第77話 僕とボク -07

   七



 やがてどれくらい経ったのだろうか。

 どちらからでもなく、唇を離した。


「あ、あはは。夢なのに、恥ずかしいよ」


 佑香が顔を赤らめながら、そう微笑む。


「そうだね」


 僕も笑顔を返す――が。


「……っつ!」


 僕の頭が警告音を鳴らした。

 分かっている。

 これ以上は――駄目だっていうことは。


「どうしたの?」

「……何でもないよ」


 僕は彼女から眼を逸らしながらそう言い、手を叩く。


「さぁもう、これで夢は終わりだよ」

「え?」


 佑香は、驚愕の声を上げていた。そして納得したように呟いた。


「あ、そういえば、これ夢だったよね」

「そう、全ては夢だよ」


 これは、僕にとっても夢。

 忘れなければいけない。


「残念だなぁ」


 佑香は、ぽつりとそう呟いた。僕は意地悪をしてみた。


「何が残念なの?」

「えっと、その……」


 佑香は慌てて布団の中に潜り込むと、布団で顔半分を隠しながら、上目遣いで僕を見てきた。


「……夢じゃなきゃ、良かったのにって……」

「……僕もそう思うよ」

「……うん」


 そう答える佑香は、とても可愛かった。これ以上自分を抑えないと、どうにかなってしまいそうだったので、僕は抑揚の無い声で言う。


「夢で寝たら目を覚ますっていうからね。さぁ、寝な」


 彼女の頭を撫でる。彼女は口元に優しい微笑みを浮かべながら、佑香は眼を閉じる。


「……起きたくない。この状況のままがいい」

「この状況にするために、手術するんでしょ?」

「……うん」


 佑香は小さく頷き、静かに息を整え始める。

 だが、数秒後に「駄目だぁ」と、声と瞼を上げた。


「どきどきして眠れないよ」

「大丈夫だよ」


 僕は彼女を優しく撫で続けた。


「君が眠るまで、こうしていてあげるよ。だから安心して。僕は君の傍にいるから」

「……うん。お願いします」

「お願いされました」


 その返事に佑香は「返事がおかしいよ」と笑って、再び目を閉じた。


 ――それからどれくらい時間が経っただろうか?

 月が太陽に変わった辺りであろう。

 気が付くと佑香は小さく寝息を立てていた。その表情は、とても安らかで、とても可愛かった。

 そっと彼女から手を離す。

 そしてすぐにその手を――頭を抱えるために使った。



「……まずいことをしちまった」


 佑香と、キスをしてしまった。

 夢だと言ったが、どうせ嘘だと気がついているだろう。

 小説を破った意味がなくなってしまった。


「……って、何を言っているんだ、僕は」


 何で後悔しているんだ?

 あの時、覚悟したはずだ。

 自分からキスをする時に。


 僕は――生きるんだって。


 絶対に生きてやるって、覚悟したじゃないか。

 なら生きてみせろ、遠山英時。


「……生きてやろうじゃないか」


 強くそう呟いて、僕は立ち上がった。

 だが――


「……っ!」


 強烈な立ち眩みがした。

 あぁ、そういえば最近、寝ていなかった。だからかな。

 僕はふらふらとした足取りで机へと向かい、その横にある床にあるリュックを拾い上げる。


 ――しかし、その瞬間。

 目の前が、まるでフリ―フォールのように急速に下へと動いた。

 腰が地面に当たる感触がした。

 だが痛くはなかった。

 眠くて神経が麻痺しているんだろう。



 ごめん、佑香。

 ちょっと最近寝てなくてさ。

 すっごく眠たいんだ。

 だから少しだけ、ここで休ませてくれ。



 大丈夫。

 すぐ起きるから。




 すぐに。

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