第25話 チートという呪い



「――終わった」

「……大丈夫かい?」

「ああ、昔の自分を殴ってやりたい……半端な中二病発症しやがってからに、ぼっち街道ひたむきに走る俺最高だわみたいな事思ってた自分を殺したい……そんな紙と妄想の上でしか成立しないプライドなんざ捨てて彼女作っとけよアホ……!!」

「君が良いなら別に構わないんだけど、黒歴史吐き過ぎてない?」

「でも事実です。なじろうが責めようが嘆こうが傷付こうがが俺の過去なんだから勝手にさせてくれませんか」

「お、おう……」


 そう、大人になってからあの日あの時あの場所の自分は中二病というのに気付いてしまうのだ。その時期の記憶を呼び起こせば顔から火が出そうな程にヤバいものばかりであり、元患者達にとっては墓場まで持っていくレベルの痛々しいストーリーが築かれている。何故、当時気付けなかったのかという疑問は尽きない。


 そんなのを自分から思い出そうものなら堪ったもんではない。そのタブーを破られた元中二病患者は怖いんだぞ。読者の皆さんも覚えておいて損は無い。


「……ふふ、自殺でもすれば前世をやり直せるのかなあ……」

「待て待て、早まるんじゃない。そもそもこのスキルもそういう『死に戻○』の類に入るものでは無いし、命を粗末にするだけだ」

「……何か救済は無いんですか?」


 というか、無いとやっていられない。チートってプラスに働くもんじゃないのか、転移特典ってプラスに働くもんじゃないのか。こんな難易度最高なクソRPGなんて誰がプレイしたいんだ。


 自分への嘲りと境遇の悲惨さを嘆き、俺はもはや泣きと笑いでごっちゃになった酷い顔で生ける災害ディザスターに答えを求める。


 生ける災害ディザスターはその必死さに若干引いていたが、そんな事は今どうでも良い。彼は渋い顔をしながら、歯切れの悪い口調で呟いた。


「あるにはあるけど……」

「……本当に?」

「……まあ、順を追って説明しよう」


 そう言って、生ける災害ディザスターは俺のステータスカードをテーブルに置く。


「まず確認だ。現状、君のステータスはこんな感じ」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

オオカミ・コウキ

年齢:29 種族:人間 職業クラス:魔導士

レベル:20

体力:1000/1000

攻撃:0

防御:200

魔攻:500

魔防:300

敏捷:200

魔力:2370/2370

生命:1200


『スキル』

身体強化:Lv.9

魔法強化:Lv.1

体力回復:Lv.3

状態異常回復:Lv.1

火属性付与:Lv.3

水属性付与:Lv.3

雷属性付与:Lv.3

光属性付与:Lv.3

闇属性付与:Lv.3

異常付与・睡眠:Lv.3

異常付与・毒:Lv.3

異常付与・麻痺:Lv.1


『固有スキル』

言語理解

童貞:Lv.2

鑑定:Lv.2

創成魔法:Lv.3

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「これ、意外と冒険者の平均の2倍は越してるんだよ? 『攻撃力』以外は」

「とは言われましても……他が」

「……まあ確かに、比べたくなる気持ちも分からんではない。けど一応、ここの住人達よりかは強いんだから、そこまで悲観しなくても」

「……後輩があれですから、悲観するなっていうのは難しいですね。否が応でも劣等感は付きまといます」

「……悪い、これをオレが言うのは無責任だったね」


 申し訳なさそうに目線を逸らす生ける災害ディザスターに、俺はいえいえと手を振る。


 実際、チート成功例としての人間が傍らに居るのだ。運動神経が悪い奴の隣にめっちゃ運動できる奴が居るのと同じで、自分が劣っているという事実は感じざるを得ない。そんな奴と常に比較する他人からの評価はもっと悲惨な事になるだろう。


