C1 / スーツアクトと破壊衝動

 衣替えの時期が近付いても、二人劇は完成の見込みすら見えなかった。


「がぁ! うがぁ!」


 自分なりに、怪物の動きを頑張ってはみているのだが、和月から合格点はいつまでももらえなかった。


「何その動き? 全然破壊衝動を感じないよ!」

「は、破壊衝動?」


 和月の指示はたまに酷く曖昧だ。

 実際に、自分の思う怪物の声を出して動けという指示は役に立った気がする。

 思いっきり声を出した方が、勝手に身振り手振りも付いてきてダイナミックになるのだ。そのドがつく基本の理屈は分かるのだが、照れが動きを小さくしてしまう。


「祐鶴! お前は虎だ! 虎になるんだ!」

「怪物でしょ」

「そうとも言う!」


 熱血なのかふざけているのか。

 和月との練習はいつもこんな具合だ。


「も、森守」

「和月だよ相方! 和月とお呼び!」


 互いに名前で呼び合う相方になろうと決めたのは、数日前のこと。

 少し照れるが、異存はなかった。


「ぶはぁ! 暑い!」


 怪物の衣装は四肢が分かれた、いわゆる寝袋を改造して作ってある。

 これの便利なところは、自分で着て内側からチャックを上げられるところだ。着るのも脱ぐのも十秒程で出来る。

 その代わり、寝袋だけに保温性抜群だ。


「汗まみれの祐鶴……そそるねぇ」

「な、何言ってんの」


 頭から面下を剥がされ、スポーツタオルでぐいぐいと頭を拭われる。

 タオル越しに見える和月の顔から目が離せない。


「和月も休みなよ」


 和月は小さく首を横に振ると、細い体にぴたっと密着するヒーロー用のスーツを着込んだ。

 そして仮面をかぶり、慣れた手つきで左右のバックルを留める。

 数代前の先輩が、ヒーローショーのバイトでもらい受けた本物らしい。

 一度付けさせてもらったけれど、密閉性が高く、視界も狭かった。

 舞台に見立てた部室の教壇に、仮面のヒーローが立つ。


「さぁ、お前の罪を……」


 くぐもった声がマスクから響く。


「その台詞は駄目」

「ちぇー」


 一応、釘を刺す。

 アドリブでも有名な決め台詞を使っては駄目だ。


 隅から中央までダッシュし、急停止。

 そこにはバミりテープと呼ばれる位置を知らせる蛍光テープが貼ってある。舞台のちょうど中央。怪物とヒーローがぶつかり合う場所だ。


 マスク越しに床は殆ど見えないのに、舞台左隅のバミりテープと、右隅のそれへと演技しつつ到達する。


「和月、もう休みなって」


 絶対に聞き入れてくれないのは分かっていても、声をかけてしまう。


 和月の練習は鬼気迫るものがあった。自分という素人を引っ張りつつも、出来映えに妥協しない。まるでこの演劇に、何か思うことがあるかのようだ。


 でも、それを追求する気にはなれなかった。

 この演劇がうまくいったら、想いを打ち明けるようなことをするつもりだろうか。


 本当に、理想のキャラクターそっくりだだ。

 身の丈に合わない相手に恋をするところまで再現してくれるとは。



「手伝うことはあるかな?」


 いつの間にか部室に入ってきた副部長さんが、優しい笑顔を浮かべていた。

 和月の動きが止まった。


 忙しいのにわざわざ来てくれて、二人きりの時間を邪魔してくれる。

 演劇部にも全国高等学校演劇大会という全国大会がある。そのブロック予選は七月には始まってしまうのに。


「とーま先輩! タテ練習手伝ってください!」

「疲れてるんだけどなぁ……仕方ない。ビシビシ駄目出しするよ」


『殺陣』。

 漢字は恐ろしいが、いわゆる格闘シーン全般を指す言葉だそうだ。

 副部長さんも、新人二人にやたらと時間を割いてくれていた。自分の練習も忙しいのに。


「とーま先輩、この蹴りで仕留める感じを出したいんですけど」

「分かった。それは怪物の動き次第だよ。怪物側は蹴りを受け止めたら、ゆっくり膝を突いて倒れる。倒れる時は手を付かずにね。ただ、アゴを打たないようにしっかり引いておくこと……宮元、聞いてる?」

「は、はぁ」


 登馬副部長の言葉は、あまり頭に入ってこなかった。

 二人の息の合った殺陣に、御しがたい嫉妬を覚えてしまう。


 再び舞台上で戦いのまねごとを始めた二人の演技の世界に、割って入る余地は無かった。

 ああ、割って入りたい。

 思い切り二人の仲を引き裂いてしまいたい。

 そうか、これが『破壊衝動』か。

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