第36話 都の便り・四

 十五夜の翌日から、都ではまた新しい噂が聞かれるようになった。


 かぐや姫が実は月の都の住人で、ゆえあって人の世へ送られていたのだがこのたび月へ帰ることになったというのは、先日噂されていたことだ。ひそかに彼女と文をやりとりして夢中になっていた若き帝が、彼女の帰還を惜しむあまり、自らの身辺を守る近衛を特別に遣わして阻もうとしたことも、若者の情熱がいかなるものか示す一例として噂になっていた。


 しかしその十五夜、月からの使者は来なかった。代わりに現れたのは、かぐや姫を奪わんともくろみ、月からの使者や帝の兄皇子、大伴おおとも御行みゆきたちを殺して我が身に取り込んだ天狗。兵たちの猛攻に敗れた天狗は庭の桜の木に乗り移り、強力になって兵たちを苦しめた。


 だがそこに、かぐや姫と縁があるという長髪の善良な鬼が駆けつけた。鬼は光輝く弓で桜の木に矢を放ち、宿る天狗を見事に仕留めた。季節外れで尋常ではないこの桜狩りによって、かぐや姫は邪悪な魔の手から守られ、喜んだ姫は鬼とその従者をそばに置くことにしたという――――――――


 どんな御伽噺よりも心躍り、血肉湧き立たせるこの噂は、老若男女も貴賎も問わず都人の心をさらった。好奇心をそそられるあまり、語り想像をたくましくするだけでは飽き足らず、大星の翁の屋敷へ詰めかける者もいたくらいだ。しかし、彼らが見たいのはかぐや姫やその従者というより、彼女を守ったという善良な鬼である。垣間見はいつから女ではなく異形を見ることをさすようになったのかと、それはそれで笑い話になった。


 夜毎月は痩せ、昼に人々が十五夜のあやかし退治を語って日々は過ぎていく。穏やかに、騒がしく、変わりもなく。


 月からの使者は、まだかぐや姫のもとに来ていない。

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