第一章 出会う者
第1話 月下に走るは・一
大小様々な島々で形成されるこの島国は、数百年前から
暁原の都・
この国で何よりも有名なのは、内海側の信仰だ。最短距離なら数刻で到着する、内海に浮かぶ
「――――そういう国で町だもんなあ、ここは。わかってたけどよ……」
姫穂国の宿場町・
長い黒髪を緋色の紐で無造作に束ねた若者だ。深みのある色合いの動きやすそうな身なりをしていて、箸を皿の上に置いた手は大きく、指に胼胝がある。よく鍛えていることはあらわな首筋や二の腕、衣服の上からでもわかる均整の取れた体つきを見ても明らかで、傍らに置いた黒鞘の太刀がよく似合う。
顔立ちは粗野で荒っぽいが整っていて、上背が高くがっしりとした体躯と合わせ、当人の豪快で大雑把な性格をそのまま表している。愛嬌を振りまく大型の野生の獣、というのが賢い幼馴染みや教養深い親友たちの評だった。
仕方ないですよー、と隣に座る小柄な少年は呑気に言った。
「というか当たり前のことじゃないですか。信仰やら風習やらで、行きたい場所に行けないのは。ここに限らず、他の国だって大して変わんないですよ。里から出たことがない御行様はあんまり知らないでしょうけどー」
と、少年はけらけら笑う。黒髪と大きな黒瞳、御行より年少の外見は、愛らしい従者といったふうである。ただ、横に置いた深紅の鞘の太刀は、彼の小柄な体躯にひどく不似合いだ。無理やり持たされているようにしか見えない。
慇懃無礼なこの従者を、御行は当然のように太刀で殴った。二人ともちょうど食べ終わっているので、殴っても支障はない。
「別に馬鹿にしたわけじゃないのにー」
「最後の一言が余計だ。ちょっとは考えてしゃべれちび」
抗議してくる従者を一蹴し、御行は残りの料理を食べ終える。二人のやりとりを見ていた青年――
御行と同年代の、柔らかな印象を与える風貌の持ち主だ。片耳にだけ付けられた、小さな硝子玉を連ねた耳飾りが容姿に華やかな色を添えている。男らしい見目の御行がそばにいるだけに、麻也の優男の外見はより際立っていた。
「……言い方を選べば殴られずに済むと、何回言ったら実行するのかな
「従者の躾だ、躾」
「乱暴ですよー」
またじゃれあいである。麻也はまた呆れの息をつくと、横暴な主と躾がなっていない従者の仲裁を諦め、御行に話題を振った。
「……それで、これからどうするんだい御行。龍の首の宝玉を手に入れるには、まず大渦を越えて神路島へ行く方法と舟を見つけないと、話にならないんだろう?」
「そうだな……」
春日と言いあいになりかけていた御行はすぐに応じ、わずかに俯いて沈思した。
三人がわざわざ姫穂国の明鳥を訪れたのは、内海にある神路島に用があるからだ。四方を取り囲むいくつもの大潮に守られた、内海一の神秘の島。その来歴と不思議は、神話や伝説、絵物語や芝居の形で姫穂国の民ならず、都人にも知られている。そんな島へ行くなんて正気の沙汰ではない、馬鹿だ阿呆だとさんざん言いながらも結局いつものように付き合ってくれるあたり、こいつらも相当暇人で馬鹿だよなあと、御行は口にはしないが感謝していた。
都やこの町で聞いた話によると、神路島は古来から、明鳥の海辺にある
つまり、皇族でも神職でもない三人が神路島へ合法的、かつ無事に上陸できる要素は一欠片もない。だが、御行には、神路島にどうしても行かなければならない理由があるのだ。そのためには犯罪だろうと何だろうと、それが流血沙汰やひどい詐欺でない限り、手段を選んでいられない。危険があるとしても、やるしかないのだ。
顔を上げた御行は、髪を掻いた。
「とりあえず、神職と顔見知りになる方法を探すしかないよな。大渦に巻き込まれずに済む方法は、神職に聞くしかないだろうし。舟は……港で誰かに借りるか」
「うーん、そうなると、神社に忍び込む方法を見つけないと。神社って大きかったり古かったりすると、位の高い巫女さんとか神職の人とかってあんまり敷地の外に出たりしないですし、大抵は神社の敷地に結界を張ってるんですよね。まあそこは麻也様ならどうにかできると思いますけど……神職さんをたぶらかすのは、御行様がやってくださいね」
「説得と言え、説得と」
片頬をひくつかせて御行が訂正すると、えー、と春日は不満の声を上げた。
「たぶらかす、でしょう? 神路島へ連れてってもらうんですから。脅迫じゃないだけましだと思いますけど――――いだっ」
「一言余計だっての」
「……いつも思うんだけど、学習能力をどこに置き忘れてきたのかな、君たちは」
と、程度の低いやりとりを見ていた麻也は冷めた目で見ながら水を飲む。これは日常茶飯事なのだ、誰だって馬鹿らしくなるだろう。
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