運命はトマトに乗せて
山波
第1話
今井真央は淡々と朝のサイクルをこなしていた。テレビ番組のリポーターが最近の出来事を述べているのを聞きながら、朝食のピザトーストを食べる。
具に、トマトを乗せるのを忘れてはならない。それがルールである。
父の雅斗と母の美央は、既に家を出た。あとは自分が学校へ向かうだけで、この家の残される住人はミーケだけになる。
ミーケのご飯を皿に用意してやり、水も忘れずに補充しておく。
姿鏡で制服の着こなしをチェックするのも忘れない。たとえ男であっても、いや男だからこそ身嗜みには細心の注意を払わなければならない。不潔な男子は嫌われるのだ。
ひと通りチェックを終えると、テレビの電源を消して玄関へ向かう。
「よし、行ってくるね。ミーケ」
ミーケは真央を見つめ返すだけで、答えは返さない。それを気にしたふうもなく玄関の戸を開けてミーケに手を振ると、外に出て鍵をかける。入念に鍵を閉めたことを確認した真央は歯を見せて笑うと、通学の為のバスに乗るためにその足を進めた。
今日は特別、変わった日ではない。けれど、その表情は何処かとても楽しげで、遠足に行く前の幼稚園児のような様子でスキップまでしている。高校生にもなって、こんな性格からか真央は皆から幼稚だと言われていた。
けれど、真央にしてみればそんな雑事は頭の片隅にも入っていない。勉強が楽しくて仕方が無いのだ。いや、正確に言えば何でも楽しかったのだ。だが、楽しいから成績がいいかと問われればそうでもない。
「あ、理恵ちゃん。おはよう」
真央が声をかけたのは、三毛猫だった。彼女はとても人見知りなことで近所で評判の野良だった。けれど、真央が声をかけると彼女は可愛らしく挨拶を返す。二人はどうやらただならぬ仲のようだ。猫だけど。
「お、時間ピッタりぃ」
語尾に音符でもつきそうなご機嫌な様子で真央はバスのドアの開く音と共にジャンプして見せた。
「お、真央ちゃん。おはよう」
バスの運転手、大倉國男が大声で挨拶をしてきた。職務の途中だというのに気楽なものだ。普通なら怒られるだろう。しかし、乗客は真央一人なのだ。気にしすぎても、意味は無い。
「あ、お肉のおっちゃん。おはようございます」
真央は國男をお肉のおっちゃんと呼ぶ。くにお、という名前から並べ替えたのもあるが、他にも理由はある。
「その、おにくのおじちゃんっての。どうにかならんのか?」
國男があきられた顔をして真央を窘めるが、真央はどこ吹く風で不思議そうな顔をするだけだ。
「え? だって良くお肉をくれるじゃん」
「あ、そっちの意味なのね」
「他にもあるけど、細かいことは気にしなぁいのです」
「しかし、高校生なのに髪を染めるのは感心しないな」
真央の髪はブラウンで、柔らかそうな髪質をしている。髪が細いというのも、この色が似合う理由かもしれない。
「これは地毛なんだよ」
「ほぅ、言い訳は用意していたかぁ」
「ホントなんだからね」
「ま、学校がどう判断するか、だな。よし発車するぞ」
「はーい」
真央の人生を決める運命の連鎖は、これから始まる。トマトに乗せて。
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