第18話
間もなく二人の目に大仏の姿が映った。白みを帯びた青の空に、黄金色の積雲が浮き立つ。こんもりした小山の濃緑に陰影が深くなる。大仏が小さく見える。
「もしかしたら、なんて思っていたけど、ほんとに色が変わっているのを見ると、図々〈ずうずう〉しいぐらいだね。あの大仏様、あんず色みたいで、とても活き活きして、落ち着いているようには見えないよ。なんだか『みんなが見に来るから、仕方なく座っています。本当は海水浴に行きたいです』みたいで、今にも笑い出しそうな感じ」砂利の上に立ってパツコが話す。
「おれには、今にも腹を切って自殺しそうに見えるぜ。見てるおれが憂鬱になるぐらい青ざめた体しやがって、『今日クラスメートにいじめられた。もう生きていけない。不幸すぎて涙も出ない』って感じだぜ」隣に立つペイタも話す。
「あはは、そんなに悲愴感漂う大仏様なの? すごい世俗的な感じがするよ、変な大仏様。もうちょっと近くで見ようペイタ、ねえ、なんか異質な空間だね、色が変わっていないのは建物と人間ぐらいで、木も砂利も、石畳も、石碑も、あの人が腰かけてる大きな石も、どれも色がおかしいね。こうなると地球上じゃなくて、二人だけ別の星にいるみたい」ゆっくりと歩き出し、低い石段に足をかける。
「おれは多摩川を見てから、自分が地球にいるとは思ってねえよ。もしおれが宇宙から地球を眺めたらよ、『地球は桃だった!』って、いかれた言葉を残すことになるはずだぜ?」ペイタは石段を上がりきる。
「じゃあわたしは、『地球はおいしいメロンでした!』になるね! それから『蔕〈へた〉のない熟〈う〉れたメロンでした!』って付け足すの、きっと世界中の果物屋さんが大喜びして、『地球メロン』なんて名前をつけて、ぼろ儲けするよ」わずかにペイタの顔を見上げて話す。
「そんな馬鹿いねえよ! みんなハンマーを持って、店先のメロンをぶっ壊すぜ。『あの小娘、余計なこと言いやがって! 誰もがメロンを地球だと思って、食おうとしなくなったじゃねえか!』ってな」ペイタは空いた方の拳を握って、上から振り下ろす真似をする。
「ううん、みんなきっと、『温暖化で良く熟れた地球メロンだ、ちょっと機械の味がまじって舌がぴりぴりするけど、とてもおいしいぞ!』ってな感じで、スプーンも使わずにかぶりつくよ」パツコは空いた方の手の平を広げて、口元に運んで齧〈かじ〉りつく真似をする。
「ちげえよ、『二酸化炭素のせいで気がぬけて、味がすかすかだぜ! それに熟しすぎて、果汁が重油くせえ、それも変な虫がついたせいで、ところどころ腐っていやがる! こんな色のメロン食えるか!』って地面に叩きつけるぜ」ペイタがやはり叩きつける真似をする。
「ええぇ、ちがうよ、あっ、胎内拝観終わってる! なんで? せっかく楽しみにしていたのに……、やっぱり来るのが遅かったんだ」大仏の背後にある小屋に近づくと、パツコは語尾を延ばして悔しがる。
「こんなやつの中に入って何が楽しいんだ? おれにはさっぱりわからねえよ、あっ! おまえ、こいつの中で突っ込ませる気だったんだな!」口調が急に強くなる。
「そんなわけないでしょ!」パツコは恨めしそうに大仏を見上げた。
経験したことのない夕焼け空を背景に、夜の顔へと移りゆく大仏を眺めていたいとパツコは思ったが、拝観時間がそうさせなかった。さらにペイタとの約束もあり、陽が沈んでしまうと都合が悪くなる。何よりも急〈せ〉かすペイタが煩〈うるさ〉く、非現実な夕暮れに浸りながら、落ち着いて境内を歩くことを許さなかった。
パツコにとって、ペイタと手を繋〈つな〉いで散歩することは、肉体への愛撫へと繋がる大切な前戯である。一方、ペイタにとっては神経を逆立てる、ただの焦らしでしかない。今この瞬間に、わざわざ我慢を重ねる必要など見当たらない。噛みつきたくなる欲に任せて、パツコの体に悪戯することだけが肝要である。
