らは、この時期だけ、地上最強種になる、よーん」


 


 …………あかん。


 それはあかん。


 それが事実なら……俺は奴らに遊ばれてるって事になるじゃないか。


 つまり。


 その気になればオーク達は俺を捕まえる事が出来て。


 俺はいつでも餌食にジョブチェンジ可能という――、


「――ああああああああぁぁぁああああぁあぁあぁああぁあ!!!!」


 その事を知った今、もはや存在価値が本格的に怪しくなってきた『身体強化』を泣きそうになりながら幾重にも掛け、俺は必死の形相で森の中を疾走する。


「Whaaaaaaat!? オイオイ、どうシテ逃ゲるんだイィィ!?」

「もッと楽シい遊ビヲしようzeeeeeeeeeee!!」

「HaHaHaHaHaHaHaHaHaHaHaHaHaHaHa!!」


 涎をこれでもかと垂れ流し、変態丸出しの台詞を吐きながら執拗に俺を付け狙うオーク達。そんな事にいちいち返答していられる余裕は無い。奴らは未だに舐めプを絶賛敢行中であるのだから。


 俺は付与で跳ね上げた身体能力を振るい、高木の枝を踏み台にしつつ、とにかく逃げる。戦うという選択肢は無い。真っ向から対峙すれば絶対に負ける。……そもそも俺の勝ち星濃厚な戦闘なんてほとんど無いのだが。


 今回もご多分に漏れず、一部のオーク共はその大型な体躯に似合わない軽快なフットワークで木に登ると、


「HyaaaaHaaaaaaaaaaa!!」


 そのまま幹を踏み台として破壊し、弾丸の如き推進力で追いかけてくる。幸いにも直線にしか進めないため、オーク達は俺に当たらずに付近の木々へ激突していくのだが……それすらも奴らにとっては『お遊び』に過ぎないのだろう。奴らは衝突した幹から頭を引っこ抜くと、皆一様に嘲笑しながら、再び魚雷の様に突貫してくるのだから。


 完全に――踊らされている。


「くそ……っ、半端に悪知恵を持ちやがって……!」

「仕方が、ない、よーん」

「お前、人の肩に乗っかってるだけで偉そうに――」

「特別に、力を、貸して、やる、よーん」

「な……?」


 そう言うと、ミニスターは俺から飛び降りて、地上を駆けるオークの群れの真上に落ちていく。


 すると、ほんの瞬きをした直後――、



 オークの群れの半分が、音も無く宙に舞った。



 刹那の出来事に俺が唖然としていると、ぼとぼとと次々と地面に打ち付けられていくオークを尻目に、ミニスターが固定された表情のままに俺の元へ帰ってきた。綿が詰められているその体は、盛大に血液を被っている。


 まさか、このぬいぐるみがオークの群れを蹂躙したのか――?


「半分は、減らして、やった、よーん」

「……強っ……」


 生ける災害ディザスターが実力は折り紙付きとは言っていたものの……ステータス1万越えの魔物を一瞬にして蹴散らすとは。チーターの使い魔は伊達じゃないらしい。


 これには流石にオークも怯む……かと思いきや。


「Oooooooooohhhhhhhhhhhhh!!」

「Yeeeeeeeeeeeeeeeeeessssssssssssssss!!」


 仲間の死そっちのけで、オーク達は一際大きな奇声を上げた。更に何やらのぼせた様に頬を上気させ、ハアハアとヤバそうな呼吸をしている。


「……なんか、発情してないか」

「…………」

「もしかして、オークって強い生物を求める習性でもあるんじゃないよなぁ……?」

「…………」

「おい無言で顔を背けるな。火に油を注いでくれやがって畜生」


 ギギギ、とバツが悪そうに明後日の方向に首を回すミニスターに、俺はぬいぐるみの頭を鷲掴む。つまり最初から俺が追いかけられている訳じゃなくて、こいつを連れてるから俺が追いかけられるハメになってるのか。俺、単に『ついで』で巻き添えにされただけじゃないか。


 ……やはりこいつはさっさと捨ててしまった方が良いな。取り敢えず手足をもいでからあの群れに投げ込もう。俺はその隙に逃げよう。


 そんな事を画策すると、俺はミニスターを後ろへ放ろうとして――、


「――だっ!?」


 どん、と何かに衝突した。


 つけ回してくるオーク達に気を取られて、前への意識が疎かになっていた様だ。俺はその障害物に軽く押し返されそうになったが、すんでの所で抱きすくめられる。


 あ、危なかった……もし下に落ちていたら、すぐにでもエサにされかねなかった。


「助かった助かった…………――ん?」


 ……


 ……どうも不自然さを覚えた俺は、自分を包み込んでいる何かを見やる。


 岩山の様な荒々しい筋肉が付いている、黄金に輝く太い腕がそこにはあった。


「…………」


 次いで真正面には、鉄板の様に分厚い金色の胸。


「…………」


 極め付きに、この世のどんなものでも貫きそうな、硬い何かが腹部に当たっていた。


「…………」


 おかしいな。


 俺以外に人間なんて居たかな。


 ふと、頭上を見上げると。


「Welcome」


 キンピカギラギラの怪物が、満面の笑みで俺を見下ろしていた。


「…………」


 たっぷりと思考停止に陥って、俺がやっと発せた言葉はこれだった。









「あの……当たってるんですが」

「当テてるのサ」









 俺、死んだな。

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