C3 / 熱と氷
書いた作品を目の前で読まれるのは二度目の経験だ。
登馬副部長に呼び出された店は、古風な喫茶店だった。
曲線の多い木製家具に、飾られた銀器が光を放つ。そして、古さを感じさせる雑音の多い音楽が、居心地の悪さに拍車をかけていた。
飲み物は学割価格で思いの外安いのだが、もう少し大人にならないと一人で来れそうになかった。
「笑いの要素は無しにするの?」
「は、はい」
「キャラ名の由来は? 出来れば『リ』と『レ』で始まるのは聞き間違いやすいから、変えた方がいいんだけど」
「え、ええと、それはドイツ語の右と左をモジっていまして」
「そう。こだわる理由があるならいいよ。しかし、ヒーロー物の素養がないとちょっと分かりにくいかも。まあ、大体誰しも見たことはあるから大丈夫かな……落ち着かない?」
浮き足立っていることに気付かれてしまったらしい。
「あ、あの、はい、ちょっと」
「ごめんね。でもここが好きなんだ。それにしても、脚本が初めてとは思えないね。和月がよこしてきた本はその、熱意の塊だったから、宮元みたいにいい氷がいてくれて良かったよ」
歯の浮くような台詞を平気で口に出す人だ。
『熱意の塊』か。
見所を詰め込みすぎという大きな欠陥を、柔らかい言い方にしたものだ。
「ん? 何? あまり顔を見つめないで欲しいな」
「あ、ごめんなさい」
「顔を見つめたことについて謝罪なんて求めてないよ」
まだ脚本になっていない後半のプロットを、登馬副部長が読み進めていく。
「しかし、考えたね。怪物スーツを着る寝袋で作るなんて。でもヒーローのスーツはすぐに着替えられないけど?」
「は、はい。それは森守が考えたんですけど、変身ポーズを取ったら暗転させて、どちらかが怪物のスーツを着て、暴れているシーンで場を繋ぐんです。そこに変身したヒーローが駆けつけるようなシーンにしようかと」
森守は演出の天才だと思う。なんとか二人で乗り切れるはずだ。
「なるほど。でも殺陣の時間を長く取ると、台詞の録音と編集がなかなか大変だね」
「え? そんな予定ないですけど」
副部長さんが小さくため息を吐く。
「そっか。和月も被り物は初めてか」
初めて。とはどういうことだろう。
和月のことを前から知っているのだろうか。
「顔を覆った状態で台詞なんて話せないよ。それに、着ぐるみを着たら台詞に合わせて身振り手振りを加えないと、お客さんはナレーションなのか、演者がしゃべっているのかピンと来なくなるんだ。まぁ、ヒーローの中身は和月に任せればいいよ。特撮マニアだからね」
「は、はぁ」
これは、思った以上に大変だ。
A4の紙は、修正され過ぎて朱に染まりそうだった。
演じるのは恥ずかしい上に恐ろしいけれど、副部長さんがバックアップしてくれて、何より森守和月が相方として居てくれる。
この二人がいてくれれば、何もかも上手くいく。そんな気分さえしてしまう。
「ここまでで質問は?」
「あ、あの、和月……森守のこと、前からご存じなんですか?」
思わず、思っていた疑問を口にしてしまった。
「え? 演劇の質問はって聞いたつもりなんだけど……まあいっか」
副部長さんの目尻が少し下がり、優しい表情に変わった。
とても良い記憶を紐解いているように見えた。
「……ストーカーなんだよ、和月は」
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