III - 17

「……久しぶり」


 僕は言った。


 父親はスーツ姿のまま椅子に座って僕を待っていた。

 顔は前回見たときと変わって見えない。

 たぶん、普通の、特徴のない顔。まだ小さかった頃の僕が、そっくりだ、と周りの大人に言われた顔。馴染みの顔でもなければ、見ると落ち着く顔でもない。ただの普通の中年の男の顔だ。何の感想もない。

 僕はこんな顔をしてるのか?


「飯、食いに行くぞ」


 父親が言った。

 僕は曖昧な相槌を打つ。


「それは、どうして、急に」


 父親が眉をわずかに動かして止まった。


 思わず身体が緊張し、僕は自分の身体への刷り込みが嫌になる。一瞬で父親の癇癪のことを思い出す。きっかけは大抵些細なことで、どんなことでも癇癪のきっかけになる。不快そうな表情を見せたと思ったら、次の瞬間には手近なものを投げ、叩き割って、喚き散らす。誰のおかげで飯が食えてるかを考えろ、お前らは俺のおかげで生きてられるんだ。

 母親は出て行き、父親の言葉が正しいことを証明するかのように自殺した。

 自殺するなら出て行かなければいいと思うが、たぶん、死ぬほど嫌だったのだ。

 僕は解錠を身に着けて、他人の部屋で時間をやり過ごすようになった。

 そんな今でも、父親が不機嫌な素振りを見せるだけで身体に緊張が走る。


 くそ。


「親と飯を食うのが嫌なのか」


 父親がまた言った。

 今となっては、親イコール父親だ。僕はその親と飯を食うのが嫌だった。

 話すことなどない。


「嫌、じゃないけど……」


 僕は思わず答える。


「けど、なんだ」


 答えない。

 短く父親が息を吸い込んだ。

 僕は身構える。


「出かけるから、用意しろ。着替えなくていい」

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