ロボトロニクススポーツ

夏空蝉丸

ロボトロニクススポーツ

 人の能力が遺伝子によって決定づけられていることが明確になったのは、21世紀半ばのことであった。


 特に、スポーツにおいて顕著だった。練習や努力によって越えられない遺伝子の壁が、単純な競技であればあるほどはっきりとしてきたのだ。


 例えば、100m走。西アフリカ出身の遺伝子を持つ人間が圧倒的に優位であることは今となっては周知の事実だ。それでも、人はどれだけ速く走れるか。そのことに魅了された人間は挑戦し続け、競技としては存続していた。ただ、ルールは変更された。記録は記録として讃えられる一方で、遺伝子による補正秒数が加えられ、順位はできるだけ遺伝子の影響を省かれることになったのだ。


 一方で、別のアプローチによって遺伝子による影響を除外しようとした競技団体があった。


 今となってはオリンピック並みに影響力を持つ団体が提唱するスポーツ、ロボトロニクススポーツである。


 ロボトロニクススポーツは同じ規格に従って製造されたロボットを制御して行うスポーツである。競技者は脳波コントローラーを接続し、ロボットを操ってスポーツを行うのだ。


 この競技のメリットは、運動性能に違いが発生しないことである。大きさもスピードも反応時間もすべて規格によって最高値が決められている。


 なんだ、最大サイズに製造すれば良いじゃないか。そう考えるのは単純だ。勿論、一歩が大きさによって違ってくるロボマラソンのような競技は大きい方が優位である。だが、ロボ卓球のような競技は一概に結論を出すことができない。小さい方が小回りが利くし、腕の旋回半径だって小さい方が有利だ。


 とは言え、限界とかバランスってもんがある。2mのロボでは左右に白球を振られたときに追いつけない場面が出てくるし、1mのロボではリーチが足りなすぎる。届くはずの白球を拾うことができなくなってしまう。


「で、何でこのロボで参加することになったんだ?」


 俺はチームマネージャーである彼女を睨み付けながら詰問する。だが、目つきが悪い人選手権三連覇中の俺の怒りもどこ吹く風やら、ちーっとも効果がないとばかりに


「格安だったからです」


 と彼女は返答する。


「それだけか?」

「それだけ? ちょ、ちょっと、何言ってんですか。安いってことは良いことですよ。認めないんですか?」

「いや、ま、安い方が良いけど、限度があるし、性能差があるじゃん」

「大丈夫です」


 チームマネージャーの勢いに圧倒されてすごすごと引き下がる。体育館の片隅に設けられた選手用の座席に座り脳波コントローラーを接続する。


 で、やっぱり。と心の中で項垂れる。


 スペックは最大値が決められているだけで、必ずしも最大値を満たす必要はない。価格の安いロボットは性能面でケチられている。むしろ、故意に制約を設けて最高性能のロボとの違いを出して販売価格差を出しているのが事実だ。


 チームマネージャーに与えられたロボットは、いかにも基本に従って格安にするために粗悪にさせられたような感覚がある。意識的な問題だけではない。大きさは最適値と呼ばれるロボットの寸法より20cmは小さく作られ、そのせいでリーチ範囲が微妙に狭い。スマッシュ合戦にでもなれば太刀打ちができない。かと言って、カットで拾っていく戦法はもっと難しい。そもそもロングサーブを受けるのですら鬱陶しい。


 いろいろと作戦を考えてみるが、どれもこれもしっくりとこない。勝ち目がない戦いに送り出される気分ってこんなものなんだろうか? 迷いを感じながらも同期させたロボットで準備運動を始める。弱小部が全国大会で優勝することなんか夢のまた夢とは解っていたが、強豪とは同じ土俵にすら立っていないことにやるせなさを感じる。


「もう、準備運動は終了ですか?」


 チームマネージャーに話しかけられる。ロボットのマイクを通しての声だが、自分自身に直接話しかけられた時との違いが感じられない。


同期シンクロはほぼ完璧だ。けど、やっぱりこいつじゃ、リーチとか足りなすぎる。一歩だって今、試合をしている強豪チームのロボットと明確な差があるじゃん」


「値切ったんですけどね。これでも頑張ったんですよ」


「いや、マネージャーが悪いわけじゃないって。悪いのは全国大会に出場したにもかかわらず、ちーっとも予算を増額してくれない学校の方だ」


「そうそう。もう少し予算があれば昨日宿泊したホテルの料理の品数を増やせたのに。残念なことです」


「おいおい、それじゃ結局同じ格安ロボしか手に入らないじゃないか」


「どのみち、多少予算が増えた程度じゃほとんど同じようなロボしか買えないって。精々来年の予算が増えるように頑張れでください」


 おいおい、とうとう敬語にすらなってないじゃないか。ふぅ、と嘆息しながら彼女を見ると、ニコリと満面の笑みを浮かべながら、


「大丈夫ですよ。今年からルールが変更されたのご存知ですよね。明確な性能差が認められる場合は補正機能が動作しますよ。なんてったって、遺伝子とか体格差とかに影響されない平等なスポーツを目的に生み出されたんですからロボトロニクススポーツは。それが、ロボット《性能差》で平等じゃないっておかしいですからね」


 と説明を述べてくる。慰めているつもりなんだろうか? ポンと背中を叩かれたロボットは集中力を唱えながらコートに入る。


 一回戦の相手は弱小部であるうちと同じようなレベルだった。格安の俺よりは良さそうな機体ロボットではあるが、明らかな型落ち機だ。一部のレギュレーションに対応していないはず。総合すれば互角と言ったところか。


