E1 / 非情なる言葉にもたらされた閃き

 十一月。

 学園祭の公演が終わり、少し気が抜ける時期がやってきた。

 でも、二人芝居は出来上がっていなかった。

 初めて結構長い台詞のある役を与えられたからか、今まで書き上げてきた自分の脚本の問題点の多さに愕然としてしまった。


 脚本全体を手直しした上で、結末を考え続けていたせいで、まだ形になっていなかたのだ。和月も未だに妥協を知らず、何度も一緒に話しては実際に動くことを繰り返していた。



「最近、和月が冷たくて……暇になったからたくさん構ってもらおうと思ったのに」


 部活棟の屋上は、少しだけ雪が積もっていた。

 有終の美を飾ったはずの登馬先輩は、憔悴しきっていた。


「そ、そうですか?」


 何をそうですかなどと質問しているのだか。

 確かに和月の口から、『とーま先輩』という言葉はあまり聞かなくなった気がするのは確かだ。

 だがそれ以前に、和月から登馬副部長が好きだという相談は受けたことがない。和月の中では登馬先輩への想いは誰にもばれていないという設定なのかもしれないのだ。

 だから、意識して言わなくなったのかもしれない。


「実は……もう二学期が始まるくらいの頃に焦れてしまってね、和月に話があるって伝えたんだよ。ケレン味たっぷりに、もうどう考えても愛の告白でしょって具合に」

「そ、そうですか……それで、和月は?」

「二人芝居が完成してから……だってさ。それで進み具合を宮元に質問したくて来てもらったんだけど。何かいってなかった?」

「い、いえ」


 それどころか、和月の態度に何の変化も見て取れなかった。

 和月はいつも行動が大げさだから、何かあったらすぐに態度に出てしまうはずなのに。


「ふーん……ねぇ、宮元。リクの役、譲ってよ」

「い、嫌です! あ! ご、ごめんなさい」


 自分の口から出てきた言葉が信じられなかった。

 嫌だ。ただ、嫌でしかたがない。今感じている感情は間違いなく、怒り。

 尊敬すべき先輩の軽い冗談に、体中の血液が一気に沸騰したどころか、油と化して更に温度を上げ続けていた。


「冗談。そんなににらまないでよ。でも、ちょっと本気かも」

「あ、いえ、すみません」


 にらんでいるつもりはなかった。

 どうやら、ここにいる二人は、森守和月にかなり絆されてしまっているらしい。


「ふ、副部長は、和月が、そんなに好きなんですか?」

「好きだよ……ああ、この答え方では納得しないね」


 心臓が跳ねた。

 この人はやはり、自分の思っている上を行く。


「……好きだよ。たとえ和月が他の人を好きになっても、絶対に奪ってみせるし、和月がどうしようもない奴になって何度浮気しようが、二番目、三番目にされたっていい。必ず一番を奪い返す……どうかな? 宮元祐鶴」


 全身が、切り刻まれた。目の前の人物に、自分は殺されたのかと錯覚するほどに。

 登馬景という人物の激しさを、今初めて知った。

 和月を深く愛しているという想いを鋭いナイフに変え、ライバルたり得ない小物まで切り刻む。

 なんて残酷な人物なのだろう。


 憎い。この人が憎い。

 和月の時間を独占しているからといって、ここまで人のえぐりにかかるかかるとは。

 絶対に許せない。でも、許さないといけない相手だ。

 森守和月が、この人物に恋をしているからだ。


 森守和月も、少しだけ憎い。

 これほどまでに深く想われているのに、何故登馬景を受け入れることをためらってしまっているのか。

 自分に気持が傾いているのではないかと、期待してしまうではないか。


 脳内で、物語が組み上がっていく。

 エピローグとその先までの脚本が、急速に形になりつつあった。

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