期待が大きかった分、報いの少なさにパツコは隠れて溜息を漏らした。溜息はとっくに慣れている。あきらめに対する抵抗をパツコは多く持たない。それでも、描いた想像をかする程度の現実では、落胆せずにはいられない。
高徳院を出た二人は、人の流れに反して、大仏トンネルへ続く坂道を歩いた。空の色はより鮮やかに染まっている。訝〈いぶか〉るペイタに隠さず理由を説明しながら、パツコが先頭に道を歩いていく。
「すげえ植物が多いな、もう眼ん玉が破裂しそうだぜ!」トンネル脇の階段を上がりながらペイタは息を切らして言う。
「ほんとすごいね! 中学生以来だから、こんなだとは思ってもいなかった」先を歩くパツコが足を止めて振り返る。
二人はハイキングコース入り口にある道標の前に立った。雑草と木々の混じった巨大な植物の壁が二人を囲い、今にも食ってかかりそうな勢いである。周りの影は濃く、蒸れる草と土の匂いが強烈に鼻をつつく。
「これ以上はやべえだろ、なあ、ここでしようぜ」腰に手を置いて、ペイタは激しい息遣いをしている。
「うぅん、でもここら辺だと、やっぱり人が通るかもしれないから」そう言って、パツコは鞄に手を入れる。
「ここまで来ねえよ、べつにおれは見られたってかまわねえし」パツコの顔色を窺う。
「やっぱり、もうちょっと先がいい」そう言って、取り出したスプレー缶をペイタの体に噴射する。
「なんだこりゃ?」ペイタは大人しく受ける。
「えっ、虫避けスプレー」パツコがほんのりはにかむ。
濃緑に樹木が生い茂るハイキングコースへ二人は入っていった。既に陽は射さず、色を静める薄暗い道には、人工色はまるで見られない。複雑かつ豊かな自然色が小さな二人を包んでいる。昼の光が射し込んでいたならば、二人の目にはこの世の物とは思えない、気を違〈たが〉えそうな彩色美に映っていただろう。
「早くしないと真っ暗になるね、急がないと」
パツコは急勾配の細い道をのぼり、落ち着かないながらも臆せず進んでいく。頭上を見上げると、枝葉の隙間からピンクとも紫とも形容できない雲が見え隠れする。
「どこまでいくんだよ」遅れて歩くペイタが、なんとか声を出す(マダカヨ)。
傾斜のない道に出ると、パツコは立ち止まり、周りを見回して人目につかなさそうな場所を探す(ドコガイイカナ)。ペイタの足取りは鈍く、まだパツコに追いつかないでいる(ハア、ハア)。
足音の消えたせいか、パツコの耳に鳥の囀〈さえず〉りが響いて聴こえる(淀〈ヨド〉ミノナイ音ネ、綺麗ダナ)。しかし、鳥の鳴き声とは違った音も聴こえてくる(ンッ? ナンダロウ)。
パツコは耳を澄ます(鳥ノ鳴キ声デショ、風ニ揺ラレタ葉ノ擦レル音デショ、オデブナペイタノ重イ足音ト、激シイ息遣イト、女ノ人ノ声?)。さらに耳を澄まして音を聴き分けると(エッ? 女性ノ嫌ガル声?)、忍び足でペイタの方へ戻った(大変!)。
「ペイタ、なんか女の人の声が聞こえるよ。もしかして、誰かに襲われているのかな? 薄暗い山道だからありえるよ、だとしたら大変だよ! 助けなくちゃ!」汗をやたら発散させるペイタに近づくと、パツコは注意して話す。
「ちょっと待て、おれのほうがやべえ。息が苦しくて眩暈がする」膝に手を着いて、苦しそうに声を出す。
すこし間をおくと、「この山中に女の声だ? 馬鹿、だったらセックスしているに決まってんだろ?」呼吸の多少落ち着いたペイタは話し、「普通のセックスか、完全なるレイプ、それかおれ達のように、かるいお遊び目的のやつらだろ? とにかく覗きにいこうぜ、おれ的には、完全なるレイプが見てえな」先に歩き出す。
