青竜王様の作るごはんは、とても美味しいのです

しきみ彰

第1話

 青竜王様――カズチ様の作るごはんはとても美味しいのです。

 わたし、緋李あけりが祖国で食べていたごはんよりも美味しくて、初めて食べたときは涙がこぼれました。


 嫌われ者のわたしがこんなに美味しいものを食べれるなんて……。


 祖国でわたしは嫌われていました。お母様がお城の女中。わたしは、お父様が無理矢理関係を持ったせいで生まれた子だからです。


 正室様も第一皇子様もそれが気に入らなかったみたいで、わたしはとにかく嫌われました。疫病を撒き散らす忌子だと言われ、母屋に閉じ込められて過ごしました。罵声を浴びせられたり、殴られたり、折檻を受けたりしました。ごはんを食べれないこともたくさんありました。

 それでも生かされていたのは、隣国の竜王陛下との縁談話が上がっていたからです。


 青竜王様は美しいですがとても怖い方だと言われていて、嫁いできた姫を殺してしまうという噂がわたしの国にまできていました。

 きっとお二人は、わたしが苦しむ形でどこかへ行ってしまうことを望んだのでしょうね。


 ですが――


「……緋李、手が止まっているぞ。食事中に考え事をするな、食べろ」

「あ……も、申し訳ありません、カズチ様」

「それともなんだ。我の作る料理がまずいというのか?」

「滅相もございません! どの料理もとても美味しくて……ですがこんなに作っていただいても、わたしだけでは食べれません」

「気にするな、残りは我が食べる。お前は早く、その貧相な体をどうにかしろ。我の嫁に相応しい体になれ、たわけ」

「……はい。お心遣いありがとうございます、カズチ様」


 氷のように青く澄んだ髪と、満月のように綺麗な金色の瞳をした美しい方が、呆れた顔をしています。

 この方が、わたしの夫であるカズチ様。わたしの体のことをとても気にしてくださる、お優しい方です。


 噂とは違いとても優しく、嫁いできたわたしの姿を見て「霞を食って生きているのかお前は。仙人にでもなるのか」と言ってきました。すごい剣幕で驚きましたが、その後テキパキとご自身でお料理を作り始めたことのほうが驚きました。


 だって、高貴なお方なのに。なぜ料理を作れるのでしょう。


 理由を聞いてみたことがありますが、どうやら趣味だそうです。寿命が長いので、色々なことに挑戦されているんだとか。

 料理は五百年前に極めたものだそうで、気分転換になるから今も続けているのだそうです。


 今は、わたし好みの料理を作るのが楽しいのだとか。こだわりが強い方だなぁ、と思います。


 ですが、カズチ様がわたしのために動いてくれるのが、たまらなく嬉しいのです。わたしのようなものがこれほどまでに想われるなんて、思っていませんでしたから。


 ふわふわした甘い卵焼きを食べながら、幸せを感じます。

 それを見ると、カズチ様は満足そうに微笑まれるのです。

 嫁いできて良かった。そう思える瞬間です。


 これからも、カズチ様と一緒にこんな日々を過ごせたらなと思います。


 今日もわたしは、とても幸せです。











 ここはアマネ国。特殊な国らしく、四名の竜王様が各領地を納めているようです。カズチ様は青竜王様。東の領地を納めている方です。

 わたしは、そんなカズチ様のもとに神楽国から嫁いできた姫です。

 嫁いできてから一ヶ月経ち、ここでの生活にもだいぶ慣れてきました。


 アマネ国のお城は、神楽国とあまり変わらない作りをしています。どれも木造の家。違いと言えば、至るところに鳥居があるところと一年中何かしらの花が咲いていること、外装がとても鮮やかなことでしょうか。


 お城は朱色で、遠くから見るとより一層鮮やかに見えます。桃の花と桜の花が咲き乱れ、甘い香りが漂っているのです。嫁いできたときに篭の中から覗いたそこは、わたしには物語の中に出てくる桃源郷に見えました。


 城の周りには季節ごとに様々な花が咲くそうです。勝手に生えてきて、また勝手に枯れていくのだとか。花は手入れをしなければ咲かないものだと思っていたわたしは、とても不思議なものだなと思ったものです。


