第27話 暴力のぬいぐるみ・ミニスター



 光の門の先へ、豪快にかっ飛ばされた俺は、てっきりどこかの宙にでも放り込まれると思っていたのだが――そんな生易しいものでは無かった。


 光を通り抜けた先に突如としてあったのは、背の高い植物がよく茂っている乾いた土壌。


 当然、何の対策も出来る訳も無く、結果的に俺は顔面から地面に叩き付けられた。


「――ぁぁぁぁぁぁああああああああぐしっ!?」


 一瞬にして顔だけに全ての体重と衝撃が集約される。


 真っ先に被害を受けたのは鼻っ柱。めぎ、と骨が圧迫される音に続き、首、背、腰へと余波が伝播していき――、


 仕上げにぐるりんっ、と地面に鼻を擦り付けながら一回転。どたっ、とまるで背負い投げでも受けたかの様に俺は四肢を投げ出す。


「痛っ、てて……うえ、不味っ」


 ぺっぺっと口内に侵入した土を吐き出すと、まず恐らくダメージが相当デカいであろう鼻をさすって状態を確かめる。


「っ……」


 刺す様な強い痛み、確認した掌を汚す赤々とした液体。……折ったな、これ。


 創作世界ではラッキースケベっ♡ 的な展開で良く男女が互いの顔に尻を突き出すシーンなんかがあるが……相当危険なんじゃないか。鼻も折れるんだから、下手したら歯とかも折りかねない。ラブコメ主人公達はどんなウルトラ頑丈な骨を持ってるんだ。


 取り敢えず、気休め程度に患部に『回復魔法』を掛け、痛みも和らいだ所で俺は辺りをざっと見回してみる。


「……一面、原っぱだけだな……」


 生ける災害ディザスターの家が建っていた付近は西部開拓時代にありそうな荒野だったが、そことここでは趣がかなり違う。


 テレビのドキュメンタリー番組で頻出する草原……まるでチーターやらキリンやらが居そうなサバンナの様に、乾燥した草木が生い茂る土地だ。


 ここまで景色が変わるって……一体、どれだけの距離を飛ばされたんだ。遠くを眺めても地平線しか無いから、10キロ単位で離れている事は間違いないだろうが……。


 途方に暮れていると、唐突にぽむ、と、あの次元の扉から何かが落ちてきた。


 何を送り付けて来やがったんだ……と辟易しながら、俺は足元のそれを拾い上げ――目を丸くした。


「……どういう事だ、これ」


 落ちてきたのは……どうしてか『ぬいぐるみ』だった。


 しかも、その容貌が……。


「クオリティ高っ……」


 ――生ける災害ディザスター、そっくりだったのだ。


 黒目はボタン、髪は毛糸でデフォルメされているものの、全体的なビジュアルが本人そのもので、ご丁寧にフード付きの外套まで再現されている。このまま商品の陳列棚に置いても売れそうだ。


 すると、気になるのが制作者だが……生ける災害ディザスターしか居ないな。自分で自分を作るのって変な気分にならないんだろうか。いや、漫画家が週刊誌のコメント欄に自画像を描くのと同じ様なものか……。


 そんな事を考えながら、もふもふとそのぬいぐるみを適当に弄んでいると、


「――おい、いい加減に、しろ、よーん」

「うお!? 喋っ……」

「黙りやがれ、よーん」

「ごぶふうっ!?」


 間の抜けた口調で拒否する声が響いたかと思えば、生ける災害ディザスターぬいぐるみがもふもふとする手を払いのけ、俺にボディブローを食らわしてきた。


 正確無比なパンチが綺麗に鳩尾に入って腹を抱えてのたうち回る俺を、ぬいぐるみが無慈悲にも見下す。


「ぐ、っ……ごぉ……」

「今後、ミニスターを、もふったら、テメェに鉄拳、食らわす、よーん」

「ぬ、ぬいぐるみのクセに……鉄拳とか、おかしいだろ……っ」

「ミニスターの拳は、毛糸よりもふもふ、鋼よりカチカチ、なのだ、よーん。テメェなんて、ミニスターが本気を出せば、赤子の手を、捻る様な、ものなのだ、よーん」


 さらっとおぞましい事を告げてくる、ミニスターと名乗るぬいぐるみ。おまけに表情がやんわりとした微笑から微塵も変わらないから、余計に恐怖心が煽られる。


 戦意剥き出しでガスガスと両の拳を打ち付けるぬいぐるみと、そこから想定される未来に戦慄する俺。力の上下関係が明確に分かれた所で、ピピッ、とミニスターの体から音が漏れる。


