キセキ
「今までの手紙の差出人………貴方ですよね?トヨさん。」
私が単刀直入に切り出してもトヨさんの表情は一切変わらなかった。
「手紙……?なんのことか、私にはわからぬ。だいいち……」
私はその続きを言わせないように手で制し、自分の考えを先に言わせてもらうこととした。
「私が妻を亡くしたのは昨年の今日。そして、私が無気力状態のまま塾を再開して数日後にミサキに何か異変が起きたんです。当然私には何が起きてるかわからなかった。なんなら気づいただけで放置していたかもしれない……。そんな時、また一通の手紙が届いたんです。」
トヨさんの表情に変化はなかった。
「その前にも手紙は一通送られていました。でも最初は私も何か悪い冗談だろうと思っていたのです。しかし異変後に送られて来た手紙にはミサキの悩みに向き合うよう妻の字に酷似した字で書かれていました。
ただし、差出人の名前はありませんでした。しかしその怪しい手紙に背中を押されたのです。私は手紙の差出人が誰か非常に気になりました。シンの時も同じく手紙が送られて来たのですが、事が起こるのがわかっているように送られてくるのです。まるで予言のような手紙に私の疑問は一向に深くなるばかりでした。」
一息ついてまたお茶をいただいた。
何故かお茶は先ほどよりも冷たく感じた。
「その後も手紙は何回か送られて来ました。どの手紙も私が必要としているタイミングで送られて来たものですから、私は一時本気で死者であるはずの文香からの手紙だと思いましたよ。……しかし、それは違った。一通だけ、わたしから見えない差出人に送ったんですよ。手紙。文香であると想定して、素直に自分の思いを綴った。そしたら手紙は翌朝帰って来たんですよ。」
この言葉でほんの僅かだが
トヨさんの表情に変化があった気がした。
わたしは気づいていたが特に言及する事なく続けた。
「それを見て思ったんです。今までのとは違うって。明らかに妻の字だと確信しました。きっと今までのは誰かが似せて作ったもので、これは妻自らが書いたものだと。笑える話ですが、本気でそう思いました。そこで誰が書くか改めて考えました。トヨさん。あなたならこれが書ける。ここに住み、私と文香のことをよく知っていて子供達の事も気兼ねしている人物で女性……あなたしか候補がいないのです。……………私の見立て、いかがですか?」
トヨさんは瞑目したまま冷めた茶をすすり、そのあと静かにこう言った。
「50点じゃな……。」
「えっ?」
「お主の《答え》じゃ。私が採点者であれば、与える点数は50点じゃな。私は本当に何も書いておらぬよ。まぁ、満点など出せるはずもないがね。」
そういうとトヨさんはよっこらせと立ち上がりこれまた木製の戸棚を開けると沢山の茶封筒を取り出した。
ん…?
どの封筒もパンパンに膨らんでないか………?
トヨさんはそれらを抱えて私のところまで戻ってきた。
「開けてみぃ」
「……?…拝見します。」
疑問は残ったままだが、私は先に謎の封筒の中身を見た。
「…………!!…これは!!」
次の封筒を開ける。
その次
その次…
その次………
「馬鹿な……!!」
こんな…
こんな馬鹿な話があるかっ!
数十枚ある手紙の全てに
その全てに
私宛へのメッセージが書かれているなんて…………!!!
『シンがもし、随筆文の問題で悩んでいたら………』
『ミサキが第二次志望の中学を迷っていたら………』
まだまだある。限りなく。無限に文字は続く。
「……ッ!」
手紙一つ一つを読んでいる私に、トヨさんが寄ってきた。
「あの子はどこまでもお主を案じ、また生徒を想っていた……。自分の持つ全てっをお主に捧げた。…しかしお主の持って来た手紙。あれは私は本当に知らぬ。しかしそれもまた、彼女が書いたものであろう。間違いなく、あの世からのメッセージ……彼女からの言伝じゃな…。これは一つの《キセキ》じゃな。死してなおそなたらを想う……良い妻を持ったなお主。」
私の脳裏に文香の顔が浮かぶ。
過ごした日々の、愛した日々の全てが浮かぶ。
「文香……ふみかぁぁっ………!!!」
本当に……本当にありがとう。ありがとう……——————
しばらく時間がたち、落ち着いた私にトヨさんが話しかけてきた。
「塾は畳めど、この村を出るつもりはないのじゃろう?
そんなお主に1つ提案がある。」
内容を聞いた私は二つ返事で了承した。
数年後————
この村の人口は増えに増え賑やかで笑顔の絶えない村として人気になった。
今塾を開いたら、確実にあの頃の5倍は人が集まるだろうな。
賑やかに家の前で元気に鬼ごっこをしている子供達を見守りながらそう思う。
この家に移ってから何年目だろうか。すっかりこの森に囲まれた木製の家と、
<村長>と書かれた表札にも慣れてしまった。
冬ももう終わり。もうすぐ、春がやってくる。
新たな種が芽吹き、花が咲く季節がやってくる。
後どれくらいこの景色を見られる見られるだろうか。
振り返り、家の裏手へと歩を進める。
そこには自分の手で作った何も書いてない歪な白い石がある。
「ケイジおじさん、それなあに?」
ついてきたまだ幼い子が言った。
「ん?……ああ、お墓だよ。ここに先生の一番大事な人が眠ってるんだ。」
「そっかぁー。じゃあ、起きたらお話するから呼んでね!」
屈託のない笑顔で言われ、私の顔も綻ぶ。
「そうだなー。起きたらみんなでお話しようか。」
そう…何が起こるかなんて誰にもわからない。
だってキセキは、たしかにあったのだから。
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