第21話
腹が八分に満たされると店員に会計を告げて、眠っているパツコの傍にある鞄に手を突っ込み、落ちついた色の皮財布を取り出した。料理名が連〈つら〉なった高額の伝票を渡されると、ペイタは爪楊枝で歯を掃除しながらカードで支払いを済ませた。
レシートを丸めてテーブルの下に捨て、財布を鞄の中に戻し、「おいパツコ、腹一杯になったから店を出るぞ」ようやくパツコを起こしにかかる。
「へえ?」目の虚〈うつ〉ろなパツコは火照った顔をあげる。
「おら、ぼんやりしてねえで行くぞ」
ペイタは立ちあがり、パツコの両腋を抱えて身を立たせてから、何気なく鞄を手に取った。頭を揺らしてぼんやり突っ立つパツコに鞄を渡すと、ペイタの腕を両手につかんでもたれかかった。
「ペイタお会計は? 食い逃げしたら捕まっちゃうよ」ペイタの腕に顔を埋めて、たどたどしく話す。
「ああ? おまえが寝ている間にとっくに済ましたぜ」そう言うと、ペイタは歩き出す。
「そうなの? ありがとねペイタ」顔をあげずに返事して、眼を閉じたままパツコはペイタの体について歩いた(フフフ)。
店の外に出て、二人はペイタの家へと歩いた。パツコは覚束〈おぼつか〉ない足取りを補助してもらうよう、ペイタの腕に縋〈すが〉りついて歩く(フフフ)。ペイタは鬱陶〈うっとう〉しそうな顔をしている(世話ノカカルヤツダ)。
「ペイタの腕臭い、マムシの吐息臭い」吹かれて飛んでしまいそう表情を浮かべて、ペイタの腕に頬を擦りつける。
「なんだよマムシの吐息って? くせえなら離れろよ」ペイタは腕を振ってパツコを剥がそうとする。
「マムシはマムシだよ、赤とか青とか緑とか、色々いるでしょ? 知らないの? ペイタの腕は赤マムシの口臭って感じだね、もう最悪の臭いだね」パツコは鼻で大きく息を吸い込む仕草を見せる。
「最悪なのはてめえの股の臭いだ」ペイタが前方を見て言う。
「わたしの股は木犀〈もくせい〉の香りだよ、ペイタのようなラフレシアじゃないもん。『あらパっちゃん、今日もお股がスペクタクル』って、会社の掃除のおばさんによく言われるもん。昨日も夢の中で言われたもん」パツコはスカートの上から股間に触れると、ペイタの鼻に手を運ぶ。
「おめえはカラーボールくせえんだよ」パツコの手をつかみ、眼をひん剥いて匂いを嗅ぐ。
「ペイタは目だけじゃなくて、鼻もおかしくなったんだね、ご愁傷様。ねえペイタ、家に帰ったら一緒にお風呂入ろう、わたしがペイタの体洗ってあげる。こんな体にこんな臭いを染み込ませていたら、とても女の子はよりつかないよ。結婚どころか、彼女を作るのも天文学的数字だよ。今晩は特別に、本気のソープ嬢わたしパツコが鉢巻締めて、ペイタの体をきれいにしてあげましょう」潤んだ瞳をペイタの顔に向ける。
「肉厚のないおめえの体じゃ、ソープなんて意味ねえよ。それよりもピンサロ嬢になれよ」ペイタはパツコの胸をつかむ。
「だめ、まだ早いよお客さん、フライングですよ? ピンサロ嬢は無理、わたしのおちょぼ口じゃ、ストローぐらいのサイズじゃないと耐えられないし、窒息しちゃう。それに体洗えないでしょ? わたしはね、爆弾みたいな胸や、臼〈うす〉のような尻を持っていないから、体を使わず、人間らしく道具を使うの。束子〈たわし〉と軽石を使ってペイタの体を相手するの」ペイタの顔を見上げたまま話す。
「それじゃあ、ただの三助じゃねえか」ペイタは信号の前で足を止める。