 ぶっちゃけ、それはもうしょうがない。厳しい評価を受け止める事は避けて通れない道でもある。ならば、劣等感を覚えつつも前を向け。選択肢はそれだけなのだから。


 過去は引きずっても良い。だが、現実いまとは割り切れ。――それが俺のポリシーだ。


「……これについて言ってもしょうがないです。生ける災害ディザスター……さん、それで救済というのは?」

「救済措置……ああ、あったにはあったよ。なけなしの、だけど」

「な、なけなし……」

「……そのくらいしか言葉が無いんだ」


 ……一体、どれだけ酷いんだ。


 しかし、聞いてみない事には何とも言えないので、俺は生ける災害ディザスターに続きを促す。


「……さっきも言われてましたけど、どうせアルテミスとか何やらの事なんでしょう? ダイレクトに来た方が逆にすっきりしますし、遠慮なしでお願いします」

「そうかい? じゃあ、そうだね……オレの『神眼』で解析した結果、君の固有スキルが全部の原因を作ってる事が分かった」

「でしょうね。『童貞』がそうなんでしょう?」

「そう。けど、真のスキル名は『童貞』じゃない。『童貞アルテミス』――それが本来の名さ」


 急に中二度が爆上がりしたな……。


 アルテミス――その名前は俺も聞きかじった記憶がある。


 ギリシャ神話だったかオリンポス十二神だったか……というかそこら辺の境界線って何だったっけ……あれ、そもそも十二神はギリシャ神話の中の神様だったか? もう遥か忘却の彼方へと行ってしまっているが、何かしらの偉い神様だったのは確かだ。


 ふむ、と生ける災害ディザスターは小さく唸ると、おもむろに立ち上がって指を鳴らす。


 パチンッ、と音が部屋全体に響き渡れば、あたかも最初から存在していたかの様に、コンクリートだけの空虚な空間に大きな本棚が出現した。


「本じゃなくて棚ごと……!?」

「……どう使うんだったかな、これ」


 驚く俺を他所に生ける災害ディザスターはその棚の本達の背表紙をなぞっていく。


「……あの、それは?」

「同じ転生仲間のチート道具。えっと、『世は全て事も無しワールド・ライブラリー』だっけ? その名の通り、知りたい事は何でも本にして提示してくれるらしい。そいつが死んだ時にこれを遺産として引き取ったんだ。放っておけば悪用される恐れもあったしね。普段はここに魔法で隠してる」

「……チート道具って譲渡可能なんですか?」

「物によるね。こういう物質チートは大丈夫らしいけど、スキルチートだと一子相伝みたいな仕様になってるみたいだ」

「何でもありなのか……」

「さて、肝心の使い方がどうだったか……あ、そういえば取扱説明書がこの辺にあったはず」

「取説完備!?」


 そうそうこれこれ、と生ける災害ディザスターは一冊を棚から取り出し、ぺらぺらとページをめくっていく。


 ……いよいよチートというのをどんな心境で眺めていれば良いのか分からなくなってきた。


 魔道具というよりも現代家具だろ、この本棚。チート道具なのに陳腐さが一気に増したんだが……。


 しかしそんな事はお構いなしな、誰もが夢見る理想を無意識に踏み潰していく生ける災害ディザスターは、使用方法がようやく理解できたのか、本棚から取説とは別の分厚い本を取り出してきた。


「あったあった、『アルテミス大全』」

「まんまですね……」

「『アルテミス 何の神』で調べて出てきたのがこれだったんだから、文句は『世は全て事も無しワールド・ライブラリー』に垂れてくれるかい?」


 ……ごもっともな正論だが、正直、今時の知識チートは検索エンジン採用の方が衝撃だった。そのくらい優秀ならタイトルも工夫してくれ、チートさん。


 常人の読む気を根こそぎ刈っていくであろう凶悪な分厚さを持ったその本を、生ける災害ディザスターはスババババと凄まじい速さで目を走らせていく。


 ……本当に読んでんのかな。速読どころかパラパラ漫画のレベルなんだが。


 やがて末尾まで辿り着き、彼は同時に本をバタンと閉じる。


「……終わりましたか?」

「ああ。オリンポス十二神が一柱ひとはしら、アルテミス。主神ゼウスと女神レトとの間に生まれた女神だとされ、アポロンと双生児……加えてアテナ、ヘスティアと同じく処女神らしい」

