III - 07

 コンビニのパンで朝食を済ませて学校に向かった。

 紫苑と別れて入った教室には相変わらず自分の居場所がない。


 皆仲良さげにどうでもいいことを話している。もう季節が冬に差し掛かっているという話。国会議員が不倫をしていたという話。ネットで話題の動画の話。その他。色々。


 話題と話題、グループとグループとの谷間にぽつんといるのが僕だったが、心底どうでもよかった。目立たないようにゆっくりと教室を見渡すと、窓際の席に岸田が座っているのが見えた。岸田は一瞬だけ僕を見たが、特に何も言わなかった。


 昼休みになると屋上に出て、冷たい空気に紫苑が小さく身震いするのを横目に昼食をとる。


 グラウンドでサッカーボールを追って生徒が右に左に走っている。

 岸田は僕がここでこうしていることも知っているんだろうか。

 岸田。火点け屋。

 なんとなく、僕が鍵を開けて火を点けた家のことが知りたいと思ったが、車で右から左、左から右に運ばれただけの僕にはあの家のことを調べる手段はない。少し調べるのが難しいと途端にいろんなことがどうでもよくなる。


 ポケットの中でアーミーナイフの刃をカチカチと鳴らし、指の腹で鈍い刃を撫でる。


「ねえ木戸くん、もしきみがよかったら、私、お弁当作ろうか」僕が上の空になっていたように見えたのか、紫苑が呼びかけるような声で言った。「家に置いてもらってるからさ、ちょっとくらい役に立とうと思うんだけど、そういうの、きみは嬉しいかな」

「まあ、嬉しい、と思う」

「そっか。ちなみに、嫌いなものとかある?」

「生たまねぎ」


 何かがツボにはまったらしく、紫苑が可笑しそうに笑った。


「生たまねぎかぁ、随分とピンポイントだね、了解」


 僕はポケットの中、指先でナイフの刃を撫でる。

 教室に帰ると朝から変わらず岸田がいて、岸田は誰とも交わらずにいる。

 お互いに何も言わないまま夕方になった。

 一日の授業がすべて終わり、椅子を引く音で教室が満ちる中、


「用がある」


 いつの間にか傍に立っていた岸田が言った。

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