A2 / 理想像は往々にして

 小説の中の森守和月、すなわち自分が作り出したキャラクター像は、現実とはやはり違う点がたくさん見え始めた。だが、それは良い意味でだった。


 小説の中ではバイトに精を出したり、生徒会で粉骨砕身したりしつつ、手の届かないような相手と恋に落ちるという、なんともよくある話が定石だが、現実の森守和月は、それ以上の元気さを必要とするかのような部に所属していた。


「あの、宮元はもう演劇部入る予定ですから大丈夫です!」

「え!?」


 森守和月が突然そんなことを言ったのは四月の半ば。

 部活動参加必須だとはつゆ知らず、どこの部にも所属していないことを生徒会役員を名乗る先輩にとがめられている時だった。


「ほーう。ならさっさとこれ書け。手間取らすんじゃねーし宮元……ゆうつる?」

「え? は、はい! ゆづると読みます」


 生徒会を名乗っているのになんて横柄な人なのだろう。

 どうやら、本当に所属するよりないらしい。


 でも、渡りに舟というものだった。

 森守和月と一緒の部活だ。しかも、本人に望まれて。

 この知り合いが一人もいない学校で、唯一出来た友達の尻を追いかけるみたいに、演劇部に入りたいとは言い辛かったのだ。


 当初所属しようと思っていた文芸部は硬派すぎて、『ライト文芸』を理解してもらえるとは思えなかった。

 その点、自由な作風の劇が多いというこの高校の演劇部は自分に合いそうだった。

 コメディを書けるかは分からないが、挑戦してみたい。

 たとえ脚本担当になれなくても、演劇は演者以上に裏方がいると聞いたことがあるから、役者にされてしまうというリスクは無いだろう。


「ごめん、まさか本当に入ることになるなんて……ふふ!」

「笑いながら言わないでよ……ま、まぁ、困っていたからいいけど」

「えへへ、部活も一緒なんて嬉しいな!」

「そ、そう?」


 同意する。本当に嬉しいよ。

 森守和月の笑顔をずっと近くで見ていられるなんて。


「そりゃそうだよ。高校唯一の友が一緒の部活なんて最高だよ!」

「え? 同じ中学から来た人いないの?」

「うん。ここから遠い私立だったから」


 なんだ、自分と状況が似ている。

 この高校へは演劇部目当てに来たらしい。こんなにレベルの高い学校に、演劇部のためだけに受験を突破したなんて、さすがは自分が想像したキャラクターに似ているだけあるというものだ。

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