第7話 試験日前日

年が明け、忙しい年始も過ぎると、そこからは受験に向けていよいよスパートをかけていっていた。


私も様々な方法を駆使して出題範囲や今の倍率などを調べていた。


忙しい日々だったが、それも過ぎるともう試験前日までなっていた。


あれからしばらく手紙はなかった。しかし、前日日である今日、またポストには名無しの茶封筒があったのだ。


手紙には以外な事が書かれていた。


そのことも気になるし、今日は早めに切り上げてもう休ませるか。


そう思った私は教室に赴き、自習をしていた三人に声をかけた。


「お疲れ様。今日はもう帰りなさい。明日は早い。」


すると二人は帰る支度を始め、先に帰ったがどうしてもまだ勉強し続けようとする生徒がいた。


シンである。


私は筆を止めないシンをしばらく見た後に、声をかけた。


「……怖いかい?」


「…………。」


無言でも十分答えだ。


それに、字が震えている。


普段の冷静さはどこかに消え、無言だがむしろ今はシンの人間的な部分がされされている状態だった。


私は一度教室を出てリビングに戻りコーヒーを沸かした。


「ほら、飲みなさい。」


「あ……ありがとうございます。」


シンは素直に礼を言うと、コーヒーを一口飲んで大きなため息をついた。


「ふぅ………。」


「やはり緊張するよなぁ。先生もそうだった。懐かしい記憶だ。」


私が笑って言うと、シンが驚いたようにこちらを見た。


「先生も……緊張したんですか?」


「私だって人間だ。大事な事の前日ぐらい緊張したさ。」


「……意外です。」


「そうかな?自分ではわからないものだ。」


「………………。」


「ただしこれだけは言える。君に私がそう言うふうに見えてないのは、普段私がそう見えないように振舞っているからだよ。」


「…………!!」



彼の表情が変わった。


「この世にはわからない事の方が圧倒的に多い。私も今でも確率の計算などはいまいちわからない。ただそのわからないと言うことを君たちにバレないように準備する。それが教師だ。私でさえそうなんだ。君のライバルたちも、きっと同じさ。」


「………………。」


「全てを知っている人などいない。そんなものは存在しない。ただし今君に必要なものの数は絞られている。それを完璧にしてくる人は、もしかすればいるだろう。

ただね、君も負けてない。必要なことなら、この空間でレンやミサキと学んだろう?受験をするのは一人じゃない。ここからは、三人が行くんだ。怯えることはない。楽しんでこい。三年間の集大成だ!」


そう言ってバンッと彼の背中を叩くと


彼はうっすら涙を浮かべながら


「そうですね……。うん。もう大丈夫。レンやミサキと、頑張ってきます。」


目が語っていた。


ここで学んだことを無駄にしないと。


しっかり者の彼が言うのだ。


私がこれ以上心配する必要はないだろう。


「先生、さようなら!」


「気をつけて帰るんだぞ。」


こうして最後に残っていたシンも返した私は、一人教卓に陣取った。


ふぅ……。


教師も生徒も同じ人間だ。


数年数十年先に生まれて、少し先に誰かから学んだ事を次につなげる。


そうしてサイクルは動いている。


彼らもまた、歯車だ。


社会を回すための、一つの大事なピース。


それを作るために教師はいる。


己の不完全さを隠し、上からの圧力を持って生徒に教育を施す。


それなら誰がやっても一緒ではないのか?


私は私自身を考えて、何を彼らに伝えたかったのだ?


それも、わからない。


今回の手紙はシンについてだった。


「シンの負担を少し和らげてあげて。」


また絶妙なタイミングだったな。


今回も、あれでよかったんだろうか。


それすらわからない。


シンに言ったことは間違いなく私の本音だ。今も改めて思う。


やはり教師も、不完全だな。



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