さよならを伝えに

背景、愛しき妻へ


元気かい

思えばこちらから手紙を書くのは初めてだね


君が去ってからもうすぐ一年経つ

いつも通りの冬を越し、こちらはもうすぐ桜の季節となる

それほど長くの時が経っても、私はまだ立ち直れない

未だに私は君のことが忘れられない


出会いは高校の時だったな

おんなじクラスで一番の成績を取り合って……

いつしか君を好きになり、告白した

甘酸っぱい思い出だ


そこから二十年間の付き合いだったな

短かったなぁ……

隠していたつもりかもしれないが、君の死期は知っていた

だから覚悟はできていた


できていたはずなのに……



……ほんとうに遠くに行ってしまったな、文香


君がいなくなってからも

羚庵堂で私は教え続けている

レン、シン、ミサキの三人は変わらず、私についてきてくれている

あの三人は今日合格発表があったんだ

シンとミサキは合格した、だがレンは残念ながら落ちてしまったようだ



私には何を言ってやればいいのかわからない

こんな時、君ならきっと上手く支えてやれるのだろうな



君がいなくなってから……羚庵堂の色々なところに綻びが生じてきた

だから……私は、此処を畳もうと思う

今年で一旦見ている生徒は全員いなくなる

君は空から私のことを見ているのだろう?

手紙を何通も送ってきたのも、見ているからなのだろう?

奇跡とはあるものだな

最愛の死者から手紙を貰えるなんて

そう思っていた

でも本当は違うだろ?

私が君の手紙を頼りにしていたということは

私は死者にすら頼らないといけない人間だということだ


そんなことでいいはずがない

私もひとりの教師だ

責任を持った回答を生徒に示さねばならない

その矜持はある

最初は君に答えを委ねるつもりだった。

でも

たとえもう生徒が受験を終えた後だとしても

たとえ今年で塾を畳む気であったとしても

それはそれ、これはこれで別の問題だと思う

アフターケアまで万全にしてこその教師だ

レンのことも、必ずなんとかしてみせる



だからこの手紙では、君にさよならを言おうと思ったんだ

前がどれだけ不透明でも

かき分けてひたすらに進む


此処に誓うよ


これだけは君の夫として伝えたかった


じゃあね、今までありがとう

やれるだけやって、いつか誇れる姿で君の元へ向かうよ。

最愛の妻、文香へ



永見 慶次
































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