「たぶんレイプだよ、だって、すごい鬼気迫る声だったもん、あんな声、わたし今までに聞いたことない。大丈夫かな?」パツコは不安そうな顔してペイタのシャツを握る。
「それはありがてえな、鬼気迫る声なら鉄板だろう、おれ達も混ぜてもらおうぜ?」ペイタが振り向いて話す。
「なによおれ達もって? 意味わかんない、わたし女だよ? 混ざったらレイプされるじゃん、それよりも二人でレイプ犯を退治しないと」そう言って、パツコは近くにあった木の棒を二本拾う。
「退治して何になるんだ? 強そうな相手だったら、木陰から覗こうぜ。暴力はよくねえよ。あっ? おれはいらねえよ、そんなもん握ったら、手が汚れて指突っ込めねえじゃん、その為に、わざわざ右手を使わずにのぼってきたんだぜ?」ペイタはパツコの差し出す木の棒を受けとらない。
「もう、役立たず。危なくなったら、ちゃんとわたしを助けてよ! じゃなきゃペイタ置いて、走って逃げるからね」パツコは木の棒を一本手から離す。
二人が声の居所へ歩いていくと、徐々に声が聞こえてきた。途中まで来ただけで、レイプされて叫び声をあげているのではなく、何をされているのかわからないが、気持ち好さに耐えかねて喘いでいることがわかった。ただ、狂っていると言う以外に説明しようのない声だった。
場所は思ったよりも離れていた。近づくにつれて、二人の想像をはるかに超える大きさの声はさらに高まっていった。「これ以上はねえだろ?」ペイタのこの発言後も、声は無遠慮に大きくなった。
ついに二人は声の出所にたどり着いた。潅木〈かんぼく〉一本隔〈へだ〉てた茂みの中から、鬼さえ走って逃げだす声がする。ペイタは両耳をしっかり抑えている。パツコは持っていた耳栓をして、ペイタのシャツをがっちりつかんでいる。
「どんなやつがいるのか、やっと見れるぜ」茂みからすこし離れたところに立ち止まり、ペイタがパツコに話しかける。パツコは何を言っているかまったく聞き取れない。
「たぶんお化けだよ、ちょっと見たらすぐ引き返そうね」パツコがペイタに話しかける。ペイタは何を言っているかまったく聞き取れない。
心の準備をして、恐々〈きょうきょう〉と足を進めて覗こうと思っていた二人が、顔を見合わせて聞き取れない会話をしていると、突拍子なく茂みの中から何者かが動き出して二人に近づいた。物音に気づかずパツコがふと茂みに目を向けると、姿を現した物体と目が合い、そのまま卒倒してしまった。
見れば、手押し車の形で移動しながら、叫喚する邪悪な形相で、鼓膜を串刺す喘ぎ声を散らす全裸の大女と、腰を振りながら女性を押す巨大な鹿である。倒れかかったパツコを抱えたまま、変色して見える二匹の獣を目の当たりにして、ペイタは腰を抜かして尻餅をついた。
闇に沈む山中、ペイタは逃げ出すことも気を失うこともできず、種を超越した性交に耽る二匹の獣を傍観するしかなかった(イカレテル!)。影は濃く、模様のぼやけたその姿は、幽玄として神々〈こうごう〉しいくらいである。もし曙光〈しょこう〉を背景にこの動物の姿を見たなら、性への観念を倒錯して感涙を流しかねない。
二メートルを超える大女は二人の存在に気づくことなく、股間を中心とした身体全体に走る官能に注意を向けている。眼が開き、耳がついていても、神経が意識的に遮断されていては機能しない。黒人の筋肉に似る引き締まった腕で大地を踏み、鹿の腰部分に足を挟んで絡みつき、鹿の動きに合わせて腕で歩く。鹿は感情の片鱗〈へんりん〉さえ見えないのっぺりした顔して、見事な腰使いを保ちながら歩く。大女は何度か木にぶつかるものの、一向気にすることなく喘ぎ続ける。
