第62話 ボクと過去と命の価値と決意 -04

   四



 散々泣いた後、私は二人にお願いを三つした。

 一つは、学校に行ってということ。私のせいで学校をずっと休んでいるのは嫌だから、と説明すると、二人は首を縦に振った。

 二つ目は、私をいじめた犯人、つまり堺さん達を捜し出さず、そして復讐をしないでということ。これは、ただ単にみんなに復讐して欲しくないから。私のせいで、他人を傷付けてほしくなかったからだ。二人は最初拒否したが、やがて渋々了承した。

 そして、三つ目は――


「英時には、ボクがまだ疑っていると思わせておいて」

「「何故?」」


 二人は首を傾げ、そして奈美が口を開いた。


「遠山君も私達と同じ考えだと思うよ。絶対」

「だからだよ」


 そう、だからだよ。


「英時の性格だったら、もう好きな人でもないのに傍にいてくれようとすると思う。そして、私の暴言も全部許してくれるだろうね」


 おそらく、謝れば許してくれるだろう。


「でも、それは嫌だ。これ以上、人に甘えるわけにはいかない。そして……好きな人が好きでもないのに傍にいてくれるのは、正直かなり辛い」


 英時にとっても、きついだろう。

 もう好きでもない、自分を振った病気の女の傍にいるのは。


「だから、お願い……」

「「……」」


 二人は黙った。そしてしばらく時が経った後、「「分かった」」と頷いた。しかし、真美は「けどさ……」と付け加えた。


「遠山君が佑香を好きだったら、バラしてもいいよね?」

「……うん。いいよ」


 万が一にでもあればの話だが。


「でも、確実にないよ。だって、好きじゃないって言っていたし。ほら、その証拠に、目覚めてから四日も経つまで来なかったじゃん。もう、完璧に有り得ないって」

「あ、いや、その、それは……」


 何故か、真美が言い難そうに指をくるくるといじっていた。


「どうしたの?」

「いや……うん。佑香」

「何?」

「ごめんなさい」


 突然、頭を下げられた。


「な、何がっ?」

「遠山君が今日まで来なかったの、私のせいなんだ」

「どういうこと?」

「実はさ……」


 真美は頭を掻きながら説明した。


「私、遠山君に言っちゃったんだ。『佑香への気持ちがそんな程度じゃないって言うんならそれを証明してみせろよ。それが出来るまで顔を見せるな』ってさ」

「え?」

「つまり、遠山君が来なかったのは、その証明をするための準備をしていたからなんだよ」

「……そうだったんだ」


 ごめん。英時。

 またこんな小さなところでも疑ってしまって。


「でも、どうせあんまり関係ないよ。どっちにしろ『好きじゃない』っていう言葉は聞いているし。その証明とやらも何だか判らないし……」


 しかし、どんな風に証明するんだろう。そもそも『ボクへの気持ち』って何だろうか。

 気になったが、詮索してはいけない。

 私は首を大きく振り、そして二人に向かって言葉を出した。


「とにかく、その三つをお願いするね」

「「分かった」」


 二人は、真剣な眼差しでこくりと頷いた。

 そこからは、いつもの日常と同じだった。


 しかし、それも――今日でお終いだった。



   ◆



「検査があるから」と言ってお母さんが来る前に二人を帰した後の、まだ日も落ちたばかりで夜の感じがしない、その時間。

 私は病室を抜けだした。

 ある人に頼みたいことがあった。おそらくその人は今日は宿直室にいるだろうと憶測をつけ、とりあえず目指していた。

 すると、


「よっしゃ!」


 突然、診察室から聞き覚えのある声の、聞いたことない台詞が聞こえた。

 ……何だ? 今のは。

 そう訝しげに思いながら、残念ながらその声の持ち主は間違いなく目的の人物だったので、私は少しためらいがちにその病室の扉をノックした。


「はい?」

「失礼します」

「お、佑香じゃない。ちょうど良かった。お母さんは?」


 目的の人物――伊南先生は、軽く右手を上げた。何故かいつもよりテンションが高かった。


「先生のお母さんなんか一度も見たことないですが」

「俺んじゃない。お前のだ」

「まだいませんよ」

「そうか……じゃあ、まだ言わない方がいいな」

「何がですか?」

「いや、こっちの話……でもないけどな。ま、後で話すよ」


 と、先生は頭をぽりぽりと掻いた。


「んで、何か用か?」

「はい。実は……お願いがあります」

「ん? 何だ?」


 ボクは短く息を吐き、はっきりと告げる。


「私を、面会謝絶にしてください」


 こう提案したのは理由があった。

 二人は、ああいう風に受け止めてくれた。

 でも、やっぱり甘えるわけにはいかない。

 私は気がついていた。

 自分の今の一人称は『ボク』ではなく『私』だった。

 ボクは、幼い時……弱い時の『私』になっている。

 つまり私は『弱い時の私』に戻っていた。

 何故か。

 それは甘えているからだった。

 これ以上みんなと一緒にいると、私はどんどん甘えていく。弱くなっていく。

 だから私は、一人になる。

 そしてもう、これ以上弱くならない。

 強制的に他人と会わないようにする。

 だから……


「先生! お願いします!」

「別にいいよ」


 やけにあっさりと、先生は了承した。


「どうせ元々面会謝絶なんだよ、佑香は。面会OKなのはお母さんだけだからな。あのお嬢さん達は駄目だぞ」

「……何か軽いですね」

「不満か?」

「いや、別に」

「それに……お前には、もう関係ないからな」

「はい?」


 先生は、意味不明なことを言葉に出した。


「もう私には関係ないって……どういうことですか」

「お。私って一人称、お前の口から久々に聞いたな。何年振りだろうか? 可愛いぞ」

「話を逸らさないで下さい!」

「分かった分かった」


 先生は両手を上げ、そしてある紙きれを渡してきた。それには数値がごちゃごちゃ書いてあったが、何が何だか分からなかった。


「本来それは見せちゃ駄目なんだが、どうせそれ見ても判らないだろう? だから要点だけ言うぞ」


 そこで、先生の今までの半分ふざけていたような声が、真剣なものに変化した。


「それはあるアメリカ人の検査結果だ。んでその人は脳死と判定され、ドナーカードには全臓器の提供に丸がしてあった。で――注目すべきは左下だ」


 言われた通りに見た。そこには『HLA』という三文字のアルファベットがあった。


「そこの『HLA』ってやつが、驚くべきことに佑香のと、ほぼ一〇〇パーセント合致する。これがどういうことか判るか?」

「……まさか!」


 HLAくらい、私でも知っていた。だから、驚きを隠せなかった。


「そう。それがさっき後で話そうとしたことだ」


 先生は嬉しそうに笑みを浮かべながら、私に伝えた。



「お前の病気は――治るんだよ」

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