第26話 強くなるために


 地下室での話し合いというの名の童貞串刺し処刑を終えた俺達は、また現代技術の結晶であるエレベーターで地上へと向かっている最中だった。


「……はぁ」

「そんなに落ち込むな……って言っても無理か」

「テメェはどんなに頑張っても二流アマチュア止まりだよって宣告された気分です……」

「ああ……なんか悪い事したね……」


 へなっへなになってネガティブオーラ全開の俺に、生ける災害ディザスターも気を遣わざるを得ないらしく、引きつった薄ら笑いを浮かべる。いや、本当に申し訳ない……。


 常々、再三、口を酸っぱく、耳にタコが出来るくらい言っていると思うが、もう仕方が無いのだ。それは割り切っているつもりだが……引きずるのは昔からの悪癖で、直そうにも直せない。


 例えるなら、かなり前に離婚したのに未だ話の引き合いに出す芸能人。それで同情を得ようとするのだから救いようがない……実際にそういう人物は極々少数だろうが。


 嘆け境遇、受け止めろ現実。逆境であればやれる事をやれ。出来ないのであればそれまでだ。


「……でも、そうですね。本腰入れる前に諦めるのもおかしな話ですし、とにかくやれる所までは頑張ってみます……」

「うん、それが一番だ。人間、諦めも肝心だけど……始める以前に諦めるのは論外だからね。……って、オレじゃ説得力に欠けるか」

「……確かにチーターに言われても、ね。けれど、それは間違っている訳じゃないですから」


 そんな事を話し合っていると、帰路を順調に辿っていたエレベーターが停止した。


 その扉の上に表示されているのは――『武器関連書籍』の文字。どうやら小鳥遊を置き去りにしてきた階に着いた様だ。


「さて、あの子を呼んでこようか」


 エレベーターを降りて、俺と生ける災害ディザスターは小鳥遊を探すべく本と本棚で埋め尽くされた部屋の奥に進んでいく。


 道中できょろきょろと本を見ていきながら、俺はふとした疑問を口にしてみる。


「あの……ここの本ってどこから掻き集められたんですか? 本を見ていると、タイトルが『ガンナーズ・ハイ』とか『現代アートと兵器』、『本朝ほんちょう武芸ぶげい小伝しょうでん』……これとか西暦1716年版行じゃないですか……明らかに時代背景がおかしい様な……」

「まあね。ここの本も『世は全て事も無しワールド・ライブラリー』の蔵書だったはずだ、確か」

「知識チートの守備範囲広すぎますよ。無駄にラノベまであるし……『転生して槍になった俺は取り敢えず投擲とうてきで天下取ります』……得も言われぬ駄作臭が……」

「あの本棚だけじゃ収納スペースが足りなくなったから棚を新しく作ったんだったっけか。……大分だいぶ昔の事だからオレも忘れかけてるけど」


 ここも『世は全て事も無しワールド・ライブラリー』の恩恵に預かっているのか。チート道具、反則過ぎるぞ……。

 

 そうやってしばらく歩いていくと、不意に開けた場所に出た。そこだけは棚にも本にも独占されておらず、ただテーブルと椅子が置かれているこじんまりとした所で、小鳥遊は読書に没頭していた。


 今、読んでいるのは……『銃器 ~その無骨な機構の世界~』? 凄いコア層に向けた本だな……。


 と、そこで俺達の足音に気付いたのか、小鳥遊は顔を上げて酷使したらしい目を擦る。


「あ、先輩。お話は済んだんですか?」

「……まあ」

「……何で露骨に暗いんですか。普通、呼び出された時の話と言えば朗報では……でもそれなら私に隠す必要は無いか……」

「……事情があったんだ」

「そうそう。男同士でしか舐め合えない事もあるんだよ、世の中には」

「………………………………えっ」

「待て待て待て待て! 誤解だ、誤解。少なくともお前が想像したものとは断じて違うぞ」

「いや、オレとしてもね、経験した者としての対応があるから。そういう敏感な所に触っても何も感じはしないし、逆に触られても特に……」

「……………………………………………………30手前と若作り老人との絡みは、ちょっと」

「だから違う!! あんたもちょっと黙っててくれませんか、間違ってはいないが言い方が誤解を招く!!」

「事実なんだから別に……」

「駄目に決まってんだろ!!」


 生ける災害ディザスターの紛らわしい言い方に、小鳥遊にイケない思考がぎったのを察して、俺はそれ以上の被害を食い止める。


 ……どうにかこうにか怪しげな視線を投げる小鳥遊の誤解を解くと、俺は生ける災害ディザスターから聞いた情報を彼女に伝えた。もちろん、『童貞アルテミス』のスキルについては触れずに。


 しかし俺の弱体化の根幹は例のスキルにある訳で、そんな重要な事が抜けているのに納得させるのは流石に無理がある。仕方なく「良く分からない力が召喚時に働いたらしい」とだけ言っておいた。別に間違ってはいないぞ。俺のスキルはいわゆるバグみたいなものだと……思いたいと願っているからな。