気を失ったままのパツコを抱え、パンツをずらして膣に指を突っ込んだまま、震えながらペイタが獣達を眺めること約十分、鹿が本能の鳴き声をあげた。すると、大女は絡ませていた足を解いて、糸の切れたように地面にへばりついた。鹿は体を横に倒してぴくぴく痙攣すると、あっという間に回復して、飛び跳ねながら何処〈どこ〉かへ去って行った。
ほんの一時、静かな山中には倒れた大女の激しい息遣いが響いた。周りが見えなくなりそうな薄闇の中、ペイタは息を静めて大女の動静に注意を凝らす(オレハドウナッチマウンダ? 見ツカッタラ、殺サレルノカ? 化ケ物メ、死ンデイタライイノニ、ナンテ息遣イシテルンダ)。
ようやく大女が立ち上がると、踏み成らされた道へと戻り、落ち着いた足取りで二人のいる方へ近づいてくる。ペイタは大女の顔色を窺うが、暗くてはっきりわからない(オイ、コッチニ来ルゾ、来ルナヨ。コエエ、何サレンダ)。
顔つきがわかるぐらいに近づいた。体格に見合う小さな顔は真っ直ぐ前を向き、長い黒髪を背中に垂らす、堅固な骨格とわかる筋肉質の身体がペイタの前に聳〈そび〉え立つ。球のように張った乳房、コントラバスらしい腰つき、重みが有りながら鈍っていない尻、適度な陰毛、線の整った脚、力強くも艶〈なまめ〉かしい体つきだ。ただどの部位も非常にでかい。
「ぎゃあああ!」大女の股間を見上げてペイタは叫んだ。アイボリー色したこの大女も、ペイタには変わった色に映る。大女の大陰唇も同様である。
「きゃあああ!」ペイタの声に初めて二人の存在に気づいた大女は、後ろに飛び退いてペイタを見下ろした。よく見れば、大女はとても可愛い顔をしている。
恥ずかしそうに秘部を隠して大女は木に隠れ、ペイタと話を始めた。ペイタは無意識にパツコに突っ込んだ指を動かしながら、今この状況に陥った理由をたどたどしく説明した。パツコは股間を弄られていることも気づかずに、口を開けたまま意識を遠退かせたままだ。
理由を飲み込めた大女は、駐車所まで一緒に戻る旨をペイタに伝えてから、「ちょっと待っていてください。すぐ着替えますから」急いで身支度をはじめた。ペイタはパツコの乳房も弄りだし、血の怒った陰茎を尻に擦りつけて待った。大女はポリタンクに入れて置いた水で体を洗い流し、太腿さらす短パンと鎖骨露〈あらわ〉なキャミソールに着替えると、青いバックパックを背負って戻ってきた。
大女は小人形のようなパツコを肩に掛けると、ペイタの腰を瞬時に入れ直す。驚いたペイタが問いかける前に、大女は覆面プロレスラーだと職業を明かす。ついでにリングネームの『デフォ中谷』だとも教えてくれる。
パツコを肩に載せたデフォ中谷を先頭に、懐中電灯で闇を照らして道を進む。気の利くデフォ中谷はペイタの体格を考慮して、夜の山道を理由に慎重に足を進める。ペイタのついてこれないペースでは決して進まず、身の上話をして退屈させないようにする。
すると大仏トンネルに戻ってきた。奇遇なことに、デフォ中谷の車の停めている駐車場は二人と同じである。磊落〈らいらく〉なるデフォ中谷は、自らの猟奇的性癖をあっけらかんと話し、ペイタの下劣な性癖話を引き出す。百人に話せば、九十九人に嫌悪される話題を喜んで聞き入るデフォ中谷に、ペイタはついつい引き込まれてしまう。おかげで、歩いていて会話が好く弾んだ。
デフォ中谷は車に着くと、パツコを運転席に座らせて、「ぱしっ!」手首を使った張り手を頬に打った。突然の行為にペイタはぎょっとした(オオイ!)。パツコがとろんとした眼を開かせると(フエ?)、デフォ中谷は申し訳なさそうに頭を撫でた。
状況が飲み込めずぼぉっと前を向いているパツコから離れ、礼を言おうとするペイタに試合のチケットを二枚に渡すと、「お礼はいりませんので、もしよかったら、今度応援に来てください」そう言って白いワゴン車に乗り込んでしまった。