「何言ってるのペイタ、わたしはパツコだよ? それにただのパツコじゃなくて、本気のソープ嬢パツコだよ、本気だから、本気でペイタの体をきれいにしてあげるの。お遊びはなしだからね」パツコは不思議そうな顔してペイタの眼を見つめる。
信号が青になり、二人は国道を渡った。雑居ビルが群立する小道は、朝通った時のような衰弱した姿から、蒸れる熱気を昇らせる強烈な姿へと変貌している。極東の歓楽街らしく、アジア人が通から建物の隙間まで入り浸り、そこら中からネオンを発光させ、訪れる者の昼の顔を引っぺがす。混濁した欲望は街全体を支配し、耳の穴に針を突き刺す刺激が意識を奪い、人々は喜んで地面に吐きかける痰〈たん〉となる。
「ほんと、新宿の夜はすごいね、わたしペイタがいなかったら、十分で夜の女に仕立てられてしまいそう。なんか、朝の姿と違いすぎて、目がおかしくなったような感じ。なんかわけわかんないね」ペイタの腕をつかみつつ、パツコは周りを見渡す。
「やっと帰って来たって感じがするぜ、朝から変な色ばかり見せられてきたけどよ、やっとまともな色の世界に戻ってきたぜ」ペイタが偉ぶって話す。
「そう? わたしは変な色でも、自然の色の方が好きだな。なんか、電飾が強すぎて、目がちかちかする。ペイタはよくこんな街に住めるよね、臭いし、汚いし、人はおっかないし」パツコは黒いスーツの客引きに目をやる。
「最高じゃねえか、この空気を日常に吸えるなんて贅沢だぜ、金がありゃ楽しむ場所は尽きねえからな」ペイタが笑いを浮かべて言う。
「でも、ペイタお金ないじゃん、それじゃ住んでいても意味ないよ。わたしだったら、絶対にこんな所に住まないな、もっと落ち着いた雰囲気のある、自然の残っている場所を選ぶと思う。そう考えると、実家は良い所だとつくづく思う、わりと自然が残っているし、近くに仙川もあるしね、ペイタもわざわざこんな所に住んでいないで、もっと健全とした場所に住めばいいのに。そうそう、パパもママもペイタのことすごい心配しているよ、たまには家に帰ってきなよ」そう言ってペイタの腹を叩く。
「あんな家二度と帰るか、もう一度家のこと言ったら、実家を放火するからな」ペイタがパツコの顔に指差して凄む。
「もう、また怖いこと言うんだから」パツコはそっぽを向く。
部屋に戻ってからも飲み食いするとペイタが言い出し、二人はコンビニに寄ることにした。明るい店内にある商品はどれも変わらない色をしている。やけに黄ばんだ目元のスーツ姿の男、深海魚のごとき化粧をした二の腕の弛んだ女、眼の輝きが見られない褐色の店員、店内にいる人々もやはり変わらない色をしている。
アパートの階段を上がり、二人がペイタの部屋の前に着くと、地面に口を塞がれていたはずの黒いごみ箱が、なぜか元通りに立てられていた。その中には、茶色い汁の透けて見える、生ごみの詰まったビニール袋が放り込まれている。
ごみ箱に手を伸ばそうとパツコが体を屈めるより早く、ペイタがつま先でごみ箱を蹴飛ばした(クセエナ)。口の閉じていなかったビニール袋から、腐ったトマトやキャベツなどの野菜がぶちまけられ、汁を垂らして通路を汚してしまった。
「あぁあ、散らかっちゃった、ペイタはひどいことするなぁ」薄ら笑いを浮かべて、パツコは通路の残骸を見る。
「おれが捨てたごみじゃねえからいいんだよ」ペイタは気にせず玄関に鍵を差し込む。
「わたしもう疲れたから、今日は片づけないよ。明日掃除するからね」ペイタに体を向けて、巨大な尻の肉をつかんで話す。