あるじから、通信が、入った、よーん。繋ぐ、よーん」


 主? と問う暇も無く、ミニスターのボタンの目から青い光の帯が放射される。それは空中で長方形を成してディスプレイの様になり、そこに主という人物を映し出した。


『やあ、無事に着いたみたいだね』

「……やっぱりか」


 案の定、画面越しに呑気な様子でこちらに手を振ってきたのは生ける災害ディザスターであった。


「これのどこが無事に見えますか」

『ああ、早速ミニスターに殴られたかい?』

「分かってたなら通達くらいして下さいよ! それとど○でもドアの先ももっとどうにかならなかったんですか、踏んだり蹴ったりも甚だしい!」

『あっはっは、わざとだよ」

「いっぺん死んで下さい」

『残念、転生者のオレは既に死んだ身なんだよねぇ』


 飄々ひょうひょうと俺の言葉を避けていく生ける災害ディザスターに、クソが、と内心で舌打ちする。こんなのを事あるごとにやられれば俺だって心も体も壊すぞ。


 目をこれでもかと吊り上げ、俺の全感情を載せた渾身の睨みを生ける災害ディザスターに利かせるも、奴はこれといって反応もせず、優雅にティーカップを傾けて一息ついていた。


『ふ……今日の紅茶は美味いね』

「満身創痍の人間を眺めながら吐く台詞セリフじゃない」

『さて、そろそろ君がやるべき事について説明をしようか』


 生ける災害ディザスターは俺の弁を普通にスルーすると、パチンと指を鳴らした。


 直後、画面が切り替わり、生ける災害ディザスターの顔に代わって、山の高低差などがはっきりと示されている立体的な地図が投影され、その右下隅にぽつりと赤い点が、左上隅に緑色の点が明滅している。


『赤いポインターが君の現在地、緑のポインターが目的地であるオレの家だ。君に与える課題は「二か月以内にここまで辿り着く事」。方法は問わない、過程がどうあれ到着すれば構わないよ』

「二か月……そこまでの期間を設けるって事は、ここはかなりそちらから離れているんですか?」

『2000キロは軽くあるかな』


 ……え? 2000?


 あっけらかんととんでもない数字を提示してきた生ける災害ディザスターに、俺は恐る恐る聞き返す。


「……えっと、桁、間違えてるんじゃ……」

『大丈夫、大丈夫。たった北海道から九州までだから、やってやれない事は無い』

「移動手段が徒歩だけなのに、2000キロとかどこぞの死の行軍デスマーチですか」

『付与も使いながら行けば楽勝だよ。ナビゲーターも居るしね』

「ナビゲーターって……このぬいぐるみですか?」

「黙りやがれ、よーん」

「ごぶすっ!?」


 俺がぬいぐるみを指さすと、即座に脳天に鈍器の様な踵落としが入った。


 ぐおおおと呻きながら頭を抱えて身悶える俺にお構いなく、生ける災害ディザスターは続ける。


『……言い忘れてたけど、ミニスターはオレの使い魔だ。今はそのぬいぐるみに身をやつしているが、かなり上位の精霊でプライドが高い。おまけに短気だ。怒らせると暴力を振るってくるから注意してくれ』

「先に言って下さいよ……! こんなふざけた口調のぬいぐるみに尻に敷かれるとか……がふうっ!?」

『……その分、実力は折り紙付きだから。安心して』

「どこをどう安心しろと……」


 傍らにターミネーターを置いていると言えば響きは良いが、実際はオート死刑執行マシンとずっと二人三脚状態であるのと変わらない。このままじゃ、げしげしげしげしげしげしと順調にリンチされミンチになりかねない。扱いづらい殺人兵器を寄越してくれたものだ。


 ……始める前から幸先に不安要素しかないとは、どうすれば良いのやら。


『じゃあ頑張ってね。ミニスターも頼んだよ』

「了解だ、よーん。必ず、コイツを、この生き地獄から、脱出させる、よーん」


 画面越しの主に、ミニスターはしゅたっと敬礼のポーズをとる。被害者としては、その地獄の中心がお前なのを分かってるのか、とツッコミたい所ではあったが、報復が怖いので止めておいた。


 そして、映像が切られると、ミニスターは光線を放っていたボタンを疲れ目の様に擦ってから、俺の肩に悠々と飛び乗った。


「さあ、行く、よーん」

「はいはい……」


 ……こんな危険物質、今すぐにでも捨ててしまいたい。


 内心でねちねちと愚痴りながら、俺は広大な草原を歩き始めた――。

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