デフォ中谷が手を振って道路へと走っていくのを、ペイタは頭を下げ(マジデ、スゲエ女ダ)、パツコは理由もわからずに手を振った。パツコの頬には、くっきり赤い手形が浮いていた。
パツコの頭に思考力が戻ると(アレ? ココハ?)、助手席に座ったペイタは「家着いたら起こせ。飯は起きてから食うからな、勝手に食うなよ」言い残して眠り出した。記憶がはっきりせず、自分の居る場所さえわからなかったが、パツコは言われた通り家に戻ろうと車を発進させた(アア、ワタシ眠ッテイタンダ)。
渋滞している隙間に入り込み、停車している間に周りを見た(デモ、ココハドコダロウ?)。陽はとうに沈み、車のライトばかり目についてよくわからない(スッカリ夜ダ)。しかしよく見ると、苔むした高徳院の壁面だとわかった(アアッ! ココカ!)。ヘッドライトのせいか、パツコの目には夕方に見た色と違って、錆びついた気味悪い色に映った(ナンダカイヤナ色ネ)。
車が高徳院の入り口を過ぎると、気を失うまでの過程を思い出した(ソウダ、大仏様ヲ見テカラ、中学ノ遠足デ歩イタ、源氏山公園ヘ続クハイキングコースニ入ッタンダ。ソウソウ、ソレデ、女性ノ叫ビ声ガシテ、助ケニ行コウトシタンダ。デ、途中デ怖クナッテ、引キ返シタカッタケド、ペイタニ無理ヤリ連レテイカレタンダ。ソウダ! ソコデアノ鹿の胴体ヲシタ、女ノオ化ケヲ見テ、ソレカラ、ソレカラ、思イ出セナイ! オ化ケト目ガ合ッタノハ、ハッキリ覚エテイルケド、ソレカラ、ワタシドウナッタンダロ?)。
「ねえペイタ! 山の中で、鹿のお化けに遭遇したでしょ? あれからわたし達どうなったの?」すでに鼾を立てているペイタに問いかける。
「うるせえ! んなの、とっくに終わったよ! おれは眠いんだから、絶対に話しかけんじゃねえ! 次声出したら、乳首食いちぎるからな!」鼾をかいているとは思えない反応の良さで、荒ぶる怒声をま撒き散らすと、ペイタは嘘のように鼾を立て直す。
理不尽な返答に言葉は出ず、パツコの口は閉じてしまった(ナンナノ今ノハ? スゴイ怒リヨウ、ワタシガ何カシタノ? アア! 何カシタンダ! ダカラペイタ怒ッテイルンダ!)。自分の知らない空白の時間に一体何があったのか、パツコは問い質〈ただ〉してみたくなるものの、乳首を食いちぎられてはたまらない(ソンナコトシナイト思ウケド、尋常ジャナイ怒リヲ見ルト、チョット怖イナ)。パンツの穿き心地にかすかな違和感を感じ、スカートの上から直してふと目を向けると、土と枯葉が裾にこびりついているのに気がついた(ンン? スカートガ汚レテイル、ナンダロウ? イツノ間ニ汚レタノカナ?)。
陽射しによって齎〈もたら〉された非日常な色は治まり、平時とほとんど変わらない夜の闇が地上を囲っている。街灯、店の灯〈あか〉り、車のライト、見慣れない場所を走っていても、どれも見慣れた夜の景色である。失神から覚めたパツコには、夜の灯りがとてもつまらなく思える(ヤット普通ニ戻ッタケド、変ナ感ジガスル)。脳裏に刻まれた鮮烈な色彩が、夢のように思えてしまう(山ノ中ハスゴイ色ダッタナァ)。
夕暮れまで海辺の時間を満喫した人々が、一斉に東目指して車を動かす。憎たらしくも懐かしく聞こえるペイタの鼾、進んでは止まる渋滞、温〈ぬる〉い潮風、大音量でレゲエを流す後方の車、楽しかった一日の疲れと記憶、それらがパツコの心を弛緩させて、心地良い睡眠へと誘〈いざな〉う。パツコは耐え切れず(モウ無理!)、海岸道路のコンビニに車を停めて、窓を全開にしたまま、ペイタの腕を両手に取って眠りについた。
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