B1 / 早過ぎる依頼

 結局、新入部員で残ったのは二人だけだった。

 来る日も来る日も唯一の完全素人である自分だけ、先輩にひたすらしごかれ続けた。

 ダンスや基礎トレだけならまだしも、発声練習と喜怒哀楽を身振り手振り込みでさせられ続けるのはなかなかの苦痛だ。


 まったくもって、大誤算だった。

 もう少し深く考えていれば予想出来たことなのに。

 この高校はマンモス校といえる程の生徒数は誇るが、演劇部は二十名弱しか部員がいない。

 少ない人数で何もかも兼務しなくてはならなかったのだ。

 しかし、昨日出来なかったことが出来るようになる度、少しずつ森守和月に近づけているような気がした。


 しかも新人の登竜門として、新入部員だけで演劇をしなくてはならないと言い渡されてしまった。

 経験者一名と素人一名で、十五分間の劇をやれというのだ。

 演目は自由。公演日は初心者が一名いるため、準備出来次第。これはもう、覚悟を決める他なかった。

 そう思った矢先。


「あのさ、脚本、書けないかな?」


 申し訳なさが全面に出た、小さな声だった。

 しかし、和月の願いは鼓膜から大脳皮質を焼き、全身の神経を燃え上がらせた。

 全作品に『★』が三つずつしか付いていない駆け出しには時期尚早過ぎる。

 もちろん、その内書いてみようとは思っていたけれど。

 その思いとは裏腹に、自らの口から出たのは森守和月への色よい返事だった。


「特撮物にしたいんだけど……どうかな?」


 和月の提案は、思いの外簡単そうに思えた。

 児童向け演劇ということだろう。この程度なら駆け出しウェブ作家にも書けそうだ。


 了承したその翌日には、森守和月自身が書いた習作の脚本と、とある作品のブルーレイボックスを渡されてしまった。

 それらをベースに書いてくれということらしい。

 渡された袋から現れたのは思った通り、子供が見る特撮番組だった。

 小さい頃は親が厳しくて、テレビなんて見させてはもらえなかったから、特撮の知識なんてまるでないし、興味もなかった。

 今では有名な俳優の出世作なんだそうだけど、四十話ほどある子供騙しを見なくてはいけないとは。これは苦行になりそうだ。


「え……?」


 自分の部屋のノートパソコンで再生を始めて数分。

『子供騙し』という言葉は、すぐに撤回した。


 過去を失った青年と、辛い過去を背負う青年。

 二人の青年は互いの肩を触れあわせ、体の前に腕を出して一つずつVの字を描くと、それは『W』の文字になった。


『変身』


 二人が声を合わせてそう唱えた瞬間、片方の青年が意識を失って倒れ、もう一人の青年は全身が、艶のある緑と黒が半々の硬いスーツで覆われた姿に変わった。

 子供向けとは到底思えないような恐ろしい見た目の着ぐるみや、CGの化け物達が襲いかかる。

 回を重ねるごとに、怪物達は元々は善良な人間であったことが明らかになり、その心の闇に漬け込む真の敵の恐ろしさを深く印象づけた。

 気付けば毎日、寝る間も惜しんで見続けてしまった。

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