第14話 彼の物語
村の中心部にある公園にレンはいた。
桜を見ているのだろうか。
彼のいる場所の横には大きな桜の木が植えてあり、枝にはこれでもかというほど桜の蕾がたくさんついていた。
「先を行くものに、祝福がありますようにって祈ってるようだね。」
文香がそう言っていたのを思い出す。
彼女は桜が好きだったな
私はどちらかといえば花より団子だったが。
そして今、レンもまた桜の蕾を愛でている。
「……やぁ、レン。」
「こんにちは、先生。すみませんでした。先日は取り乱してしまって。」
言い方がぎこちなく堅苦しい。
やはり立ち直っていないようだ。
無理もない。
折を見て私は話を始めた。
「問題ない。……それに私も君も同じだ。」
「?」
「一度受験に落ちた身ということだ。」
「!?」
彼の目が驚きを語っている。
しかしこれは嘘ではないし大したことでもない。
ただ誰にも話したことがなかっただけだ。
文香にすら、受験に失敗したことを言ったことはなかった。
自らの汚点だと思っていた。
「中学受験ではないが……高校受験の時、第一志望のところから落ちてしまった。その時の絶望と言ったらね……。今言い表すことさえ困難なほどだ。二週間は外に一歩も出なかっただろう。」
「……。」
「私は塾など当時教師の道を歩むことなど考えたこともなかっただろうな。……私の夢は医者だった。幼い頃、尋常じゃないほど熱が出た私を治療してくれたある医者に憧れて私は医者になることを決意し有名な中学に行くことからスタートしたのだ。」
苦く、どこか懐かしみさえ感じる。
「そして私はその有名な高校に落ちてしまい、代わりに地元の中途半端な高校に入学した……。もちろん医者の夢など閉ざされ、私は特に目標も夢もないままの入学となった……。」
レンの表情が次第に暗くなる。
嫌な未来でも想像してしまったのだろうか。
しかし一番大事なのはここからだ。
「しかし高校で一生で一番大事な人……文香と出会った。」
レンの表情が変わった。
「どうだ?これまでの私に何か後ろめたそうなことを感じたことはあるか?
おそらく、ないだろう。今も後悔してることなど一つもない。今も私にとっては 幸せすぎる日々だからな。」
もうすぐ中学生の相手にひどく恥ずかしい話をしてるには分かっているが、一度言い始めてしまうと収まりがつかない。
それに手紙を出したことから、恥ずかしいのには慣れていた。
「……だからな、レン。過ぎてしまったことは仕方ない。失敗は絶対に忘れるな。その失敗を元に、新たな場所で成功して行けばいいのだよ。説教めいてしまったが、これが失敗を重ねに重ねた36歳の学んだことだよ。おっさんの戯言と思って聞いてくれて構わないがね。」
レンは私の方をしっかり見て
「はい、先生」と力強く言ってくれた。
「俺の目標はバスケで活躍することです。何処に行こうがいつか、先生の住むここまで名前が通るプレイヤーになってみせます!」
そうだ。
それでいい。
「楽しみにしてるよ、レン。いつかまた、君と酒を飲めるぐらい君が大きくなってからな。最後にだが…」
一呼吸置いた。
「誇りを胸に、強く生きろよ。お前ならできる。」
最後の最後までおっさんだけがくさい台詞を言い残し、レンの問題は解決した。
一つだけ、嘘をついてしまったがな。
まぁ、それはいい。
残る私の仕事は一つ
見送り、そして振り返る。
私の答え合わせの本番はまだ途中だ。
確かねばならぬ事がある
今来た道をゆっくりと戻る
そして途中で道を変え、踏みしめる葉の一つ一つを足の裏に感じながら
私はトヨさんの家に向かった。
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