匿名惑星になれ果てた地球

ちびまるフォイ

次に戻ってくるのは10000光年後・・・

冬空の星を望遠鏡で見ていた夜。


「おっ、光った。星かな」


星と思った物体はみるみる大きくなり

宇宙船だと気付くのにそう時間かからなかった。


『私はアンドロイド宇宙人。

 この星から"自分"というものを消しにきました』


不思議な超音波は世界全体に響いている。


『みなさん、今日から支給されたマスクをつけてください。

 そして、全員の名前は「あなた」になります。

 逆らった人は粛清します』


「そんな……!」


ロボット声からは慈悲を期待できる余地などなかった。


全員が同じマスクをつけると全員が同じ顔になった。

高性能のマスクらしく声を出せばみんな同じ声になる。


『この星で自分を出すことが不平等の根源です。

 みなさん、平等で平和な世界にしましょう』


「ふざけんなー! よそ者が勝手なこと言ってんじゃねー!

 こんなマスクがあっちゃ、俺の強面が使えなくて商売あがっ」


全部言い切らないうちに宇宙船からビームか飛んできた。

叫んでいたヤクザは消えてしまった。


『我々は個性をつぶしてほしいと言っているわけではありません。

 全員が同じ環境にするからこそ、本当の個性が顔を出すのです』


ロボットの恐ろしい統治がはじまった。


 ・

 ・

 ・


『名前を名乗りましたね。粛清します』


「ぎゃあああ!!」


名刺交換で名前を名乗ったサラリーマンが消える。


『一人称は「私」以外認めません。粛清します』


「きゃあーー!」


うち、と名乗った女が消えた。


『アカウント登録するときの名前は"にんげん"です』


「ぴぎーー!」


小説投稿サイトに登録した男が消えた。

ロボットは名前を名乗ったらどんな場所にでもかけつけて粛清する。


『みなさん、どうして自分を出したがるのですか。

 同じ個性の中にいるからこそ、内面的な個性が見えるというのに

 名前など表面的なところで個性をつけたがる。理解できません』


ロボットはますます厳しく監視するようになった。

ロボットの統治がはじまって1ヶ月すると俺も含め、みんな慣れてしまった。


「そういえば、最後に粛清されたのっていつだっけ」


「今となっちゃなんであんなに自分を出したかったのかわかんねぇな」


「みんな同じ名前になったから、匿名ぽくなって、ありのままでいられる気がするよ」


誰もが同じ顔と声。身長も体型もすべて同じ。

アカウント名も同じ。登録するプロフィール写真も同じ。


映画を見ても自分をアピールするという理由でスタッフロールはなくなった。

作者の意見の押しつけであるとして、小説などの「あとがき」もなくなった。


誰もが自分のアピール場所を失ったが、

数字やIDでは区別できるので不自由は感じなくなってた。


「こないだやってた48番の映画見た? すっごくかっこよかったーー」


「あの22番の俳優さん演技上手よねーー」


映画館前ではしゃぐ女性たちがいる。


「自分がなくなっても、個性が死んだわけじゃないのかな……」


その様子を見ながらふとつぶやいた。

最初はあんなに抵抗していたのに今じゃもう平気になっている。

人間の適応能力の高さを思い知る。


ふと、映画館横を見るとマンホールの中に人が入っていくのが見えた。


「あ! ちょっと! 関係者じゃないのに入っちゃダメですよ!」


慌てて追いかけると中には階段が続き、地下都市へとつながっていた。


「すごい……。こんなところがあったなんて……」



「おや? 君は誰だい?」


聞かれた質問より、聞き方に反応して叱った。


「だ、ダメです!! 人を呼ぶときは"あなた"で統一しないと!!

 自分を出したとして、粛清されちゃいますよ!!」


俺の心配をよそに男は大きく笑った。


「はっはっは。ここは大丈夫だよ。セーフエリアさ。

 検知されないように特別な加工がされているからね。案内しよう」


「え、あの……」


男についていくように地下都市を歩いていく。

今じゃ地上で見なくなった名前の刻まれた石碑や銅像が並んでいる。


「ここに避難させてたんですか……」


「そう。私たちは自己を捨てることができなかった人間さ。

 自分の名前を名乗って、自分の名前で評価されていくことを選んだ」


「そんなことのために、こんな不自由な地下暮らしを……。

 別に自分自身を表現できなくなるわけじゃないでしょうに」


「君に見せたいものがある。これだ」


男が出したのは小さな絵本だった。

地上で禁止されているはずの作者の名前が印字されている。


「どうしてわざわざ自分の名前を……。

 こんなのが地上でばれたら即粛清ですよ!?

 人を感動させるためとかなら、

 名前なんてなくってもいいじゃないですか!」


「そうかもしれないね。でも感動させるためだけに書いているんじゃない。

 僕が死んでも、僕を識別する名前はずっと残るだろう」


「そうですけど……」


「僕が死んでも、僕がどんな思いでこれを書いたのか残したい。

 僕を知っている人が見たときに、僕を思い出してくれるようにありたいんだ」


「自分を……思い出す……」


今、自分が消えたらなにか残るだろうか。


歴史に残す名作を作ることはできても、自分を残すことはできない。

自分の名を見て両親が喜ぶことも、友人が自慢したりすることもない。


ただ作品だけ残り、自分が消える。


それは工場の機械と何がちがうのだろうか。

作り出すだけでつながりはない。


「そうですね、アンドロイド宇宙人に支配されていました。

 きっとあなたたちを地上へと復帰させてみせます」


「君にそんなことができるのかい?」


「まかせてください。奴らは名前を検知してどこまでも追ってきます。

 だからそれを使うんです」


作戦を実行するために地上へ出ると、すでにアンドロイドが待ち構えていた。


『この近くで自己反応を検知しました。

 自分を表現することは禁止されています』


「こっちです!!」


走っても走っても、空を飛ぶ宇宙船はどこまでも追ってくる。

きっと俺から感じられる「自己顕示欲」に反応しているんだろう。


「どこへ行くきだい!? 逃げ切れるわけない!」


必死に走ってたどり着いたのは、

非難シェルターでも特別結社の組織でもなく、俺の自宅だった。


「君はバカか!? なんで追われてるこんな時に自宅に!?

 民家に隠れてやり過ごせるような相手じゃないぞ!?」



『ピピピ。相手を呼称するときは"あなた"です。

 ルール違反を検知。粛清します』


男はしまった、という顔になった。

自由だった地下暮らしのせいで注意を怠っていた。


俺は急いで部屋にある望遠鏡をのぞく。


「こんなときに何してるんだ!?」


男の悲痛な叫びも無視して望遠鏡をのぞきこむ。

宇宙船が近づく音が聞こえる。


「ああ、地上に出るんじゃなかった!!

 こんなよそ者の言葉を真に受けて自由になれると思ったばっかりに!!」


「いいから俺にまかせてください!!」



『ピピピ。違法な一人称を検知しました。粛清します』



俺の家の天井を破壊し、吹き抜けとなったとき真上に宇宙船がやってきた。

もうどこにも逃げ場はない。


『粛清開始』


事務的な声が望遠鏡をのぞきながらも聞こえた。

すんでのところで、ついに見つけることができた。


「見つけました!! 未発見の惑星です!!

 俺はこの星の名前を……山田太郎にします!!」


自分の名前を新発見の星に名付けた。


『ピピピ。名前を検知しました。粛清します!!』



宇宙船はすぐに検知して、俺の名前がつけられた惑星へと向かって戻る事はなかった。

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