羚庵堂の手紙

拝啓、我が夫へ


元気にしてますか?……といっても、悩みは多そうだね

塾畳むんだね

私は別に構わないよ

たとえそのものが無くなっても、羚庵堂は残るよ

関わった人全ての心に

そういう場所になるように二人で頑張ったじゃない


死期の事は上手く隠してたつもりだったんだけどなぁ……ばれてたか


私とあなたの志は違った

私とあなたの教育の方針も違った

だからこそ、お互いが主張しあったらいい具合に教えれる


私はそう思ってたんだけど……


あなたのやり方は私と違う

そしてあなたは私と示す道が違うことを不安に思っていた……


違うかしら?


多分合ってるよね

約20年の付き合いよ


それぐらいわかるわ


あなたに一度教育をする意味について聞いたよね

あなたは教育を社会に出た時の『防御』の術として教えているつもりだといっていたね


何一つ、間違いじゃない


理不尽が常に自らに纏ってくるこんな社会じゃ、信じれるには自分の力だけになるかもしれない……


ならば最優先の教師の課題は防御術として教育を植え付けること


でも教師ってそれだけでいいのかな?


防御の術として学力を叩き込むだけなら機械にもできちゃう


私たちにしかできないこともあると思うんだ

私の場合、それは人生の全てを教えること


見てきたもの、聞いてきたもの、教えてもらったこと……


……そして何より、感じてきたもの


感情はロボットにはないよね

そのうちできちゃうかもしれないけど

今はまだヒトの強み


私はそれを伝えたい

勉強を教えている時間だけが私たちが教師でいる時間じゃないと思うんだ


休み時間や少し早くきた生徒と話す時間……


私が最も好きだったわずかな時間……


私はそこで多くの事を学んだ

子供達の感性って凄いわよ


意味のわからない社会や圧倒的に強い法律に縛られている私たちとは違う自由で素敵な世界………


私の知らないことも教えてくれたわ

凄いよね

何一つ叶わないことだってあるのに


それでも彼らは社会に夢と希望を抱く


憧れちゃったよ、私

手紙はそのちょっとした礼のつもり


そのぐらいしか出来ないもの

そのちょっとしたことが巡り巡って今あなたのためになっててよかった


ふふ

本当に今の私偉そうだね


前はあなたに頼りっぱなしだったのにね


あなたと私の羚庵堂……


今どんな状態なんだろう


会いたい

あなたに会いたいよ

あの空間にいたいよ

あの子達の顔が見たいよ


でもどんなに願っても戻れない

私にできることは祈ることと願うことだけ


だからって、1人で抱えて悩まないで

あなたは1人ではないのだから


…もう、思い残すことは無いわ

残せるものは此処に残したもの


今、あの子達を導けるのはあなただけよ


あなたならきっと大丈夫

あなたは私が今まで見てきた中で一番責任感ある教師よ


生徒を想う気持ちは私よりも絶対強い

だから、きっちりと示して


羚庵堂最後の教師としての矜持をね


私はいつまでも見守ってる

そして伝え続ける


もう手紙にすることはできないかもしれないけど

ずっと


全部伝わるまであなたに伝えるわ。





私の全てを
























p.s.

愛してる

気長に待ってるよ


永見 文香













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