 カズチ様はどうやらそれを、食物としてしか見ていないようですが。


 だって「桃の花が綺麗ですね」と言ったとき、「ここの桃は美味しいぞ。夏が楽しみだな」と言ってきたのですから。


 ですが、カズチ様は何やら張り切っているご様子。なのでわたし、夏がくるのが楽しみなのです。


「神楽国にいる頃は毎日が億劫で、早く日々が過ぎれば良いと思っていたのに……カズチ様といると、早く進みすぎてなんだかもったいない気がします」

「そのようなことはありませんよ。むしろ緋李様は、今までの人生がとても不幸だっただけです」

「……そうなのですか? ラナさん」


 今話しているのは、わたしについてくれている侍女のラナさん。誰も連れてこなかったわたしを見兼ねて、カズチ様がつけてくださったのです。

 とても優秀な方で、わたしにはもったいないくらいのいい人。すらりとした、緑色の髪をした美女さんです。耳がつんっと尖っているのが特徴です。曰く、えるふという種族なんだとか。本当の名前はもっと長いんだそうです。長すぎて覚えられないので、わたしはラナさんと呼ばせてもらっています。


 アマネ国には色々な方がたくさんいて、とても楽しいです。


 わたしは鏡台の前で座って、後ろにいるカコさんに話しかけていました。

 ラナさんは、わたしの黒髪に櫛を通しながら頷きます。


「そうです。確かに我らが主君は、あなた様をとても愛していらっしゃいますが。だからといって、今までの状態が正しいわけがありません。緋李様はもっと欲を持つべきです」

「そ、そうですか……カズチ様の作られるごはんを食べれるだけで、心もお腹もいっぱいなのですが」

「くっ……緋李様本当にお可愛らしい……カズチ様が夢中になる理由も分かります……!」

「……ええっと?」


 首を傾げていると、大きな声が聞こえます。


「ラナスティールファナリース! 緋李を早く連れてこい! 食事の時間だ!」


 カズチ様の声でした。どうやら、食事ができたみたいです。

 ラナさんはチッと舌打ちをしてから声を張り上げました。


「はい、ただいま! まったく、陛下も一日に五食食べさせるなんて。緋李様を心配しすぎです」

「その、申し訳ありません……わたしが痩せているばかりに……」

「何を言っているのです。陛下が過保護すぎるだけですよ。緋李様も、もっと抵抗して良いのですよ? 一日三食、三時のおやつがあれば十分です、と言えば良いのです」

「えっと、その……一日二食あれば、わたしは十分なのですが……」

「陛下が正しかったことを知りました。それは絶対にダメです」

「……へっ⁉︎」


 今まで一日一食が普通だったのに、どうしてですか⁉︎


 ラナさんにまでダメ出しされてしまい、わたしは驚いてしまいました。カズチ様に話したときは、絶句されました。そんなにひどいのでしょうか?


 でも五食も食べているからか、体はだいぶふっくらしてきました。前はガリガリのみすぼらしい姿だったのです。これも、カズチ様のおかげです。


 髪を整え、着物を整えてからラナさんと一緒に私室を出れば、食卓いっぱいに料理が並べられていました。

 どれも湯気が立っていて、とても美味しそうです。


 見たことのない料理が並んでいて、なんだかとても楽しくなりました。

 そわそわと体を揺らして立ち尽くしていると、汁物のお椀を持ったカズチ様が現れました。


「来たか。さっさと座れ。食べるぞ」

「は、はい!」


 ラナさんが椅子を引いてくれます。いまだにこれには慣れません。

 でも今はきらきら輝く料理にしか目が入らず、それどころではありませんでした。


「あ、あの……これは……?」

「色々な国の料理を作ってみた。お前の目の前にあるのは、ミートソーススパゲティだ」

「いい匂いがします」

「それが食べたいか。ならよそおう」


 そう言うと、カズチ様はみーとそーすすぱげてぃなるものを皿に取り分けてくれました。


「ほら、食え。……いや、フォークを使い慣れていないお前では、服を汚しそうだな」


 何やら呟きながら、カズチ様はふぉーくにくるくると麺を巻きつけます。そしてわたしの口元まで持ってきました。


「……え?」

「口を開けよ、たわけ。食わんと落ちるぞ」

「は、はいっ! い、いただき、ますっ!」


 恥ずかしかったのですが、カズチ様に急かされ口を開けました。


 ぱくり。


 口の中に入ったみーとそーすすぱげてぃを、静かに咀嚼します。

 酸味があるのにコクがあるたれと麺が合わさり、えもしれぬ味わいがしました。そぼろ状になったお肉を噛み締めると、じゅわりと肉汁が広がります。

 なのにタレが見た目以上に爽やかで、するりと食べられました。


「お、美味しいです……!」

「そうか。これは緋李の好みか」

「はい!」

「なら次はこれだ。クリームシチュー」

「え、あの、一人で食べられ……」

「ほら、とっとと口を開けんか」

「は、はい!」


 くりーむしちゅーなる汁物は、少しとろみがついた塩気があるのに濃厚で甘い味がしました。とても美味しかったのです。


 普段は一人でちゃんと食べているのですが、今日はカズチ様に食べさせてもらっています。ラナさんが言うように抗議をしようと思ったのですが、ついつい口を開けてしまうのです。