「あっ? 誰が掃除しろなんて言った、放って置けよ」ペイタは部屋のドアを開ける。
「でも、あのごみ箱ペイタのじゃん」ペイタが入るより先に、パツコが玄関に駆け込む。
「今日の朝捨てたから、もうおれのじゃねえよ」ペイタがドアを閉めると、パツコの体を抱きしめようとする。
「あああ、ただいまぁ! ただいまぁ! 疲れたよぉ! ふふふ、この部屋すごい臭い!」ペイタに抱きしめられる前に、パツコはベッドへ向かって走りだし、荷物と麦わら帽子を放って飛び込んだ。
「おい、セックスしようぜ!」ペイタがのそのそベッドへ歩いてくる。
「ええぇ、やだっ、マムシ臭いからやだっ、その前にお風呂入ろうよ。体べとべとで気持ち悪い」ベッドに顔を擦りつけながら、手足をばたばた動かす。
「おお、じゃあ風呂でやろうぜ」ペイタは流しの前の扉を開けると、服を脱ぎだす。
「そんな狭苦しいお風呂場じゃやらないよ」体を起こし、パツコは大窓を開ける。
「とっとと済ませようぜ」醜い肢体を晒〈さら〉し、ペイタは風呂場に入る。
「ああ、待ってよ」毛穴の黒ずんだ尻が風呂場に消えるのを見て、パツコは慌てて服を脱ぎはじめた。スカートの裾から一気にたくしあげてワンピースを脱ぐと、肩紐のないブラジャーを外して、ベッドの上にある檸檬〈れもん〉色のキャミソールを着た。次に黄緑色の手拭を頭に被せると、駆け足で風呂場に入っていった。
パツコは膝頭で立ちながら、無駄に泡立てたスポンジでペイタの背中を力任せに擦る。ペイタは器用に腕を回し、パツコのパンツをずらして膣に中指を突っ込む(フヘヘヘ)。笑いながらも小さな喘ぎ声を漏らし、パツコは体をペイタに密着させて、他の部位を洗っていく(アア、ウマク洗エナイ)。偽りの抵抗でしかない衣服も濡れて、パツコの細い体に張りついている。
背面を洗い終わると、パツコは胡坐〈あぐら〉をかくペイタの太腿に尻を乗せて、胸のあたりを洗いはじめた。ペイタは洗うリズムに合わせて突っ込んだ指を動かす。二人のどちらがペースを上げているのか、リズムは次第に早くなり、パツコの声も熱を帯びてくる。
すると急にパツコはスポンジを放り捨て、シャワーからお湯を出すと、ペイタの首に腕を回した(アア、モウダメ)。力一杯腕を絡ませて滑る口づけをしつつ、やたら腰を前後に動かしてしまう。ペイタはパツコからの愛撫を適当に受けながら、パツコの尻を持ち上げて自分の股間へと運んだ。するとパツコは回していた腕を外し、ペイタの陰茎をつかんで挿入させた。パツコは気持ち悪く肥えたペイタの胸元に顔を埋め、ペイタは片手でパツコの尻を支え、片手で尻の穴に指を突っ込ませる(小セエ穴ダナ)。シャワーが二人の頭上から降る中、兄妹らしく息の合った腰使いを互いに続ける。
「ペイタ、今日も中に出して」パツコは今日はじめて見せる顔ばせで、命令するような口調で言う。
「今日もかよ、おれは構わねえけど、ガキができても責任とんねえぞ」ペイタは腰使いを気にしながら返事する。
「いいから絶対中に出して、昨日すごい気持ち良かったから、わたし、中出しが好きになっちゃった」そう言ってペイタの肌に吸いつく。
「ほんと、ガキができても、おれは、知らねえからな」ペイタは頑張って腰を振る。
「いいの、できたら、育てればいいだけでしょ、わたし、昨日の時点で、その覚悟を決めたの、だから、何回中出ししても平気だよ」パツコも合わせて腰を振る。
