第29話 かぐや姫の物語
月には都がある。国生みの二神から生まれた最後の御子たち――三柱の貴子のうち、二番目に生まれた男神が統べるそこで、後にかぐやと名付けられる彼女は生まれた。
月神の末娘である彼女は、姫君として相応しい振る舞いや教養を学ぶよう周囲に求められはしたが、望めば都へ下りることも、下々の者たちと親しく言葉を交わすことも可能だった。父神が末娘の好奇心旺盛な性質に理解を示し、許してくれたからだ。月の世から出ることこそ叶わなかったが、それでも見渡せる世界は広大である。大自然と月の民の姿や声を見聞きし、吐息を存分に吸いながら、神の娘として、また一人の少女として、彼女は誰からも愛されて育った。
そのように、殊更に人々の目から隠されることなく、月の世の光も闇も眼に映すことができる環境が良かったのか悪かったのか。やがて、彼女につきまとう影が現れるようになった。――――災いの闇、と呼ばれるものの欠片である。
災いの闇がいつから存在しているのかは、はるか古より在る神々であっても正確には知らない。陽女神が末弟の狼藉に耐えかねて岩屋へ隠れたときに現れたのが最初とも、国生みの二神の初子たる蛭子神が捨てられた頃から存在しているとも伝えられている。
確かなのは、世界を問わずあらゆる場所に出没して災いをもたらすだけでなく、欠片を通じて命をたぶらかし、堕落させて己の一部と化さしめること。一度同化してしまえば、魂魄ごと二度と元の己には戻れないこともだ。真なる闇、とも呼ばれる所以である。
月神の娘ともなればその身に宿す力は甚大で、闇に堕とせば災いの闇の勢力は増す。月宮を離れ父神の守護から離れることが多く、悪意を見抜く目が未熟な末娘は、格好の標的だったのである。災いの闇は月の世の住人を装ってかぐやに近づき、言葉巧みに警戒を解こうとした。
災いの闇の企みは月神や勇者たちの手によって阻まれたものの、月の都への被害はけして軽いものではなく、元凶たる災いの闇を消滅させたわけでもなく、危険であることには変わりない。そもそもことの発端は、月神の末娘が災いの闇の欠片に隙を見せたことにある。災いを月の世に招いてしまった者への処罰は月神の義務であったし、彼女自身も罰されることを望んでいた。
そして月神の末娘は、乙女から赤子へとその身の時間を逆行させられ、伯母神の末裔が統べる陽の世、
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