 ですが、どの料理も美味しく幸せの味がしました。


 その様子を見てラナさんが言うのです。


「このバカップルめ……」


 と。



 ***



 そんなふうに、カズチ様から食べさせてもらうようになってから数日。


 ――わたしは東の領地ではなく、南の領地におりました。


 なぜこのような場所にいるかと言いますと、南の領地の長である赤竜王様に攫われて連れてこられたからです。


 攫われたと言っても、待遇はとても良いです。大きな傘を差してもらい、その下に卓と椅子を置いて外でお茶をしています。

 わたしの目の前には今、金髪の美しい方がおりました。


「さあ、アケリさん。お食べになって?」

「は、はい……ありがとうございます、ユリア様」

「いいのですわ。それに様付けなんてしなくても良いのですよ? アケリさんだって、竜王妃なんですから」

「そ、それはそうなのですが……」


 そうです。ユリア様は、赤竜王様の奥方様。わたしと同じように、他国から嫁いできた方なのです。

 嫁いできてから半月くらいだったでしょうか。カズチ様に連れられて、ユリア様と赤竜王様のところに挨拶しに行ったとき以来です。


 なぜわたしは、ここに連れてこられたのでしょう……。


 不安になりながらも座っていると、赤竜王様――シュハロ様がいらっしゃいました。


「そうだぜ、嬢ちゃん。あんたはあの青の嫁なんだから、しゃんと背筋伸ばしときな」

「は、はい……」


 シュハロ様は、燃えるように逆立つ赤い髪と針のように細い紫色の瞳をした美丈夫です。細身ですらりとしたカズチ様とは違い、シュハロ様はがっしりした体をしています。同じ竜王様でもこれだけ違うのは面白いな、と改めて思いました。


「そういえば、わたしはどうしてこちらに連れてこられたのでしょう?」


 話の流れを変えるためにも一番疑問に思っていたことを口にすれば、ユリア様が固まりました。そしてシュハロ様に向かって一言。


「説明せずに連れてきたのですか?」

「おう」

「アホですかあなたは!」

「いいじゃん。青のやつ、血相変えてくるぜ? つーか俺は、青と遊びたいだけだし」

「そこがアホだと言っているのです!」

「……ええっと、何がどうしたのでしょう……?」


 ユリア様が怒っているのをなだめつつ聞くと、彼女は大きく溜息を吐きました。


「……アケリ様が東の王に嫁がれてから一ヶ月経ちましたもの。現状がどのような感じなのか、聞いておきたかったのです。東の領地にはあまり人がいませんから、少しでもお役に立てたらと思いまして」

「そうだったのですね。ありがとうございますユリア様」


 どうやらユリア様は、わたしのことを気にかけてくれていたようです。だから、シュハロ様に頼んで連れてきてもらえないかと聞いたのだとか。

 なぜ東の領地にこなかったのかと言うと、ユリア様のお腹には赤子がいるからだと言いました。


「赤ちゃんに負担をかけたくなかったから、そちらに向かわなかったのですが……本当、夫が申し訳ありません。アケリ様。夫に変わり、私が謝罪いたしますわ」

「い、いえ! 気にかけてくださりありがとうございます。ですが大丈夫ですよ。カズチ様はお優しいので、とても幸せなのです」

「……あの青が優しいだぁ? 天変地異の前触れか?」


 すると、シュハロ様が怪訝な顔をしました。なにがなんだか分からないまま、わたしは自分の身に起きていることを説明します。


「……え? その……毎日、ご飯を作ってくださいますが……」

「あの青が?」

「はい。最近は、食べさせてくださることが増えました」

「……あの青竜王様が、ですの?」

「……え、その、あ、の……カズチ様にとって、わたしはきっと愛玩動物のようなものなのだと思います。ここにきた頃は、みすぼらしいくらい痩せていましたから」


 なんとか理由らしきものを言ってみたのですが、シュハロ様は首をひねり続けていました。


「いくら見た目が痩せて可哀想だからって……あいつが料理を作る? 一度飽きたって言って投げ出したんだぞ。しかも食べさせる? ねえな。絶対にねえ。なんだよ、マジで惚れてんのか……カッー! あの青に、ようやく春がっ!」


