第2話

 バスは安全運転で進む。真央が住む赤羅村は小等部と中等部の連なる学校が一つあるくらいで、高等部学校がない。だから、高校に進学する場合は村の外の学校へ行かなければならないのだ。

 赤羅村はトマトの名産地で、トマトだけで数十種類にも及び育てられている。それだけにトマト好きの者が集まるかと思えば、そうでもない。むしろ好きだとしたら、出荷する度に涙を流すことは間違いないのだから。

 けれど、育てたトマトは愛に溢れた者が育てたように美味しい。それはもうリコピンに愛されているとしか思えないほどだ。


「トマトを愛してやまない、スカーレットのハイヒール、私の愛してやまない、都会に舞い降りたトマトレディー」

「いつも思うけどよ、その歌はなんなんだ。知らん歌だが」

「ん? 僕が作ったんだぁ! 作詞作曲、今井真央! 素敵でしょう?」

「……、まぁいいんじゃないか?」


 時折、不思議な調べのハミングをしながら上機嫌に真央は鼻歌を奏でる。拍子なんか気にしたら負けだ、とばかりに『トマトレディの哀恋歌』を歌っている。トマトレディにトマトを食べられてしまうのが哀しいらしい。

 主人公がトマトレディへの嫉妬のあまりに、トマトレディを殺害してしまう結構マイナーな内容の歌詞なのにメジャーな明るい曲調なのが異様なコントラストを生み出していた。


「……っお?!」


 その時、かわいた破裂音の後にバスが急停止した。


「ぐぇっ!」


 シートベルトなんてないバスだ。真央は目の前の席に顔を打ちつけて悶絶している。


「おいおい、ドンパチが始まりやがった。さすが東京はおっかねぇな」


 赤羅村も一応は東京に含まれるが、23区に含まれない田舎である。東京で田舎、これ如何に? しかし、現実である。


「うわぁ、トマトみたいに真っ赤だね」


 人が撃たれ、血を流して倒れているというのに、真央は呑気なもので。トマトレディの哀恋歌を歌うのをやめるつもりはないらしい。


「パンっと弾けて真っ赤なトマトに、はいっ調理ー、トマトレディのミートを添えて……ん?」


 その時、真央の目に飛び込んできたのは同い年に見える〝赤い髪の〟男の子だった。


「うわぁ、まるでトマトみたい。美味しそうだなぁ」


 的はずれな真央の呟きは、誰の耳にも届かず銃声と悲鳴にかき消えた。真っ赤なトマトのような出会いと共に--。

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運命はトマトに乗せて 山波 @yamanami00paradise

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