III - 19
ビルの高層階の小洒落たレストランに連れて行かれた。
制服のまま、着替えなくていい、という父親の台詞の理由が一瞬で分かる程度には高そうな店だった。赤い絨毯の毛足が長く、歩くと足音が吸い込まれる。テーブルの上にグラスが置かれ、水面に浮いた球形の蝋燭が灯りを灯している。高い天井には豪華に飾り立てられた照明がぶら下がり、オレンジの光を散らしている。
虚飾的で、飾り立てないと窒息してしまう人々が作ったようだ。
なにもかもが過剰な気がする。
「七時から予約の、木戸です」
父親が言うと、ウェイターが僕らを窓際の席に通した。
壁が全面ガラス張りになっていて、夜景が見下ろせる。
座ろうとすると、ウェイターが椅子を引いて客が座るのを待つ。
上着を脱ごうとすると、ウェイターが後ろでそれを受け取ろうとする。
椅子くらい自分で引けばいいし、上着くらい自分で脱いで掛ければいい。
四人掛けのテーブルに、真っ白いナフキンや装飾のついた銀のナイフやフォークが並ぶ。
居心地が悪かった。
僕はポケットの中でアーミーナイフの刃を繰り出しては指先で撫でる。
この面会が何になるっていうんだ。
僕も、父親も、お互い好きにすればいい。
お連れ様がいらっしゃいました、とウェイターが言い、僕と父親の前にある椅子を引く。
テーブルの上に手が見えた。四十代、もしくは、三十代かもしれない。父親の再婚相手らしい女の手。指が細くて肌が白く、それなりに綺麗だった。手の持ち主が柔らかい仕草でゆっくりと椅子に腰掛ける。
再婚相手、というからには独身なんだろうが、その割には若くて整った顔をしていた。
離婚したとか、未亡人とか、そういうことなんだろうか。
父親の再婚相手、ということはこれが義理の母親になるのか。
やあ義母さん。
冗談だろ。
「いつもお父さんにはお世話になってます」
女が僕に笑いかけた。
こちらこそ、父がお世話になってます。
そんな社交辞令の定型文を口にする柔軟性も社会性も僕には欠如している。
父親のことを言われても、何も言えない。
答えようがない。
「はじめまして」
そう言って、女がもう一度僕に笑いかけた。
その隣に紫苑が座った。
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