第11話 死した英雄

 英雄ルーカス・マーフィーは戦没していたのです。

 決戦の地より舞い戻ったのは、英雄の皮を被った悪魔だったのです。

 しかし、悪魔は倒されました。英雄と共に勇敢に戦ったスクリムジョー将軍の手によって確かに、討ち取られました。悪魔が二度と復活しないようにクロノス氏によって厳重に魔術がかけられました。

 国民の皆さん、ご安心下さい。もう、恐怖が再びこの国を襲うことはありません。

 祈りを捧げましょう。偉大なる英雄に。彼は死してもきっと、この国を守って下さっています。



「………おはよう、ルーク。朝から騒がしいから、起きちゃったのね」

「ああ、おはよう。ティーナ。素晴らしい朝とは言い難いけれど、贅沢は言っていられないね。それよりも、エリオットの昇進だ。不服そうに眉をしかめる顔が目に浮かぶようだ。そうだ、祝いの手紙でも送って見ようか」

 悪戯っぽく笑うルークは、外で演説をしながら歩き回る城からの使者を眺めている。その表情が何処か悲しそうで、国を救った英雄として生きることを捨てたことを、後悔しているのだろうかとティーナが顔をのぞき込む。

 なんだい、と笑うルークにティーナは安心したように微笑んだ。

「悲しそうだったから、どうしたのかなって」

「そうだね、確かに全く後悔していないと言ったら嘘になる。………エリオットに気軽に手紙を出すことすら叶わないから。でも、そのくらいだ。他が恵まれすぎていて、僕は随分欲張りになってしまっているみたいだ」

 ルークが肩をすくめると、ティーナも穏やかに笑う。

「ルーク、貴方は今、幸せかしら」

「勿論さ。これ以上無いくらい幸せだ」

 まあ、自分の命日が記念日になるかも知れなって言うのはちょっとぞっとするけれどね。そう言って、ルークは戸棚から小瓶を取り出す。燐灰石に似た輝きを持つ小さな粒を数個取り出すと、コップに入れた水と共にティーナに手渡す。

「ありがとう、ルーク。そろそろ、クロノスさんにお手紙を送らないと行けないわね。次のお礼は何が良いかな、食べ物だと腐らせてしまうかも知れないから保存食のような物しかおくれないものね」

 粒を飲み下した後、顎に手を当て悩むティーナにルークは苦笑する。

「何だか妬けてしまうな。まるで、何年も会っていない恋人へのプレゼントを選んでいるようだ」

「もう、ふざけていないで、一緒に考えて頂戴よ」




時空間魔術研究機関クロノス 魔術師長アーノルド・クロノス殿


 お久しぶりです。クロノスさんに頂いているお薬のおかげで、それ程不便をすることなく日常生活を送ることが出来ています。お礼の品が、毎回同じような物になってしまうのを心苦しく思います。でも、どうか許して下さいね。貴方に喜んで頂ける贈り物を考えるのは、きっと貴方が思っているより難しいんです。

 そちらには、食べ物は余ってしまうほど有るでしょうし。

 宝石だとか、王様からルークが賜った物はもう手元には残っていないのです。

 もし、何か欲しいものがあったらご遠慮なくお手紙を下さいね。そのほうが、少し助かるのも本当です。

 今回は、ルークの助言に従って近くの森の中で出会ったエルフに頂いた綺麗なお花をお送りします。魔術に使うこともある植物だと聞いたのでお役に立てば良いのですが。それでは、申し訳ありませんが来月分のお薬をお送り頂けると幸いです。


                                ティーナ



 手紙と共に送られてきた花を手にしながら、クロノスは頭を抱えた。本当に、無知とは恐ろしいというか、何というか。

「この花を手に入れる為に、魔術師達がどれだけの労力をかけるのか、知らないというのは本当に恐ろしいことだ」

 瓶詰めにし、棚に丁寧にしまう。欲しいものを告げないほうが、恐らく彼女たちは素晴らしい物を送り続けてくれるのだろうと、クロノスは今回も薬を瓶に詰める。花の礼だけを書き連ねた手紙と共に送った。

 ふと、棚の中で一等厳重に保管されている瓶が目に入る。

 一見、ただ瓶に詰めてあるだけにしか見えないが、何重にも結界をかけたその瓶の中に入っているのは岩の一欠片。かつて、共に過ごし、そして共に過ごすことの叶わなくなった友の亡骸、その一部である。

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とある英雄の末路 戸崎アカネ @akane1203

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