 そして一人で納得してしまわれました。わたしには教えてくれないのですか、シュハロ様。

 困惑していると、ユリア様が微笑まれます。


「アケリ様は、青竜王様をどう思われているのですか?」

「どうと言われましても……わたしのような者を受け入れてくれるなんて、懐の深い優しい方だな、と。作るごはんもとても美味しくて……」

「なら、言い換えましょう。好きですか? それとも嫌いですか?」

「そ、れは」


 わたしはそのときようやく、ユリア様がどういう意味で問いかけてきていたのかを知りました。


 つ、つまり……恋愛感情的な意味で、わたしがカズチ様が好きかどうかということで……。


 顔に火がついたかのように熱くなり、俯きます。きっと今のわたしは、真っ赤な顔をしているでしょう。


 ですが、そんなこと考えたことがなかったのです。そんな相手、出会えないと思っておりましたから。


「嫌い……ではないです」

「そうでしょう」

「ですが好きかどうかと言われると……分かりません」


 なんとか言葉を紡ぐと、ユリア様の手がスッと伸びてきました。

 口の中にくっきーが入れられます。もぐもぐと食べて飲み込むと、ユリア様が首を傾げました。


「このクッキー、どうです?」

「お、美味しいです」

「青竜王様が作ったのと比べたら、どちらが美味しいです?」

「カズチ様のものが美味しかったです」


 すると、ユリア様がくすくす笑いました。


「青竜王様はね、今まで妃を娶らなかったのですよ。無理矢理送りつけられてきたときは、必ず送り返していましたの。それを恨んだ国側が、有る事無い事吹き込んだのですわ。カズチ様は来る人間が減るのは嬉しいと喜んでおりましたけど」

