W - ダブル
アイオイ アクト
A1 / 暴走する脳と内臓
古くさい学校だった。
校舎も、昇降口も、階段も、廊下も、教室も、机も、椅子も。
第一志望を越えた第零志望ともいうべき高校に受かったというのに、新鮮さがまるでなかった。
入試の時は緊張していたからか、それともここに入学するつもりがなかったからか、周りなんて一切気を配っていなかった。
モダンなデザインの校舎で、斬新な小説を奏でて、文学仲間と語り合いたい。
勝手気ままに抱いていた幻想は、見事に潰えた。
だがその失望の渦中にあっても、希にだが、世界は人を救い出してくれることがある。
それが、奇跡と定義されるものだろう。
「そのサイト何? あ、おはよう! 初めまして!」
元気のいい挨拶とともに唐突に肩を叩かれ、振り向いた瞬間、崩壊した。
目に映った人物によって、現実と虚構の垣根が崩壊した。
視覚からより多くの情報をかき集めようと、瞳孔が大きく開いた。
極度の興奮状態に陥った脳より誤った指令を受けた心臓が、レッドゾーンを大幅に超過する速度で動作し始めた。
知れ、早く知るんだと、脳がわめき散らす。
相手の姓を、名を、好みを、自分という存在のどこが気になって声をかけたのかをと。
「へぇ……こんなに画像がないサイト初めて見た」
知り合いが一人もいない教室の中、暇を持て余して小説サイトの管理画面を開いたのは失敗だった。いや、この人物の気を惹いたという点については幸運とであると言うべきか。
「え!? これ全部自分で書いたの!? すごすぎるよ!」
「あ、あの、少し声のトーン落としてくれると」
「え? そうだね。あ、
「えと……
自己紹介もそこそこに、森守和月は再びスマートフォンの画面に釘付けになってしまった。
自分が書いた小説や詩を、目の前で夢中で読まれてしまう日がやってくるとは。
感じたことのない気恥ずかしさに褒められるこそばゆさが加わり、脳の暴走に拍車がかかった。
森守和月は、本当に実在の人物なのだろうか。
柔和な顔に少し長めの飾り気のない髪。細い体から、抱えきれないほどのエネルギーが溢れ出しているかのような存在。
それはまさに、自分が毎日夢想している恋愛小説のキャラクターそのものだった。
担任教師の挨拶中、『新しい応援コメントが……』、『新しいおすすめレビューコメントが……』という通知が引切りなしに届いた。
小説サイトのアカウントをわざわざ作ってくれるとは、見上げた行動力だ。
下校時刻になる頃には、長編を除いた全ての作品に、初めての星が三つずつ付与されていた。
それはとても嬉しいことだけれど、これらの作品は全て折を見て削除しなくてはならない。
全て、あまりにも出来の悪い偽物の恋であることに、たった今気付いてしまったからだ。
昨日まで書き連ねてきた『恋愛』というタグを付けた作品達は、全て何のリアリティもない駄作に転落した。
今抱いているこの想い。これが恐らく、本物の感情。
駆け出しWeb作家みやもとゆづる(本名をひらがなにして活動中)はたった今、生まれ変わった。
早く。早く何か書かなければと、心が急いていた。
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