「お、おお、おお」ペイタが間抜な声を出すと、パツコの膣内に射精した。息を切らすパツコは眼を閉じたまま、伝わる実感を寸分も逃さぬよう動きを止めている。シャワーの音が二人の耳に戻ってきた。
「あぁあ、出しちゃった」大きな目を細めて婀娜〈あだ〉な視線をペイタに向けると、パツコはシャワーを止めて立ちあがる。
「知らねえからな、おれはぜってえに責任とらねえからな」ペイタはどす黒い陰茎をゆっくり萎〈しぼ〉ませていく。
「だからだいじょうぶだって、わたし妊娠しないより、妊娠したほうがうれしいもん。そうしたら、わたしとペイタの子供が生まれるんだよ? パパとママには申しわけないけど、前の彼氏の子供ができたって嘘ついて、わたし一人で子供を育てるもん。あっ、垂れてきちゃった」パツコは自分の太腿を伝う精液に目を向ける。
「おまえは完全にいかれている」ペイタが呆れた顔をする。
「いかれてるって、最初にわたしを襲ったのはペイタじゃん、よく言うよ。ねえペイタ、もうちょっと早く腰を動かせない?」パツコがしゃがみ込んで話す。
「いや、これ以上は厳しいぜ」ペイタは腕を伸ばし、パツコの脚の間を通って柔らかい性器に触れる。
「んもう、へたれだね。ねえペイタ、次行こうよ、なんだっけ、第二ラウンドっていうんだっけ?」子供らしい笑顔を見せてパツコはキャミソールを脱ぐと、再びペイタに抱きついて腕を首に回す。
「おおいいぜ!」パツコのパンツを無理やり引き千切ると、尻を抱えてペイタがゆっくりと立ち上がる。
「なんで破くのよ! 馬鹿ぁ!」ペイタの耳元でパツコが大声を出す。
「馬鹿野郎、勢いが重要なんだよ」ペイタがパツコを抱えて歩き出す。
「ふふふ、ペイタが歩き出した、ねえペイタ、わたし帰りの車で考えていたんだけど、明日になったらさ、自然の色が元通りに見えるかな? どう思う?」鼻先がつくほど顔を近づけてパツコは話す。
「戻ってもらわねえと困るぜ、じゃねえと、近いうち首を吊る羽目になる」ニキビの溢れるペイタの顔は下膨れて非常に醜い。
「わたし戻らないと思う、たぶん、一生このまま違った色を見続けると思うな」瞬〈まばた〉きせず、パツコは大きな眼でペイタの瞳の奥を覗く。
「はっ? なんでだよ?」ペイタは酷い顔をする。
「んっ? なんとなくそう思っただけ、でもいいじゃない、明日にならないとわからないし、もしそのままだったとしても、新宿を離れないペイタには、それほど影響ないんじゃない?」パツコは奇妙なえくぼを浮かべる。
「大ありだよ、空がおかしいじゃねえか」ペイタはベッドに近づく。
「ねえ、電気消したい。だいじょうぶだよ、昼の空を見ない、夜の生活を送ればいいじゃない。この辺りなんて街全体が夜型なんだから、ちょうどいいと思うよ」パツコは壁際のスイッチを押した。
「じゃあ、おまえも新宿で生活するのか?」ペイタが再びベッドに近づく。
「ううん、わたしは今までと変わらない生活をするよ。今日一日過ごして、すこしだけ新しい色に慣れた気がするから、色の言い間違いさえ気をつければ、問題なく社会で生活できると思うしね。それに、わたし新しい色が嫌いじゃないし、むしろ前の色よりも好きかもしれない。ねえペイタ、わたし今日の江ノ島で、すごい格好でエッチしてる人達を見つけたの、どんな格好か覚えているから、ちょっと試してみようよ」
そう言って、ほがらかな口づけをした。
比較 酒井小言 @moopy3000
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