 不確かな理由付けに小鳥遊は眉間にしわを寄せたが、最終的には渋々と言った様子で納得してくれた。


「明確な理由が無いのも不自然ですが……一応はそういう事なんですね」

「ああ。で、そっちは? 何か収穫あった?」

「はい、バッチリです。銃火器についての構造は一通り把握しました。特にさっき読んでた本はですね、特殊弾についても書かれていて応用すれば魔物にも効くんじゃないかと具体的には付与を――――――――」


 ……本とは人を僅かな時間でオタク化させるのか。なお、小鳥遊の説明は尋常じゃなく長かったため割愛させて頂く。


「――って訳です」

「……さいですか」


 ……延々と銃についてのうんぬんかんぬんを聞かされ、さして興味も無い俺は途中から情報の半分以上を右から左へ受け流していた。当の本人は覚えたての知識を存分にひけらかせて満足そうだから、別に良いか……。


 一方で、本棚の書籍をぱらぱらとめくっては戻し、めくっては戻しを繰り返していた生ける災害ディザスターはオタクトークが終わったのを見計らうと、エレベーターまでの通路を辿る。


「さあ、もう行こうか。こんな暗い所に引き籠もっているのも何だ、外に出て軽く体を動かそう」


 パチン、と生ける災害ディザスターが小気味よく指を鳴らずと、小鳥遊が読み漁っていた本達はひとりでに宙を舞い、各々の持ち場へと戻っていく。


 本が飛行する、という頭上の奇妙な光景を眺めながら、俺達はエレベーターに乗り込む道筋を歩いて行った。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 地下から帰ってくるや否や、生ける災害ディザスターは俺達をえらく殺風景な外に連れ出した。


 彼は風に煽られる外套がいとうひるがえし、改まった口調で言う。


「さてと……こうして地上に戻ってきたわけだが」

「……何でわざわざ家の外に出てきたんですか?」

じきに分かる。……ところでだ、コウキ」

「? はい」

「君は――強くなりたいかい?」


 突拍子も無い生ける災害ディザスターの発言に俺は若干面食らう。


 強くなる方法……そんなのがあったらとっくにすがっている。というか、これまでの話は俺に『先が無い』という前提で進めていたはずだ。それを今更になって、何を唐突な。


「いや、可能ならそうしたいですけど……例のスキルがあるから……」

「全くもってその通りだ。どう足掻こうが、君には呪いとも取れるスキルが掛かっている。固有スキルは各人の才能の様なものだから、それの拘束を緩める事も打ち消す事も第三者には出来ない。もちろん本人にもね」

「じゃあ……」

「しかし、対応策が無い訳じゃない。要はその逆境を逆手に取れば良いんだ」

「……バフ・デバフ全振り野郎になりますか」

「半分正解。更にそこへもう一つエッセンスを加える」


 付与魔法しか基本使えない奴に……エッセンス?


 ……何だろうな、ロクでもない答えが出てきそうで怖い。


 生ける災害ディザスターは自信ありげに悠々と指を振る。


「バフ・デバフ特化は既にこの世界の魔導士達もやっているスタイルだ。でも、それは味方に依存しているがため――そういう意味では彼らは戦いを放棄している。だから、君にはその選択肢を

「……まさか」

「カナタ、彼のケツを蹴り上げてやってくれ」

「――はい、っ!!」

「へぶずっ!?」


 生ける災害ディザスターからの指示を受けた小鳥遊は何の躊躇いも無く、即行で俺の尻にスパァアアンッ!! と威勢の良いミドルキックを放った。元々の『攻撃力』がかなり高い小鳥遊に対して貧相な俺の『防御力』は耐え切れなかったのか、ゴキリと腰が嫌な音を立てながら、俺は数メートル程ふわっと浮く。


「【繋げ、架けろ、超えろ、失せろ。オレの前に次元は無し】」


 その間に――数時間前にも唱えられた言霊が響く。


 すると、生ける災害ディザスターの背後に――あの次元の狭間が現れる。


 突如として空中に出現したそれは扉ではなく、もはや門と言った方が近しい。まるでくじらが大口を開けて、エサを飲み込まんとしている様で不気味だった。


 混沌とした光に満ちたその先は、果たして何があるのだろうか――そんな恐怖じみた不気味さを覚えていたんだろう。


 生ける災害ディザスターは右腕を前に突き出し、やや熱を込めて告げる。


「獅子は我が子を千尋せんじんの谷に落とす、なんて言葉があるらしいね。オレもそれにならって君に試練を課そう。


 ――谷くらいじゃあ生温い。君がやるのは奈落の底まで命綱なしのバンジージャンプだ! 泥臭く、血生臭く、生きてもがいて這い上がったその先でまた会おう! 『壁盾・反射シールド&リフレクト』――!!」

「んなっ、ちょっ冗談じゃなうおぉおおおぉおぉおおおおああぁあああぁあああ!!!!」


 その魔法名が叫ばれると、身体が重力に従って地に触れる寸前で――パチンコ弾みたく強烈に撃ち出された。


 それはどうしようも無く物理法則に反していて、抗う事も許されない。


「あああああああああああああああああああああ――――!!!!」


 俺はなす術無く吹っ飛んでいき――、





 ただ一人、次元の光へと飲み込まれた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る