「……?? あの、知らない単語が増えて何が何だか……?」

「まあ、ここは別に関係ないか。読み飛ばして貰って良いよ。だから要点だけかいつまむと――貞潔ていけつと狩猟の女神、だね」


 貞潔……言い換えると、純潔、貞操。


 すなわち――、


「童貞の神って事ですか……」

「……あの子が居なくて良かったでしょ? 男の沽券こけんに関わる事だからね、一応……」

「ありがとうございます……」


 俺は生ける災害ディザスターに深々と頭を下げる。


 小鳥遊にはステータスカードを見せた事も無いし、このスキルの存在も伝えていない。彼女が知っているのは俺が使い物にならないという事だけなので……うん、これを知れば十中八九、小鳥遊は慰めるだろう。そしてその優しさは消毒液の様に傷口に染みる事請け合いだ。


 童貞を責められると何よりも辛い……。ましてや真面目な異性の後輩からなぞ隕石の如し。俺の心にデカいクレーターを作るに違いない。


「……良かったです、本当」

「爪痕が残らなかった様で何よりだけど……まだ本命がある」

「本命……ああ、そうだった」


 生ける災害ディザスターが言う本命とは、このスキルの効果についてだろう。すっかり忘れていたが、生ける災害ディザスターはこれを貧乏くじと評したのだった。


 つまりそれは……生ける災害ディザスターでさえも取り返しが付かない事態だという事。


 知ってもどうにもならない。だが、知らなければ次へ進めない。


 俺が意を決した様に嘆息したのを確認すると、生ける災害ディザスターはあくまで淡々に欠点を語り始めた。



「じゃあ、行くよ。……まず、こいつが君の『攻撃力』を0にしてる」


 ぐさっ。


「ステータスが他の召喚者よりも低いのもそうだ」


 ぐさぐさっ。


「攻撃魔法が覚えられないのも、これが原因。未来永劫えいごう、君は攻撃魔法を一切使えないし、覚えられない」


 ぐさぐさぐさっ。


「そして、付与魔法しか使えなくなってる」


 ぐっさぐっさぐっさぐっさ。


「……続けても大丈夫かな」

「へいき」

「平気じゃないし正気じゃないね。やっぱり……」

「へいき」

「いや、その虚ろな」

「へいき」

「片こ」

「へいき」

「…………『生命力』と『魔力』だけは異常に高いのにも起因している。……多分、○○○○○○○○○○○○からとかそういう理由だと……儀式とかには良く貞操関連の道具は見るしね」


 ぐさぐさぐさぐさぐさぐさぐさぐさぐさぐさぐさぐさぐさぐさぐさぐさぐさぐさぐさぐさぐさっ。


 ……スキルの効果を次々に述べられ、精神的血祭りに上げられた俺は死んだ表情で俯いた。


「……最後のは、効いた――」

「だから言っただろう……ここまで来たら真っ白な灰にエンドは許されないよ」

「何がいけなかったんだ……俺は神様に嫌われる事をしたのか……?」

「……今、君のステータスカードを見てぴったりの理由を思い付いた。……神は関係ない。日本で多くの人間が知っている都市伝説だ」

「……日本での魔導士に関する都市伝説?」


 ……更に畳み掛けるのか、ここから。もう充分だろう、俺の自称鉄製メンタルは削れ過ぎてパチンコ玉みたいになったのに……。


 ……ああ、けど今なら怖くない。先の四つに比べたら、たかだか一つだけ。その一発が他に勝るはずが無い。


 さあ、来いよ。どんなものであろうと、受け止めてやる――。








 





「――30過ぎれば魔法使いになれるからじゃないかな」





 






 

 


 今年三十路みそじ突入の男、撃沈しました。 



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