「……え」

「そんな青竜王様が、アケリ様のために料理を作るなんて……きっと、大切にしたいのでしょうね。アケリ様のこと。もしくは、胃袋から心をつかみたいのかも?」

「カズチ様が……?」


 ずっとずっと、愛玩動物的な立ち位置だと思っていました。なので頭がぐるぐるします。


 すると、一瞬。わたしたちの頭上を黒い影が通りました。

 予感がして空を見上げると、そこには水面のように美しい鱗を持った竜がおりました。


 竜体のときのカズチ様です。その美しさに思わず、見ほれてしまいました。


『緋李!』

「……カズチ様」

「お、きたか」


 すると、シュハロ様は笑みを浮かべました。獰猛な、とても好戦的な笑みです。

 シュハロ様の体が光の粒で覆われ、大きな風が吹きました。思わず顔元を抑えていますと、笑い声が響いてきます。


『青! 久しぶりに遊べ!』


 空には、燃えるような朱色の鱗を持った竜がおりました。シュハロ様です。カズチ様と並ぶと、やはりシュハロ様のほうがガッチリとした体つきをしていました。

 火の玉を吐き出してくるシュハロ様に、カズチ様は水の玉を吐き出し対抗します。


『たわけが! 緋李をさっさと返せ!』

『ハッハッハッ! そんなに大事か!』

『当たり前だ! 嫁を大事にしないやつなどいるわけがあるか!』

「……え」

「……昼間からお熱いですわね」


 ぼっと、顔が熱くなりました。同時に、今までしてもらってきたことが頭の中によぎります。


 ごはんを作ってもらいました。

 ごはんを食べさせてもらいました。

 好きなものは何かと聞かれました。

 嫌な記憶を思い出したときは、そばにいてくださいました。

 寝るときは頭を撫でてくださいます。

 綺麗なことの音色を聴かせてくださいました。

 笑いかけてくださいました。

 優しくしてくださいました。

 わたしのために、わたしの愚かな行いの数々を指摘してくださいました。


 そう。わたしのために。わたしの、ために。


 そして……わたしのことを、迎えにきてくださいました。


 ここまでしてくれた方を、好きにならないほうがおかしいです。好きになってしまいます。


 わたしは今まで、すべての人に疎んじられてきました。ですから自分に言い聞かせていました。カズチ様は善意でやっているのだから、勘違いなどしてはいけないと。

 ですがユリア様とシュハロ様の言葉を聞き、しまっていたものが大きくなっていきました。


 今まで分不相応だからと、胸の奥に押し込んできたものが一気に膨れ上がり、弾けたような気がしました。

 ぶわりと、カズチ様への想いがこみ上げてきます。


「……自覚、できたようですね」


 ユリア様がそう呟いている声を聞きながら。わたしはひたすらに、カズチ様のことを見つめておりました。











 それから少しして、わたしは東の領地に戻ってきていました。

 カズチ様は焦げ付いた着物を見つめながら、眉をひそめています。


「まったく、赤め……燃やしおって」

「も、申し訳ありません。わたしが連れていかれてしまったばかりに……」

「何を言っておる。お前では抵抗できまい。それに我と戦いたくて、あいつはお前を連れて行ったのだ。竜王一好戦的だからな、赤は。迷惑極まりない」


 カズチ様は、ぶつくさと文句を言っております。

 そんな後ろ姿を眺めていると、口からぽろりと本音がこぼれ落ちました。


「カズチ様」

「どうした」

「好きです」


 瞬間、カズチ様がわたしの方を振り返りました。


「……どうしたのだ、唐突に」

「いえ、気持ちを伝えていなかったなと思いまして。……カズチ様はわたしのこと、どう思っていらっしゃいますか?」


 わたしの勘違いではないか怖くて。不安で不安でたまらなくて。わたしはカズチ様に問いかけてしまいました。

 するとカズチ様は口をつぐみ、前を向いてしまいます。


 わたしは、怖くなってしまいました。


「……も、申し訳ありません。分不相応な問いかけをしてしまいました。お忘れください」


 今のままでも十分幸せなのに、何を願っているのでしょう。愚かしいにもほどがあります。

 笑って誤魔化したときでした。


「……とるわ」

「……え?」

「もうとっくに惚れておるわ! たわけ!」


 そう叫び、振り返ったカズチ様の顔は真っ赤で。今まで見たことがないくらい焦っていて。

 熱が、わたしにまで伝染うつっていきます。


「惚れていない相手の世話をしてやるほど、我は酔狂ではおらん! 一目惚れだ悪いか⁉︎ 一緒にいる時間が増えれば増えるほど、愛おしさが増したわ! だから我なりに色々やったのだ、気づくのが遅いわたわけ‼︎」

「も、もうしわけ、ありま、せ、……ふ、ふふ」

「な、何を笑っている!」

「だってカズチ様……耳まで真っ赤なんです、もの……ふ、ふふっ」


 カズチ様の想いを聞いたからか、わたしの中にあった不安や恐れはすっかり消えてしまいました。黒いもやもやが晴れた代わりに広がったのは、暖かくて甘い何かです。


 幸せで胸がいっぱいになったからか、笑いが止まらなくなってしまいました。

 そんなわたしを、カズチ様はグイグイ引っ張っていきます。


「さあ、食事の時間だ! 今日はさわらの塩焼きと味噌汁、海藻サラダ、その他諸々……そして緋李の好きな甘い卵焼きだ! 温め直すのが癪だが……嬉しいか⁉︎」

「ふ、ふふ……はい、とっても。カズチ様の卵焼き、大好きです。カズチ様みたいに、甘くて優しいお味がしますから」

「たわけ! そう何度も好きというやつがあるか! わざとだろうそなた!」

「はい。普段は冷静なカズチ様の顔が赤くなるのが、とても新鮮で……楽しくて……」

「……我で遊ぶとはいい度胸だ。その余裕がなくなるくらいこれからは愛してやろう。手加減はせんぞ」

「え、それは……困ります。これ以上カズチ様を好きになってしまったら、わたしどうなってしまうのでしょう……」

「……くっ。なんだこの可愛らしい生き物は。どうしろというのだ」


 カズチ様が悔しそうな顔をしているのが、なんだかとても嬉しいです。もっともっと色々な顔を見たいと思ってしまいます。


 そんなくすぐったい気持ちを抱えたまま、わたしはいつもの食卓に向かいます。

 美味しそうな匂いを嗅ぐだけで、お腹が空いてきました。きっとわたしはもう、カズチ様のごはんがなければ、生きられない体になってしまっています。




 だって――青竜王様がつくるごはんは、とても美味しいのですから。

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青竜王様の作るごはんは、とても美味しいのです しきみ彰 @sikimi12

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