 俺はテンポの速い卓球を心がける。カット合戦になっては面倒だ。ショートレンジで卓球台を小さく使っていく。この作戦のメリットは相手の性能を発揮させること無く、サイズが小さいことによる優位性を生かすことができることだ。


 事前のデータから確認はできていたが、相手はあまり強くは無かった。俺の横回転サーブと下回転サーブに翻弄され、返してくるのが精いっぱいの状況。一度、自分のサーブの時に白球ボールが破損しただけで難なく突破することに成功した。


「ほーら、心配することなんかちっとも無いって言った通りになったじゃないですか」


 コートから戻ってきたロボットに向かって彼女が話しかけてくる。


「そんなこと言ったか?」


「言いましたって。今日の夜ご飯は奢りだって」


「言ってねーし、そんなことより、問題は次の相手だろ。例年の強豪校であり、去年の優勝高。ディフェンディングチャンピオンだからな」


「骨は拾いますよ。爆発してきてください」


「只で負けてくる気はないけどさ」


 彼女に時間になったら伝えてくれるように依頼してからシミュレーションモードに入る。過去のデータを利用して仮想敵との試合を行う。理論上、戦えるはず。そうわかっているはずなのに、相手の返球についていくのが精いっぱい。攻撃出来ている場面が殆どなく防戦一方でうんざりしそうになる。去年のデータも混じっているから、互角程度では勝利することはできない。つまり、本番の試合ではどうあがいても勝つことはできそうにない。


 優勝を目標にしているならば落ち込むところでもあるが、こちらは弱小チーム出身だ。全国大会に来ただけで十分な選手だ。それに機体ロボ差もある。逆に、善戦して会場を盛り上げてやればいいやくらいの、いい意味でのやけっぱちな気持ちがもたげてくる。


「そろそろ時間だよ」


 脳波コントローラーに彼女の音声が割り込んでくる。今までに無いほどの充実感が湧いてくる。負けて当然の勝負なら自分の力の全てをぶつけることができる。


 俺はある意味不利だと考えていた戦術を選択する。カットマンだ。

 カットマンとは、卓球台からある程度の距離を取り、相手の攻撃を強力な回転がかかるようカットして返球し、相手のミスを誘うという守備型の戦い方だ。


 後方に下がり、敵のどんな球にでも対応できるようカットしていくことを考えれば、リーチが長い方が有利となる。とすると、サイズが小さい俺のロボットには向かない戦術ではあるが、そのマイナス面を無視しても余りある勝ち目ってやつがある。


 忍耐力だ。プールに潜ってどちらが先に根負けして水面に顔を出してしまうか。そんな忍耐力勝負がカット戦術にはある。


 だが、相手の方が一枚上手だ。機体差によって生み出された強烈なドライブ・スマッシュに押されて徐々に失点差が広がっていく。それでも、崩れない。最後まで根性を見せつける。ロボットさえ同等であれば勝ってたかもしれない。そう思わせるくらいの勢いで戦い続ける。


 ★★★


 3ゲーム取られて、あと2点で負ける状況に追い込まれていた。こちらは半分運で取れたような1ゲームだけ。もう、ほぼほぼ負けは確定していた。


 それなのに、気分は良好だった。もし、同じ性能のロボットを使用していれば勝てた可能性がある。次に戦うチャンスがあれば、倒せるんじゃないか。そう思えてくると能天気なことにテンションが上がってくる。だから、敵のリターンに対し渾身の力を込めてスマッシュで打ち返した。爆発してしまえ。そんな念を込めながら白球を弾き返す。最高の一撃とは言えないが、全身全霊のスマッシュだ。けれども、相手もディフェンシングチャンピオン。予想していたと言える正確な動きでリターンのモーションに入る。


 と、その時、相手のラケットが白球に触れるのと同時にそれは砕け散った。生卵でも打ったかのようにいとも容易く白球を破壊した相手は、打ち抜いたままのモーションで停止をする。


 俺も呆然としていたのか、審判からの合図で我を取り戻す。新しく与えられた白球を睨み付ける。心の中で深呼吸をし、やれるやれる。と何度も繰り返す。


 いっけー、心の叫びを伝えることなく俺の分身ロボットはサーブを行う。力を乗せるより変化とコースを意識した白球に、相手もすばやく反応して打ち返そうとして……、再び爆ぜた。今度は、ラケットが当たる前、間違いなく打ち返そうとした瞬間に白球ピンポン玉は爆発した。否、それだけではない、相手のロボットは爆発に巻き込まれて後ろ側に倒れこむ。そして、床と衝突してビルでも破壊しているかのような音を立てる。


 会場内でブーイングが起こった。それほど注目されていない試合のはずだが、相手チームの応援者たちが怒ったのだろう。他の試合が止まるほどの罵倒が体育館内に響き渡る。審判たちが本部に集まっていき、何事だろうかと緊張しているとアナウンスが流れた。


「ただ今の第二試合で発生いたしました爆発に関しまして、お互いのロボット性能差を補正するための正当な措置になります。繰り返します。ただ今の第二試合で発生いたしました爆発は、第五項七十三条(二)に追加されました機体性能差を埋めて選手が平等に試合を行うための措置で規則に従った爆発になります」


 相手の機体ロボットは故障したのか、戦意喪失したのか判らないが立ち上がらない。


 まぁ、そりゃそうだ。殆ど勝ちだった試合を盗まれたようなものだ。白球ボールが爆発するなら試合にならない。真面目にやる気だって失せるのは当然だ。呆れ果てながらコートから座席へ戻ってくると、チームマネージャーが近づいてきて、「ね、格安、最高だったでしょ」と微笑んだ。


 了

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