III - 18

 僕が助手席に座ると、車が立体駐車場から滑り出した。


 父親の運転は急アクセルと急ブレーキが多くて、火付け屋のドライバーの方がよっぽど腕がよかった。赤信号で止まるたび、青信号で進みだすたび、がたん、と車が揺れた。車内に染み付いた煙草と芳香剤の酷い匂いも相まって酔いそうになる。


 不快な沈黙だった。

 僕がカーラジオの電源を点けると、ラジオは英語のポップスを垂れ流していた。断片的に歌詞が頭に飛び込んでくる。僕が独りの時。きみと共に。共に歩く。僕は。きみが。きみだけが。云々。くそ。

 横断歩道でもないのに赤信号で止まった車の合間を女二人が走っていく。

 くそ、と父親が悪態をつき、それが父親の話のキックになった。


「お前、最近どうしてる」

「普通にしてるよ」

「お前が泊めてもらってる友達、ご家族はどうしてるんだ。迷惑じゃないのか」

「父子家庭の単身赴任。迷惑じゃない」


 僕の嘘は滞りなく流暢に口から滑り出た。

 今考えたような嘘なのに自分の状況に似ているのが嫌になる。


「そうか。でも、お世話になってるなら、今度、何か持っていきなさい」


 一方、父親の話し方は変なバランスでできていた。

 子のことを何も知らないのに、一般的な親が子に話すように努めているせいで、作り物くささがあった。一言一言が台本の台詞のようで、下手な演技をしているように響く。それが居心地が悪い。

 僕は相手をなんと呼べばいいのかすらわからない。

 親父。お父さん。父さん。

 どれも違和感がある。


 そこに、唐突に父親が切り出す。


「父さんな」父親が言う。この人の一人称はそんなだっただろうか。僕は思い出そうとするが思い出せない。「再婚しようかと思ってな」


 僕は思わず笑いそうになった。

 それで?


「お前の意思も確認しないと、と思ってな」


 それで?

 それは、どうして、急に?


「お前、最近家に帰ってなかっただろ。だから話す機会がなくてな」


 どういう返事を期待してるんだ?


 父親の台詞はテンプレート的で作り物じみていて、デモンストレーションの儀式のようだ。どこかで見たドラマの下手な物真似だ。とってつけたような父親の台詞は全部作りものじみている。ずっと会わせようと思ってたんだけどな、と台詞が続き、僕はカーラジオの音量を一つだけ上げる。


 父親の台詞、カーラジオ、窓の外の風景、喧騒、全部同様に無意味に響いている。

 カーラジオが意味のない言葉を吐き出し続ける。

 ありがとうございました、いまお聴き頂いたのはラジオネーム・エックス98000さんとモンゴメリさんからのリクエストで、えービヨンドアンドアバヴのアルバム

父親。外で知り合った人でな、家も近いんだ

では今週のお題は、日常で絶妙~にイラッと来ること、たくさんお便りいただいております、ありがとうございます、まずはラジオネーム・ケンちゃんのママさんの息子の父の妻さんから頂きました、ありがとうございます、もう誰が誰だかっていう

貧しい子供たちに小学校を。街頭に並んだ高校生が募金を呼びかけている。

もっと早く知らせたかったんだが気持ちの整理もあるだろ

無意味な開発で破壊された山々、森々が。市民団体の老人が叫んでいる。

むこうの子のこともある

どこかで何度も何度もクラクションが響いている

ということでまだまだメールは頂いておりますが残念ながらコーナーのお時間が来てしまいました、今回メールが採用された方には番組特製ハンドタオルをプレゼントし

今日もどうしようかと思ってたんだが

駐車券をお取りください

トシは近いから

それではリクエストコー

                  

 ラジオが切れてエンジンが止まった。


 どこかのビルの地下駐車場に車が停まっていて、ダッシュボードの上に黄色い駐車券が横たわっている。駐車後一時間まで無料、当館内でのお買い物でさらに三時間無料、と印字されている。


 時計を見ると三十分近く車に乗っていたらしかった。一八時三五分。


 くだらないことでも時間だけは過ぎていく。


 紫苑はどうしてるだろう、と思った。

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