第二章
第2話
第二章
少し遅れてリラがやって来た。アミクローゼは眉根を寄せてリラを見た。
「……何?」
「いや、別に。よだれ垂らして気持ちよさそうに寝てたお前を思い出してな。」
アミクローゼが言い放った。リラは反論しようとし両拳を強く握った後、だらんと傍に力なくおろした。
「気持ちよくなんか……無かったし…。」
いつもと様子が違う。アミクローゼは感じ取った。好きな相手の様子が違うとき、悲しそうにうつむいているとき、男はどうしてあげれば良いのだろう。サラサはなんと言っていた。そうだ。サラサはこうしてあげろと言っていた。ぎゅっと抱きしめてあげて、と。その言葉の通り、アミクローゼはリラを抱きしめてやろうとした。いやでも男が急に抱きしめたらただのキモイやつか、と思ってしまい、動きを急停止した。刹那、腹に激しい痛みが走った。リラがグーで殴ったのだった。吹っ飛びそうになり、それを抑えるため近くのもので支えようとし、手を伸ばしてつかんだのはアミクローゼが座っていた椅子だった。椅子は背もたれこそあるものの古いものだったため、衝撃に耐えられずに足が折れた。その際つかまっていたアミクローゼも支えるものがなくなり、変な声を出して倒れた。
「いって……。おい‼︎急に何すんだ…よ……?」
アミクローゼは気がついた。リラが泣きそうだ。
「お、おいどうしたんだよ。ああ、さっきよだれ垂らしてたって言ったことか。あ、あれはよ…可愛かったぞ!ほら、よだれ垂らしてたお前も!そう…… 餌やり前の犬みたいだった!だから大丈夫だ。よだれ垂らして髪の毛くわえながらいびきかいて寝てたお前も可愛かグウゥエ‼︎」
またしてもリラが攻撃を加えた。今度は蹴り。
「あんたさっきから励ましてんのか貶してんのか分かんない‼︎餌やり前の犬って何よ、犬って‼︎」
「 だってお前戌年だろ‼︎可愛いじゃないか、犬!」
「あんたねえ、さっきのこと根に持ってんじゃないわよ‼︎」
リラがアミクローゼをもう一回殴ろうとしたそのとき、サラサがやって来た。
「二人とも!何やってるの!説明しなさい。」
「アミクローゼがやりましたー。」
「ちょっ、お、お前‼︎」
「やめなさい‼︎ちゃんと説明しなさい。」
二人は気がついた。サラサが怒っている。気迫に負けアミクローゼが事情を話した。そしたらサラサは怒るわけでもなく、また呆れ顔をすることもなく、手を口元に当ててクスリと笑った。
「事情は分かったわ。じゃあ二人にはお金をあげるから、市場で木材を買うと良いわ。ちゃんと椅子だけは直しておきなさいね。」
そう言うと、サラサはリラとアミクローゼに少量の金を渡し、アミクローゼが壊した椅子のごみを片し始めた。
「リラ、市場に行くだけなのに武器持ってくのか?置いてっても良いだろ。」
「ここがどこか分かってて言ってるの?仮にも軍事国家よ。自衛は必要って、サラ姉も言ってたでしょう。あんたも武器の一つくらい持っていけば?」
支度を済ませたリラにそう言われて、武器を持って行くつもりのなかったアミクローゼは、五本の矢と一本の弓を携えた。
リラがサンダルのひもを結んでいる。腰に引っかかってる短剣は、アミクローゼがリラの誕生日に初めてプレゼントしたものだった。まだ使っててくれたんだ。少し嬉しくなった。
「……なんでニヤニヤしてんの?」
「し、ししししてないしっ‼︎」
「じゃあサラ姉、行ってくるね。」
「夕飯までには戻るから。」
施設の壁を掃除していたサラサは、こちらを振り向いてにこっと笑い、手を振った。つられてアミクローゼも手を振り返した。リラは軽く微笑んだだけで、手は振らなかった。難しい年頃というものなのだろうか。
カトリス暦二千十九年三月一日。
それは、 空に雲がない、晴天の日だった。
二人の運命がこの日変わるということは、誰の知る由でもなかった。
希望の糸紡ぎ 藍田弘子 @AH3
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。希望の糸紡ぎの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます