B2 / 変身
「どう? この作品すごいでしょ?」
「……え!? ええと……うん」
しまった、集中しすぎて部室にいることすら忘れてしまっていた。
最後の数話は演劇部の部室に集まって二人で見ようと約束して、今日こうして実行していたのだ。
こんなに近くに理想の相手がいるというのに、作品の方に心が奪われてしまうとは。
とんでもない作品だった。
子供が見れば、スーパーヒーローが悪者を倒す作品に見えるだろう。
だが、年を重ねてから見れば、この作品の深く強烈な問いかけが心に迫り来るように作ってあるのだ。
いや、そんなことはない。
きっとこの作品の問いかけは、小さな子供達の心にもきっと響くことだろう。
こんな作品をベースにしなくてはならないなんて。少々どころか、かなり荷が重い。
「え、ええと、あの脚本、見てくれた?」
もう既に目は通してみているが、一番陥ってしまいがちな罠にはまった脚本だった。
見所にしたい部分を詰め込みすぎているのだ。
「ど、どうだった?」
敢えて厳しくすべきなのか、それとも優しく諭すべきなのか。難しい舵取りだ。
「ええと、み、見所を一カ所に絞ろう。十五分しかないから」
「う、うん! どこがいいかな?」
顔が近い。
同じ年齢とは思えないほど顔が小さかった。
「あ! ねぇねぇ、一緒に変身ポーズやってみようよ」
「え? 今?」
「お願い! どうせ一緒にやるんだからさ!」
『一緒に』。なんて、胸を熱くさせる言葉なのだろう。
そう言われてしまったら仕方ない。
手近に置いてあった小道具のハットを被ってみる。
「えへへ! なんだかんだノリノリなところ大好きだよ!」
ああもう。
なんて可愛い顔でなんて可愛い事を。
この瞬間、どちらがどちらのキャラクターを演じるか決まってしまった。
和月が過去を失った不思議な天才青年役、そしてハットを被った自分が、辛い過去を持つ青年役だ。
少し背が低い森守和月に合わせるために、少し広めに足を広げて横に並び立つ。
「変身」
「変身」
照れが抜けず、少し和月の声に遅れてしまった。
「くぅぅ……! 楽しいなぁ! もう一回やろ! 今のタイミングだと変身できないよ!」
「小学生か!」
「それを言うなら幼稚園児か! だよ」
「自分でそういうこと言う?」
和月の無邪気な笑顔は大げさに言えば、百度を超える熱を帯びているかのようだ。
耳の奥が、その熱で炙られる。
気を取り直して、和月の横に並ぶ。
「「変身!」」
今度はタイミングが合った。
「うん! 今のは変身出来たよね! ……あきれた顔しないでよもう!」
「し、してないよ」
「ならもう一回!」
「えぇ……?」
嬉しいような、恥ずかしいような気分がない交ぜになってしまっているんだ。
そんな恥ずかしい心の内を読まれたくないんだよ。
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