語られない物語のためのプロローグ



 翔馬と別れた後のことについて僕は事細かく物語るつもりはない。一つ言えることがあるなら、あれは僕らの終わりではなく始まりだったのかもしれないということだ。


 例えば鈴歌さんは母親に真相を打ち明け警察に出向き罪を償った。結果を言えば彼女の母親は娘に心配されるほど弱い人間ではなかったようだ。気丈に彼女を庇い続けてくれたらしい。井山パパの働き掛けもあって僕たちが思っていた以上に早く鈴歌さんは元の生活に戻れた。


 そして気付かされたことがある。人間はみんな「カケラ」だということだ。良くも悪くも補い合わなければ生きられないのだ。


 事件の真相がわかった後、彼女を悪女呼ばわりし必要以上に非難した連中がいた。仕方ない、世間なんてそんなものだ。だが一方で助けてくれる人もいたのだ。驚くべきことにそれは翔馬の両親だった。彼らは鈴歌さんを恨むどころか息子の残した意志を信じて尊重し逆に鈴歌さんの味方になってくれたのだ。


 自分の子供をそこまで信じられるものだろうか? いや、違う、翔馬が信じさせたのだ。僕は改めて彼の凄さを思い知らされた。生きている彼とじっくり話がしてみたかったと今でも思う。


 そうそう、井山は親との関係の修復を一歩ずつではあるがちゃんと行っているようだ。あの事件以降、楽しげに話す僕たち二人をクラスメイトたちは最初不思議そうに見ていたが、いつのまにか僕たち二人の周りに自然と人が集まるようになっていった。


 あの犬たちもどこかで元気にしてくれているんじゃないだろうか。


 通り魔騒ぎの無くなった無口な街も昔の落ち着きを取り戻している。


 さて、僕がどうなったかと言えばユニが期待してくれたほどの進歩は正直ないような気がする。彼が残してくれた物語、「転がるペガサスとユニコーンパラダイス」の続きも最初はなかなか書く気になれなかった。これはユニにしか完成させられない、そんな思いがどうしてもあったからだ。受験勉強を言い訳に僕は筆を置いていた。


 高校生になると僕は小説を書き始めた。しかしそれは「ころユニ」の続きではなかった。それとは関係ない別のアイデアが浮かんできて無性に書いてみたくなったのだ。


 高校を卒業した僕は小説家を目指し働きながら今も執筆を続けている。実を言うと「ころユニ」を再開したのは最近のことだった。ユニの宿題「ラストシーンをどうするか」にまだ悩んでいたのだ。


 ある日、僕はあの公園で赤ちゃんを連れた若夫婦を目撃した。幸せそうなその姿。何か心に訴えてくるものがあった。そしてそれが次第に形を帯び始めたのだ。忘れないうちに書かなくては。僕はデートを中止されて怒る彼女の手を引いて急いで家に帰った。





 ライオンとクジラが出会ってから数年後、二人は大きな穴を見つけた。そこを死に場所に決めた二人はなぜか穴に掛けてあった長い長い梯子に興味を持ち、下まで降りていった。


 底に到着した二人は驚いた。そこには一人の老人が生きていたのだ。動くことが出来ないほど衰弱していた鷲の頭を持つ彼は二人を見て驚愕の表情を浮かべた。


「な、なんと、まさか、わしの他に生きた人間がいたとは」


「あなたは?」


 ライオンが聞いた。


「わしは偉大なるサンダー博士の弟子の弟子の弟子にあたる。師から受け継いだ研究を完成させるため噂に聞いていたユニの『進化ウイルス』を求めて、ここまでやってきたのだ。ここはかつてペアダイスと呼ばれた場所。私は苦労の末それを発見し、さらに数十年の研究によりやっとそれを完成させた。ところが使うべき相手が最早いなかった。しかし君たちが来てくれた。おお、神よ!」


 ぜいぜいと老人は喘いだ。そして震える手でポケットから何かを取り出した。それはびんに入った何かの薬のようだった。


「神はまだ人間を見捨てていなかった。だからこそこれが完成した。こいつはユニの進化ウイルスを研究し生まれた生殖機能に影響を与える薬だ。これを使えば種の違いを乗り越えて子が出来るようになる」


「子供が出来る! 本当ですか?」


「理論的には間違いない。この目で確認出来ないのが残念だ……、が……」


 そう言って老人は大きくふうっと一つ息を吐いた。それが最後だった。


 穴を出た二人は一か八かその薬を使ってみた。すると数ヵ月後クジラに妊娠の兆候が出た。話で聞いていただけの妊娠という現象に戸惑いながらも二人はそれを待った。


 さらに半年ほど経ったある日ついに双子が産まれた。翼のある男の子と角のある女の子だった。


 ここから新たな人類は始まりを許されたのだ。





 こんな終わり方を考えてみた。科学的にありえるのかという見方をすればビドンじゃなくても突っ込む人がいるだろう。だがこれで良いような気がした。


 これしかないとは思わないが、これが僕の終わり方だとも思った。だが小説を書いている限りユニの宿題は終わらない気がする。僕は生きている限りそれをずっと追い求めるだろう。


 馬鹿でかいウサギを抱いた彼女が横で微笑んでくれる限り僕は小説を書き続ける。





                 (了)





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転がるペガサスとユニコーンパラダイス 蟹井克巳 @kaniikatsumi

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